ブーゲンビリアのせい


 ~ 八月十六日(金)

    雛ちゃんと小太郎君 ~


 ブーゲンビリアの花言葉

     私はあなたを信じます



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 もうすぐ閉店となる、このお店。


 そのレジの後ろ。

 キッチンから聞こえてきた声は……。


「採用! お前ら、まとめて雇ってやる!」

「ほんとか!?」

「や、や、やったね! 夢が叶うんだよ、ヒナちゃん!」


 大喜びで抱き合う二人。

 シャギーで強気な女の子は、加藤雛ちゃん。

 穂咲そっくりな、優しいおバカな子は香取小太郎君。


「まあ。ド本命なので当然かと」

「ほんとなの。なんで最初っから二人を呼ばなかったの?」


 バイトを探しているのに。

 軒並み不採用にされていた小太郎君。


 そんな彼から、つい先日聞いた。

 雛ちゃんの将来の夢。


「なんという偶然。まさにウィンウィン」

「ねえ、なんで最初っから二人を呼ばなかったの?」


 そして、俺のお隣りで。

 子供のように、なんでなんでを繰り返すこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を南国お嬢さん風にゆったりと編みおろして。

 そこに、ブーゲンビリアを活けているのですが。


 まさに、ザ・夏。


 ……そんな夏のお嬢さんが。

 暑っ苦しさを運んでくるのです。


「ねえ、なんで?」

「ええい、うっとおしいので離れるのです」


 昨日思いついた。

 俺の夢が、形になった姿。


 停電に難儀していたまーくん宅へ。

 ろうそくの差し入れをするついでに。


 こと、お仕事については信頼のおけるお二人へ質問してみたところ。


 大変そうだが情熱をもって当たれば成功すると。

 実に俺らしい仕事だと。


 そんな言葉と共に。

 背中を押してくれたのです。


 な、もんで。


 夢を実現するために。

 自分なりに色々調べて考えて。


 昨日は、まるで寝ていないので。


「今日はまとわりつくの勘弁してほしいのです」

「分かったの。でも、なんで?」


 全然わかってないじゃありませんか。


 仕方ない。

 他に興味を逸らしましょう。


 ちょうど。

 いい話題がほくほくの笑顔と共に。

 キッチンから顔を出しましたし。


「おめでとう、二人とも」

「ああ、おっさん。紹介してくれてありがとう」

「せ、せ、先輩! ありがとうございます!」

「礼には及ばないのですが……、それより小太郎君?」

「は、はい」

「……そのワラ、なに?」


 入店してからずーっと。

 小太郎君が脇に抱える大量のワラ。


 それは一体。

 なんのおまじないなのです?


「カ、カ、カツオをワラ焼きにしようと思って持って来たんですけど、ここで焼いちゃダメって……」


 そりゃそうだ。


 なんとまあ、小太郎君らしい。


「ワラ焼きですか。……調理するのは、まさかそっちのやつ?」

「はい。お、おばあちゃんちの名物なんです。美味しくて……」

「いえ、そこではなく」


 君が持ってるスーパーのパック。

 カツオのたたきって書いてあるけども。


 既に叩かれているのを叩こうなんて。

 泣きっ面に蜂なのです。


「いやあ、秋山! お手柄お手柄!」


 そんな小太郎君の肩をばしんと叩いてから。

 カンナさんが寄って来たのですけれど。


「ごめん、カンナさん。ひょっとしたらババを握らせたかもしんない」

「バカ穂咲に似てる空気を感じるぜ、こいつ。ひな子の料理に、こいつが意味不明なアドバイス始めたんだけどよ」

「すいません。俺から謝っときます」

「いやいや! そのアレンジがよ、絶妙なんだよ!」


 あたしはこいつを信じてると。

 いつものように、がしっと首に腕をまわすカンナさんなのですが。


 小太郎君、臆病なので。

 やめたげて。


「穂咲並みに変な子ですが、よろしくお願いします」

「へ、へ、変ですか? ボク」

「はい。今だって、ワラ太郎君ですし」

「ひ、ひどい……」


 そんな、しょんぼりとする小太郎君の前に。

 颯爽と現れるシャギーのナイト。


「こらおっさん! コタローをいじめるんじゃねえ!」

「いじめてるわけではないのですが……」

「お? ひな子は、小太郎のナイトだったのか? そりゃいい!」


 カンナさんに言われるなり。

 真っ赤になって否定する雛ちゃんなのですが。


 でも。


「今日の雛ちゃんは、ナイトと言うよりお人形さんみたいなのです」

「う、うるせえな! たまたまだよ!」


 そんな乱暴な声も中和されるほど。

 可愛らしいお洋服。


 ふりふりのリボンのワンピース。

 真っ白でふわふわなその姿。


「いえいえ。ほんとお人形さん」

「帰りてえ……」


 いつもの決め台詞と共に。

 小太郎君の影に隠れた雛ちゃんですが。


 そんな彼女のお隣りで。

 ぼけっとした顔のまま。

 ワラを抱えた小太郎君。



 ……言っちゃなんですが。

 すごいギャップ。



「なんかこう……、残念な気持ちなのです」

「そう? あたしは素敵って思うの」

「え? ……ああ、ほんとですよね、可愛くて」


 確かに。

 今日の雛ちゃんは素敵だと思います。


 坂上さんも言ってましたよね。

 酷いところを責めるより。

 素敵な所を褒めましょうって。


「素敵なのです」

「うん、可愛いの」

「はい。ほんとに」

「そのワラが」

「まじかあ……」


 どうしよう。

 こっちチームにも残念な子がいるのですが。


 どうしてワラの方に食いついたのやら。

 穂咲は小太郎君から、可愛い可愛いと言いながらワラを奪い取ると。


「今日は空調効きすぎなの」

「やめなさいな、体に巻くの」


 おバカな穂咲が。

 どうにかワラを着こもうと難儀すると。


 天才な小太郎君が。

 何本かのワラを紐に見立てて。

 穂咲の体に巻き付けるのです。


 すると、そこに現れたのは……。


「驚いたのです」

「なにが?」

「お人形さんみたいなのです」

「ほんと? 可愛い?」


 くるりと回ってはにかむ穂咲ですが。


 ……可愛くはない。


 だってそれ。

 呪いに使うヤツ。


「じゃあ、可愛い先輩がレジを教えたげるの」

「まてまて。お客様が驚くから、お人形さんは引っ込んでなさい」


 俺は、後輩にウソばかり教え続けて来たワラ人形ちゃんを押し退けて。

 雛ちゃんと小太郎君へ、一通り接客の仕方を教えると。


「お? 新入りか?」

「いらっしゃいませ、こんにちは」

「こんにちあ!」

「はい。元気にご挨拶できたひかりちゃんはいい子なのです」


 丁度、まーくんがひかりちゃんを連れていらっしゃったので。


「こちらは知り合いなので、多少失敗しても平気ですから」

「は、は、はい! いら、いらっしゃいませ!」


 習うより慣れろ。

 早速、小太郎君にレジへ立ってもらいました。


 すると、小太郎君を信じると息巻くカンナさんが。


「ま、レジぐらい多少失敗しても構わねえ」


 などと、気楽に言いますが。


 多少、ですか。


 この子。

 結構やってくれますよ?


「ええと……、ひかり、トマトさんだったっけ?」

「それ、ママの! ぴかりんは、タマゴさん!」

「ああ、そうか。……持ち帰りで。ホットトマトサンドと、ホット玉子サンド。あと、タイカレーバーガーをポテトとコーラのセットで」

「は、はい! ご注文をぶり返します! 餅の磯辺焼きで、ポット入りトマトを三個と、タバスコサンチョ。あと、鯛と鰈の舞い踊りをポテっとしたコーラス付きのセットリストで!」

「なんじゃそりゃ」


 いやいや。

 思わず突っ込んでしまいましたが。


 さすがのまーくんも。

 眉根を寄せていらっしゃる。


「すいませんカンナさん。想像以上にダメ太郎」

「いやいや! あたしの期待通り!」

「うそでしょ? これじゃレジなんか立たせられませんよ?」


 どういう事?

 この子、タバスコサンチョなる謎の物体まで創造しちゃってますけど。

 それで期待通り?


 カンナさんのおっしゃる意味が分からず。

 二の句が継げない俺を察したのか。


 カンナさんは穂咲を指差しながら。

 嬉しそうにその理由を教えてくれました。


「こいつがもうすぐいなくなると、あたしが困ることあってさ」

「はあ」

「あたしのストレス発散になる言葉を継承するにふさわしいじゃねえか」


 継承?

 何のことだろう。


「ってことで、今日からてめえの名前はバカ太郎に決定だ!」

「ひ、ひどいです!」

「こらおばさん! コタローをいじめるな!」

「うるせえ。ひな子はとっとと今のオーダー店長に伝えろ」

「ひな子って呼ぶな!」


 ……ああ。

 バカ穂咲と呼ぶたび。

 ストレス発散していたのですね、あなたは。


 良かったじゃないですか。

 これからもストレスを抱えることが無くなって。


 まあ。

 落ち着いて考えたら。


 マッチポンプのような物なのですけど。



「これでよかったのかな」

「当然なの。よかったの」


 穂咲はそうやって。

 手放しで肯定するのですが。



 よかった。

 当然。



 もちろん俺も。

 そうは思うのですけれど。


 でも。


 どうしてでしょう。


「ちょっとお手洗い」

「お化粧直し?」


 そんな穂咲の冗談に。

 苦笑いを俯かせたまま。

 俺はトイレへ向かいます。



 ……どうしてでしょう。



 素敵な事なのに。

 店長とカンナさんの夢が叶う。

 素敵な船出をお手伝いできたのに。



 ……どうしてでしょう。



 俺は、寂しくて。

 涙が止まらないのでした。


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