第3話 王の晩餐とイスラエル一の美女

夕方になり王族の晩餐の支度をする。

つい昨日まで町の小料理屋で働いていた私が王宮で給仕をするのは思いもよらないことだった。

 世の中不思議なこともあるものだ。


「マナ手際がいいね」


「まあね。昨日まで町の料理屋で働いていたんだから。」


あまり、料理屋のことは思い出したくもないのだけれど、王宮で料理を出すのも実家での仕事も大きな差はない。

 あるとすれば、上品に皿や水差しを運ぶことだろうか。


「ところで今日は何の宴なの?」


「サウル様のご病気がよくなったそうなの。そのお祝いですって。」


「二人とも口もいいけど手も動かしてね。」


 彼女はマアサ。ミカルのいうところのお局様だ。

たしか、結婚の話は彼女の前ではだめだった…。


「はい、お疲れ様です。」


「マナだっけ?はじめてにしては手際がいいわね。」


「ありがとうございます。実家が小料理屋でして。」


「今日は盛大な宴になるから二人とも頑張ってよ。」


「はいわかりました。」


背も高く美しい女性だ。二四歳というだけあって成熟した大人の女性という感じだ。

私も、彼女のように美しい彫刻のような体になれたらいいのだけど……。


大広間に三〇人分の食事と水が整えられ続々と王家の人々が座っていく。

そして、最後に登場したのはサウル王とヨナタンと一人の少年だ。

彼は、年は私たちと同じくらい、美しい金の髪ときめ細やかな肌をしている。まさに美少年だ。

 彼は片腕に竪琴を持ちヨナタン様に付き添われ宴の席に現れた。

私の眼は美少年にくぎ付けになる。


「マナさん、分かりやすすぎ。」


ルツさんが、ニコニコして片目だけ開き、こちらをみる。


「へえ、芸術家が好みなんだ?」


「えええっ私っそんなに顔に出ていた?」


「ええ、だって彼が入ってきてから、じっと見ているんですもの……。

誰でも気づくわよ。」


私って。単純⁉


皆が大広間に揃ったところで、サウル王が宴の挨拶をする。

彼が預言者ダニエル様に油注がれた選ばれし王。

 実際に会ったのは初めてだけど。

堀の深い顔立ちで、きっと若いころは女性にもてたのだろうなあ。と考えてしまう。


「今宵の宴によく集まってくれた。今日は、神の導きで見つけた少年のおかげで、私の病もよくなった。神と少年ダビデに感謝して、心ゆくまで宴を楽しんでほしい。」


ヨナタン様が、少年を立たせて皆に紹介する。


「彼が、預言者ダニエル様の言っていた少年です。エッサイの末っ子で羊飼いをしておりました。

ダビデといいます。彼は竪琴が上手く。宮廷の音楽家として働くことになりました。」


あの美少年はダビデというんだ…。それにしても若い方だな。年も私たちと同じくらい。


「ご紹介に預かりましたダビデと申します。羊飼いをしていた故失礼のないよう気を付けようと思います。

 王と神ヤーヴェに竪琴の演奏の贈り物をします。」


ダビデは王とヨナタンの間に腰掛けると膝に竪琴を乗せる。

みな彼に興味津々だ。

王広間が誰もいない部屋のように静まり彼の演奏を待っている。


彼が演奏を始めると会場の空気が彼を取り巻くように清らかに流れ。


まるで、夕暮れの草原にいるかのような情景を竪琴で奏でて見せた。


単純に演奏の上手い人は多いけれど。彼は、明らかにモノが違う。

それは誰の目にも……いや、耳にも明らかだった。

儚げで、黄昏を愛しむ羊飼いを音楽の中から容易に想像できた。


彼の短い演奏が終わると。皆が立って拍手した。私も思わず手をたたいていた。

彼は立って王族や貴族に一礼すると、席に着いた。


「どうだ、見事だろう。さあ皆きょうは好きなだけ飲んで食べて楽しもう。」


サウル王が号令をかけると、皆、目の前の食事やぶどう酒に手を伸ばす。


「マナ。もし水が必要な人がいたら、跪いて杯にそそぐのよ。大丈夫そう?」


「大丈夫だと思う。」


今まで働いてきた店では、水を注ぐことはあったけど、たって普通に入れるだけだったしな。

高貴な方は、うちの店には殆ど来ないし……。


困ったな。


それはそれとして、先ほどのダビデ様の竪琴は凄かったな。たった一回の演奏で皆のここをつかんでしまうんだもの。

 勿論その中に私も入っているのだけど……。


「サウル様の近くにいる娘さんが王女のミカル様。」

へえ、実家にいるときに娘がいることは聞いていたけれど、私たちと同じ年くらいの姫様だったのかあ。

 きれいに梳かされた髪は肩まで伸びていて、将来美しい王女になることを想像させた。

私たちには程遠い存在。きっとああいう方を神に愛された人というのだろう。


「お嬢さん水をもらえるかしら?」

「はっはい。」


私は呼ばれた女性のところまで、水瓶を持っていく。まだ、沢山水が入っていて重い。

跪いて杯に注ぐんだっけ?


「水を頂けるかしら。」


「はっはい。かしこまりました。」


私は膝をつき杯に水を注ぐ。

それにしても、美しい方だな。王宮の彫刻のような体形。長く美しい黒髪は香油で丁寧に手入れされ花の香りを振りまいている。


「ありがとう、お嬢さん。」


一つ一つから感じる気品は、流石は王宮の方だなと思う。


「マナさん。今の方誰か知っている?」


「知らないよ。まだ殆どわからないもの。」


「今マナさんがお相手したのが、バテシェバ様よ。」


「バテシェバ様。」


あの美しい方はバテシェバ様というのか。


「彼女の隣の髭の濃い男性が、ウリア様。イスラエル正規軍の隊長で、バテシェバ様は彼の奥方なの。」


「へえ……。」


「バテシェバ様はイスラエル一の美女と言われていてね。多くの男性からの求婚があったのだけれど、ウリア様と結婚されたの。」


私は、まだバテシェバ様のこともウリア様のことも、よくわからなかった。




このお二人がイスラエル王国に重要な役割を果たすのは、しばらく経ってのこと……。





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