第4話 選ばれしもの。(ダビデの章)

私は、いつものように草原で羊の放牧をしていた。

羊たちを眺めながら、自分に起こった変化について思いを馳せていた。


ひと月ほど前、預言者ダニエル様が私の元に突然訪れた。

そして、神ヤーヴェに祈りをささげてからオリーブの油を私の頭に注いだ。


その後、私の体や考えに変化が訪れた。

まず、体から力が漲ってくるのだ。その力は、その油が注がれた後から増々高まっているのだ。

そして、神からの加護を感じていた。


一昨日、羊の群れに2頭のライオンが現れた。それを見たとき、必ず倒せるという確信があった。

そして、考えるより先に落ちていた石を取り、二頭のライオンの顎を砕いた。


今まで、ライオンに遭遇することもなかった…。せいぜい狼が数匹。それを、追い払う。


ライオンに飛び掛かった後、体が勝手に動きライオンの牙を交わし、石で顔面を殴り、気づいたころにはライオン二頭の躯が私の足元に転がっていた。

父上にこの話をしたら


「それは運が良かっただけだ、もう二度としてくれるな。」


と言われてしまった。

母は酷く怖がり泣いていた。


「わかりました。」


その時は、そういったのだけれど…。

きっとライオンが再び来たら同じことをするだろう。


昼になり、祈りを捧げ、ヤギの乳と母上の用意したパンを食べた。

私は草原で羊を見ながら昼食をとるのが気に入っている。


草原を吹き抜ける風、平和に草を食む羊たち。そして、どこまでも広い青空。

心が洗われるようだ。

私は羊たちを見ながら竪琴を取り、演奏の練習をする。


草を分ける風の音、さえずる小鳥たち……。

そういった自然の音に耳を傾けながら竪琴の旋律をそれに重ねていく。

曲は、毎回心の向くまま気の向くまま奏でていく。


なんと、さわやかで心地いいのだろう。

竪琴と大草原が重なりあいテノールが即興の曲を作っていく。


私は羊飼いと羊、それから風の走る草原を想像しながら音を重ねる。

すると、風や草の騒めきすら私に合わせてくれるのだ。


ダニエル様に会ってから、竪琴の腕が格段に上がったような気がする。


そうして、しばらく竪琴を奏でたのち、杖で羊飼いを移動させていく。

日は大分西に傾いていて空を赤く染めている。


「そろそろ帰ろうか」


私は羊たちを導きながら家に着く。

けれど、その日はいつもと違っていた。

家に帰ると、父上とイスラエルの従者が話していたのだ。


「父さん、そちらの方は……。」


「ダビデ。こちらの方は王宮から来た従者だ。お前に、話があるそうだ。」


王宮からの従者という男は、高級な腰帯と甲冑を身にまとっている。

確かに身分の高い方のようだ。けれど、そんな方が私に何の用なのだろう。


「君がダビデか?」


「はい。」


「突然済まないのだが、その竪琴を聞かせてくれないか。」


「竪琴ですか……。わかりました。」


私は即興でいつも奏でている、テノールの旋律を奏でた。

従者は、目をとじ、頷いて音楽を聴いている。


「いかがですか?」


「すばらしいよ。ダビデ。君は誰かに学ぶことなく、ここまで竪琴が上手くなったのか?」


「はい、竪琴は趣味でやっていまして。」


「わが友エッサイよ。彼を王宮の竪琴奏者として迎えたいのだがどうだろうか。」


「末っ子のダビデですか……。ダビデはどうしたい?」


「私は、それが神の意志なら行きたいと思います。」


「お前が嫌でなければいいだろう。ヨナタン様どうぞ、ダビデを王宮でお使いください。

息子にとってもいい経験になりましょう。」


「ありがとう、エッサイよ。これは、その代わりといっては何だが税の減税証書とお礼の気持ちだ。彼が抜けた足しにしてほしい。」


「初めまして、ダビデ。私はヨナタンという。王サウルの息子だ。

今から君を王宮まで連れていく。旅の準備をしなさい。」


「わかりました。ヨナタン様。」


私は大急ぎで支度を整え、ヨナタン様のところに戻る。


「それでは、ダビデ行こうか。」


「はい。」


「ダビデ、ヨナタン様の役に立つのだぞ。」


「わかりました。父上。」


私は父上と抱擁し、家をでる。


「ダビデ、水と食事よ。」


母が、皮袋に入れた水と、羊のチーズ。そして、パンを持ってきてくれた。


「母上行ってきます。」


「無理はしてはいけませんよ。」


「ダビデ。別れの挨拶は十分か?行くぞ。」


「はい。」


ヨナタン様は見事な馬に乗っていた。王宮の方は、流石だ。

今まで、これほど毛並みの言い立派な馬は見たことがない。


「馬は初めてか。私の後ろに乗るといい。」


「はい、わかりました。」


私は、ヨナタンの後ろにまたがり、馬で草原を駆け抜けた。

西の空には夕日が沈んで空を夕日に染めている。


草原を眺めながら、もう羊飼いをすることはない……。

なんとなく、そう感じた。




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