第9話 披露宴

夜になり、急遽盛大な宴が開かれることになった。

イスラエルの勝利とミカル様のご婚約のお披露目だ。

厨房は大忙し。普段料理を作らない私やルツも駆り出され、宴会用の料理を仕上げていく。


「肉料理上がったぞ。マナ卓に運んでくれ。」


「はい。」


大広間は料理で埋め尽くされ、侍女や給仕がせわしなく動き回っていた。

宴は珍しくないのだけれど、今日はミカル様の晴れの日とあって料理も最高級だ。


「マナさん、ぶどう酒は足りている?」


「ルツ。もっとあったほうがいいかも。私は水を持ってくる。」


「わかった。」


無理もない、今日はイスラエルがペリシテに勝っためでたい日。もし負けていたと思うとぞっとする。


間もなく料理の準備も整い、高貴な方々が続々とお集まりになる。その中にはウリヤ隊長と奥方のバテシェバ様の姿もあった。

イスラエル一の美女の姿は男性はもちろん、女の目も釘付けになる。


「マナ。元気かしら。あなたのおかげで主人も無事に帰ってこれたわ。あら、その腕輪……。」


バテシェバ様は細く白い指で頂いた青銅の腕輪をなでる。


「使わせていただいています。」


「嬉しいわ、とても似合っていてよ。」


まるで百合の花のように美しい人だなあ。ウリア隊長はどうやって気を引いたのだろう。


大広間には王妃、ヨナタン様、そして、ダビデ様とミカル様。サウル王が入ってきた。

サウル王はいつにもなく上機嫌だった。


「今宵は大いに飲んで食べて楽しもうではないか。

今日はイスラエルに良いことが2つもあったのだ。」


そういうと、王はダビデとミカルを立たせ宣言する。


「我は、巨人ゴリアテを倒した英雄に娘ミカルを与えると宣言した。そして、このダビデが巨人ゴリアテを倒しイスラエルに勝利をもたらした。この時からダビデを王族に加えることにする。異存のあるものはあるものはいるか?」


羊飼いから王族にそして姫の婿に。異例の出世。

少し前まで、夜の庭でお話をしていたのに……ダビデ様が遠い存在になってしまった。


「今日は飲んで食べで楽しもうではないか。」


王がそういうと皆が拍手し、ダビデとミカルを祝福した。

ミカル様も意中のダビデ様と結婚出来て幸せそうだ。

もし、私がミカル様だったらなあ。ダビデ様のおそばに居られるのに……。

王の傍で楽しそうに会話をする二人。美男美女お似合いの夫婦だ。私もダビデ様の傍にいることが出来たなら。

 きっと幸せだろうな。


「マナさん仕事して。」


ルツの声でハット我に返る。


「ウリア隊長がお呼びよ。ぶどう酒を持って行って。」


「わかった。」


私はぶどう酒の入った皮袋を持ってウリア隊長の傍に歩いていく。その途中、無意識のうちにダビデ様とミカル様を見てしまう。


「お待たせいたしました。」

「君がマナか。妻がお世話になったそうだな。彼女は箱入り娘だから、ヤギを祭壇にささげたことも、料理を作ったこともないんだ。」


そういえば、ウリア隊長はバテシェバ様の旦那様だった。


「妻は君が気に入ったらしい、ヨナタン様のところに、可愛らしい侍女がいると、いつもいっている。」


「恐れ入ります。」


私は杯にぶどう酒を注ぎながら、恭しく礼をする。


「ねえ、あなた…。可愛らしいでしょ。小鳥みたいで。私たちの家にも手伝いに来てもらいましょうよ。」


「ヨナタン様の侍女だから、そう簡単には。」


バテシェバ様はウリヤ隊長の肩にもたれかかりながら


「ヨナタン様に聞いてもらえないかしら。」


イスラエル一の美女のお願いを断れる男は、きっと一人もいないだろう。


「わかった。わかったから。」


隊長も奥さんの荒業にタジタジだ。バテシェバ様からは香油のいい香りがする。私も一度でいいから付けてみたいなあ。


「それでは失礼します。」


私は、ぶどう酒が足りていない卓を次々に回る。その時どうしても見てしまう。

ミカル様とダビデ様。

もう、夜の庭園で竪琴を弾いてもらうことも出来ない。

そう思うととても悲しかった。


私とルツ。そして、他の給仕たちは料理や酒を次々に出しては片づけを繰り返す。

宴は夜更けまで続いた。


私は気が付いた。ミカル様とダビデ様が宴の席からいなくなっていることに……。

今頃二人は……。


窓から綺麗な満月が見える。きっと今頃二人でご覧になっているのかもしれない。

姫様とダビデ様は夫婦なのだ。

きっと月を見た後、ミカル様の部屋で。


窓からの隙間風が私の心も吹き抜けていく。

私は何も考えないように、ひたすら仕事に没頭した。



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