ホオズキのせい


 ~ 八月十四日(水)

    チーム・Eスポーツ ~


 ホオズキの花言葉 欺瞞



「まだ、お腹痛いのです」

「あたしも痛いの」


 今日はバイトを早上がり。

 そして店内の、四人掛けの席をくっつけて。


 春休みに、一緒にゲームをしたEスポーツ愛好会の皆さんと一緒に。


 失格の烙印を押された料理をシェアしながら。

 おしゃべりなどしているのですが。


「あれ? 君もお腹を壊したのですか?」

「違うの。二枚爪になっちったとこ、水際まで攻めてたら、爪の下の白いとこまで切っちゃったの」

「ああ、痛いですよね、あの白いの切ると。……何て名前だったっけ?」

「爪の下唇」

「こわいこわい。じゃあ、爪は歯なの?」

「ううん? ベロなの。だから二枚になることがあるの」

「二枚爪と二枚舌は違うものです。ウソをつきなさんな」

「二枚になってるからしょうがないの」


 なにやら、ややこしいことを言って。

 俺をけむに巻くこいつは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪をおさげにして。

 その結び目に、真っ白なホオズキの花を挿しているのですが。


 これが真っ赤に染まるなんて。

 ちょっと理解できないのです。


「……相変わらず、藍川は何を言っているのやらさっぱり分からんな」

「ははっ! 良いんだよ、秋山だけ理解できてれば」


 テーブルの向こう側に。

 仲良く座るお二人。


 クールなインテリ系ハンサムは、ほそヤング君こと、細谷君。

 そして、背の高い格闘家女子が向井ももさん。


 二人はこの春からお付き合いを始めたのですが。

 すっかりそんな雰囲気も見せない程。

 友達のような距離感を保っているので。


 俺たちも。

 気兼ねなく一緒に過ごすことができます。


「確かに今の会話は、俺にも理解できねえ」

「ん。……哲学的」


 さらにこちらのお調子者が、やべっち君こと、矢部君で。

 物静かな文学少女が、まつりんこと、坂上さん。


 そんな面々が座るテーブルに。

 所狭しと並んだ不合格の品々。


 いやはや。


 いくら何でも。


 作りすぎ。


「しかし皆さん。これじゃ、失格になってもやむなしなのです」

「いやいや。適当でいいって話だったじゃねえか」

「……そうだ。そもそも俺は料理などできん」


 失格料理は、どれもこれも。

 とても食べられたものではなく。


 俺の批判に、男性陣は口をとがらせるのですが。

 女子二人は、苦笑いを浮かべて誤魔化しています。


「ははっ! そう言う秋山だって、料理なんかろくに作れねえんだろ?」

「確かにおっしゃる通り」

「ん。……こういう時はけなすのではなくて、いいところを褒め合うのが上策」

「傷の舐め合いとも思えますけど……、一理ありますね」


 坂上さんの言う通り。

 ポジティブにとらえてみましょうか。


「では、上手い言い方をしてみましょう。この、やたらしょっぱいラーメンなのですが……」

「早速下手くそなの」

「まだ途中なのです。最後までお聞きなさい。この、やたらしょっぱいラーメンなのですけど……」

「悪かったね、しょっぱくて」

「でも、メインはともかく、上に乗っているチャーシューは美味いのです」


 痛むお腹にどうかとは思いながらも。

 あまりの美味さに、一気に三枚。

 ぺろりと平らげてしまったのですが。


 でも。


 そんな俺に向けられる。

 冷たい視線と言ったら。


「あれ? 俺、変なこと言いました?」

「チャーシューじゃねえだろ。道久、どんな舌してんだよ」

「ごめんなさいなの。道久君の味蕾みらいは、全部爪に行っちゃったの」

「ですから、これはベロでは無いのです」

「ん。……秋山。これ、ローストビーフ」


 げ。


 いやはや、とんでもない赤っ恥。

 思わず肩をすぼめた俺なのですが。


 でも、ローストビーフの作者が。

 美味いと言われたことに喜んでくれたので。

 一気に場がおさまったのです。


「ははっ! 肝心のラーメンは、我ながらひどい出来だけどな!」

「……うむ。だが、ローストビーフは美味い」

「ほんとか!? じゃあ、まだ余ってるから食べてくれよ!」


 ほそヤング君に褒められた向井さんが。

 嬉しそうにテーブルへ置いてくれたタッパーには。

 沢山のローストビーフが詰まっているのですが。


「ひのふのみ……、ちょうど十二枚なのです。一人、二枚ずつ?」

「そうだな! 早速一枚よこせ!」

「ん。私も。……これ、どうやって作るの? すごく美味しい」

「塩もみして焼いただけだ。肉自体が美味かったってだけだろ」


 そう言って、謙遜する向井さんですが。

 塩もみしただけで、こんなにおいしくできる?


 俺は、穂咲に目線で質問すると。

 こいつは、痛めている人差し指をピンと反らして。

 器用に箸を操って、お肉を口へ運ぶと。


「…………エイジドの具合がぴったしなの。グラスフェッド特有のうま味を引き立てる塩加減も絶妙」


 いつもの無表情のまま。

 なにやら難しい解説をし始めて。

 みんなの目を丸くさせたのですが。


 さすが。

 料理のことに関しては。


 かっこいい穂咲なのです。



 ……などと褒めると。

 いつものように。


 華麗に裏切られるのです。


「ダイエットにもいいの。塩もみ肉は発汗効果があるから痩身に期待が持てるの」

「藍川よ。それ、食いもんの話じゃ無いんじゃね?」

「……痩せたいところをもむのではないか? 塩で」

「え? 効かないの?」


 よく見れば。

 ローストビーフをもぐもぐとしながら。


 おなかのあたりをもみもみとしている穂咲なのですが。

 

「呆れた子なのです」


 バカな話にひと笑い。

 それはそれで、楽しい時間ではありますが。

 穂咲のせいで、さっきから本題に入れません。


 皆さんには、ゲームで培われた戦術眼を駆使してもらって。

 ここの閉店を防ぐ手立てを考えていただこうと思っていたのです。


「実は、皆さんにお聞きしたい事があるのですが……」

「ああああああ!?」


 やれやれ。

 今度は、やべっち君のせいで。

 またもタイミングを逸したのですが。


「なにごとなのです?」

「おいおいおい! ローストビーフ無くなってんじゃねえか!」

「はあ。あっという間でしたね」

「俺、一枚しか食ってねえぞ!? 誰が三枚食ったんだよ!」


 ふくれっ面で。

 みんなをにらむやべっち君なのですが。


 なるほど。

 この手のシェアだとよくある話なのです。


 でも、諦めなさいな。

 騒いだところで。

 こういうのは、犯人が見つからないものなのです。


 そう思っていたのですが。

 意外にも。

 すんなりと犯人が自白しました。


「……すまん。俺が三枚食った」

「なんだよ! じゃあ、後でジュース一杯おごりだな!」

「そんなに高いものでもないだろう。大目に見てくれよ」

「イヤだね!」


 どうにも譲る気のないやべっち君に。

 オロオロと、何かを言おうとした向井さんなのですが。


 ほそヤング君は、それを手で制すと。


「悪かった」


 神妙に頭を下げるのでした。



 ……そんなほそヤング君の姿と。

 今にも泣きそうな顔をする向井さん。


 二人の姿を交互に見れば。

 誰にでも分かるのです。


「おいおい、これじゃ俺が悪役じゃねえか。いいよ、何が起きたか分かったよ。頭上げろよ、ほそヤン」

「……うむ。とは言え、今度何かで詫びはする」

「いいって。それよか、てめえの株を上げる踏み台にした件について納得いかねえからジュースおごれ!」

「……断る」


 ばっさり切り捨てられたやべっち君が。

 またもぎゃーぎゃーと騒ぐのですが。


 彼の言う通り。

 向井さんをかばった。

 ほそヤング君のかっこ良さ。


 俺は、笑顔で見つめ合うお二人さんを眺めながら。

 しょっぱいラーメンを、美味しくすすったのでした。



 ~🌹~🌹~🌹~



 家までの帰り道。

 穂咲が子猫を追って。

 どんどん家から離れて。

 青々と波打つ田んぼのあぜ道を歩いていると。


 白かった遠くの空が。

 ホオズキのように色づき始めます。


 受験勉強に忙しい坂上さんとほそヤング君に悪いので。

 今日は早めの解散となったのですけれど。


 結局。

 作戦については聞きそびれてしまいました。


 一体、どうすれば。

 お店を閉店させずに済むのでしょう。


「……そう言えば、もともと欺瞞から始まった恋だったの」

「ほそヤング君と向井さん? 確かにそうでしたね」


 前を行く穂咲の背中を見つめながら。

 俺は、さっきの事件を振り返ります。


 ほそヤング君、かっこよかったな。

 向井さんをかばったのですよね。


 でも。


「春にはすっかり騙されましたけど、今日の向井さんは演技が下手でした」

「え?」

「ほそヤング君の演技は完璧だったのに、あれではバレバレです」


 俺の言葉に。

 穂咲は足を止めて振り向いたのですが。


 どういう訳か。

 くすくすと笑っているのです。


「……なんです?」

「道久君は、見る目が無いの」


 そう言うなり。

 穂咲は再びくすくすと笑うと。


「……恋する女子は、だれもが名女優になるの」


 クルクルと、あぜ道を踊るように歩きながら。

 衝撃の事実を教えてくれたのです。


「じゃあ、ほんとに食べたのがほそヤング君で、そう見せないために向井さんが芝居したの!?」

「まつりんとあたしは分かってたの」


 ……なんてこった。


「あちゃあ。すっかり騙されたのです」


 俺が、おでこをペチンと叩いて天を仰ぐと。

 穂咲は再び、くすくすと笑いながら言うのです。


「あたしも、一つ演じてるのに、気付いてくれないの」

「え?」

「バレて欲しく無いのに、バレたら困るの」


 ……それは一体。

 何のことでしょうか。


 禅問答に首をひねる俺の正面で。

 名女優とやらは。

 赤く染まったスポットライトを浴びながら。


 スカートの裾を持って。

 恭しく俺にお辞儀をするのでした。


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