第8話ミカル姫の苦悩
「お父様は私のことを奴隷か道具としか思っていないのよ。」
「姫様お気を確かに。」
ルツが、寝床で泣き崩れる姫を慰める。
「私をペリシテを倒した男と結婚させるなんて。」
先ほど、王宮に知らせを届けた兵士がこう言った。
「ゴリアテを倒した英雄には、免税と娘のミカルをやる。」
それを聞いてから姫様は部屋から出てない。
ルツさんと私が、姫の様子を見ながら、慰める。
「姫様は好きな方がいらっしゃるのですか?」
「私はね。日焼けしたギラギラした兵隊なんて嫌いなの。
もっと、美しい少年のような人と恋したいの。それを、お父様私の気持ちなんてお構いなしに。」
わかりますよ。姫様、自分の気持ちを無視されて親に勝手にされる悲しさ。私は体験済みですが。
「私はね、ダビデのような美少年が好きなの。彼なら王族にしてもいいと思っていたのに。」
ダビデ様は地位はないけれど、整った顔つきで姫様の好みにぴったりだ。姫様もお美しい。
きっとお似合いの夫婦になるのだろうなあ。
「私は巨人を倒したむさ苦しい男に毎晩犯されるのだわ。そう思うだけで吐き気がする。」
ミカル様は寝床に潜り込んで大声でサウル王をなじっている。
そこに、新たな使いが来た。
「皆さん、喜んでください。一騎打ちで我々の英雄が勝ち、ペリシテが撤退しました。神の祝福に違いありません。」
イスラエルが勝った?こんなに急に形成が変わるなんて……。
「嫌だ、嫌だ。私は兵士なんて絶対に嫌っ。」
私とルツさんは姫様の傍で様子を見守る。何はともあれイスラエルは救われた。
ミカル様には気の毒だけど、多くの人の命が守られたのだ、私は心底ホットした。
「ルツかマナはいるか?水を持ってきてくれ。」
ヨナタン様の声だ。私とルツは姫様の部屋を出て、通路にいるヨナタン様を迎える。
「ヨナタン様、無事でなによりです。」
私たちは二人で深々と礼をする。
「のどが渇いた。水を持ってきてくれ。」
「私が行ってまいります。」
ルツが水差しを取りに行く。ヨナタン様の武具は酷く汚れていたが、顔は勝利の余韻に浸っているようだった。
「武具は私がお預かりします。」
「ああ、全部持って行ってくれ。ところでミカルはどうした?病か?」
私はヨナタン様の武具を整理しながら
「実は、サウル王が英雄を姫の婿にすると宣言したのに怒っているのです。」
水差しと杯を持ったミカルが戻ってきた。
「水をお持ちしました。」
「うむ。」
ヨナタン様は水を一気に流し込むと、口を腕で拭われた。
「ミカルと結婚するのは兵士ではない。兵士というか少年だがな。」
「少年?」
イスラエルをペリシテの侵略から救ったのは少年というの。
「お前たちも知っている音楽家のダビデだよ。ダビデが巨人ゴリアテを倒したんだ。」
「ダビデ様が⁉」
私たちは驚きを隠さずにはいられない。ダビデ様がイスラエルの英雄だというの?
これは、ミカル様に伝えないと。
私は急いでミカル様の元に向かった。
ミカル様は寝床で未だに泣きじゃくっていた。きっと報告を聞いたら喜ぶに違いない。
「ミカル様、驚かないでください。イスラエルを救った英雄はダビデ様です⁉」
姫は泣き顔のままこちらを見る。
「あなた、何を言っているの?」
「ダビデ様が巨人を倒し、イスラエルを救ったのです。」
「ダビデ様が巨人を倒した英雄…・…。」
ミカル様はしばらく呆然と口をパクパクさせていたけれど、ようやく私の言ったことが理解できたようだった。
「ダビデ様が私の夫になるということ。」
「はい、ダビデ様はサウル王の宣言通り王族になり姫様と結婚されます。」
事態を飲み込んだミカル様は、今までの落ち込みから一転、飛び跳ねて喜んだ。
無理もないな。ミカル様はダビデ様と彼の音楽の虜だったのだから。
「こんな幸運信じられないわ。今すぐ神に感謝をささげてくるわ。」
そういうと、ミカル姫は今まで落ち込んでいたのがウソのように生まれたての小鹿のように跳ねながら、祈りの間に向かっていった。
「ミカル様はダビデ様が本当に好きだったのだなあ」
お似合いの二人。私はそれを遠くから見ていることしかできない。
姫様もダビデ様も近くにいるというのに、もう遠い存在になってしまった。
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