アキノキリンソウのせい
~ 八月十三日(火)
宇佐美さんと日向さん ~
アキノキリンソウの花言葉 用心
やっぱり。
いざ別れると思うと。
寂しいもの。
そんな当たり前のことを。
昨日、おじいちゃんとおばあちゃんと。
お別れする時、泣いてすがったこいつから学ぶことになりまして。
「……道久君?」
「はい、なんでしょう」
「なんで二人を連れて来たの?」
いぶかしむ目で俺を見つめながら。
昨年の夏に見つけた金色。
アキノキリンソウを、お団子にわんさかと生やすこいつは
君のその視線。
気付いているようですね。
俺が、まるで役立たずのメンバーばかりを呼んで。
店長に、料理人探しを諦めさせようとしていることに。
子供の浅知恵とは思いますけれど。
でも、ここは。
俺の好きにさせてください。
少なくとも、今日については。
練りに練った計画があるのです。
……本日のチャレンジャーは。
宇佐美さんと日向さん。
ちょっとお店が空いた、午後三時。
二人は、あまりの暑さにげっそりとしながら。
ワンコ・バーガーへ入って来たのです。
「暑い。……来てやっただけで義理は果たしたろう。帰っていいか?」
「同感っしょ。でも、せめて涼んでから帰りたい……」
見た目はヤンキーだけど。
俺にはきつく当たりますけど。
とっても優しいクール系の美女、宇佐美さん。
対照的に、まるで太陽のように眩しくて熱い。
元気系美女の日向さん。
二人の進路希望。
将来の夢は。
一学期中に聞いて知っているのですけれど。
「まあまあ。せっかく来たのですし、物は試しで受けてみるのです」
「いや。私は料理人になんかなる気は無いし」
「あたしは、それもいいなあって思うけど。やっぱツアコンになりたい気持ちの方が上っしょ」
本当は。
俺の呼びかけに、足を運んでくれただけでも嬉しいのですけれど。
それでも、心を鬼にして。
ここで引く訳にはいきません。
俺は、あらかじめ隣のレジに立たせておいたカンナさんに。
狙いを気付かれないよう、平静を装って声をかけました。
「カンナさん。お二人、いらっしゃったのですけど」
「見えてるし聞こえてる。でも、はなから落ちた時の言い訳してるような奴らじゃ話にならねえ。料理の腕だってたかが知れてるんだろ?」
盛大なため息と。
冷たい視線。
やはり、カンナさんなら。
そんな悪態をつくと信じていたのです。
そしてこの二人の反応も。
実に想定通り。
俺のたなごころで。
踊り始めてくれたのです。
「……おいおい。言いたいこと言ってくれるじゃねえか」
「そうっしょ! あたしの腕前見て、ひれ伏すといいっしょ!」
「厨房借りるぞ。合格して、泣いてすがる誘いを蹴ってやる」
「ついにあたしのベールを脱ぐときが来たっしょ!」
鼻息荒く。
厨房へ突撃する二人に。
店長は、未だにこのパターンに慣れないのか。
悲鳴を上げていますけど。
……ちなみにこの二人。
料理はからっきし。
『料理人なんておいそれと見つからない作戦』。
その第一弾が。
こうして開始されたのです。
とは言え、放っておいても。
自爆は間違いなしなのですけど。
用心に越したことはありません。
俺は、エプロンを装着して手を洗う二人に。
お題を提示しました。
「お二人とも。今日のお題は、スイカ料理なのです」
そう、スイカ。
これは俺の中で。
加工が最も難しいと思われる食材。
こんなものを題材と聞いて。
まともに了承するのは。
よっぽどの料理人か。
あるいは……。
「よし。了解だ」
「夏らしくて楽勝っしょ!」
あるいは。
世界に、君たちお二人だけじゃないかと思うのです。
「やれやれ……。秋山君、開店前って訳にはいかないのかい?」
「そんな早くに呼ぶのは非常識なのです」
「いくらお客が引く時間だからって、営業中に呼ぶ方が非常識なんじゃないかな」
厨房から出て来た店長は。
いつものように、苦笑いを浮かべるのですが。
……そうだ。
聞いておこうと思っていたことがあったのです。
それはもちろん。
ワンコ・バーガーの閉店時期についてなのですが……。
「店長、ちょっとお話があるのですが」
「何かな?」
「俺のお仕事、夏休みいっぱいになるのですかね」
このお店。
メインの働き手が、俺と穂咲、葉月ちゃんと瑞希ちゃんなので。
夏休みの間は。
この人の事だから、店を閉めないような気がするのです。
俺の質問に。
店長は、あからさまに寂しそうな顔をしたのですが。
そっと俺の手を握りながら。
一つ頷きながら言うのです。
「そうだね。いやはや、随分と長い付き合いになったけど、もうすぐなのか。いつでも遊びに来ていいんだからね」
やはり。
夏休みいっぱいで閉店するおつもりだったのですね。
ここは、さらなる用心を重ねて。
意地でも料理人になれない人ばかりを紹介し続けましょう。
まずは今日。
シナリオ通りに事が運んでいるので。
乗り切ることができるとは思うのですが。
とは言え。
ゲテモノを食べさせられてはたまらない。
俺は、今朝思い付いた作戦をポケットから取り出すと。
何食わぬ顔でカンナさんの後ろに立って。
「おや? 糸くずが付いてますよ?」
「まじか。取ってくれよ」
「了解なのです」
ゴミを取るふりをして。
カンナさんの背中に。
『審査員』と書かれた名札を。
ピンでとめておいたのです。
……同じ要領で。
穂咲と店長、三人の背中に名札を付けて。
これで万事OK。
用心に用心を重ねた俺の作戦。
我ながらみごとと言うより他は無し。
例え主が望まないとしても。
まるで
俺は、思うがままに策を練ります。
「秋山君。暑いから、十五分程度でいいんだけど……」
「はいはい、いつものですね。了解です」
そして、肌が一瞬で焦げ付くかと思う程の店先で。
作戦の成功を信じつつ。
通りかかる皆様へ向けて。
冷たい商品の名前を連呼したのでした。
~🌹~🌹~🌹~
十五分なんて無理。
ほんの十分ほどで、汗だくになって戻った俺に。
珍しく、穂咲が。
いろいろと準備して待っていたのですけれど。
「……よく持ってこれたね、この水」
Mサイズのカップに。
なみなみと注がれたお水。
いえ。
カップの淵よりも。
水面が盛り上がってますけど。
「いれすぎ」
「ちょうど実験してたの。正面衝突の」
「表面張力です」
試しに口からお迎えに行ってみると。
鼻先から垂れた汗がカップに落ちて。
水があふれてしまったのですが。
「あと、着換えなの」
「そっちも嬉しいようで、ひとつ足りません」
制服だけ持ってこられても。
素肌に羽織れという事でしょうか。
そう思っていた俺は。
まだ甘かった。
「はい」
「まさか、びしょびしょ制服のさらに上からかぶせられるとは」
ああもう。
これじゃせっかく乾いてる制服が台無しです。
でも、着替える暇も与えられないようで。
「お待たせ! 審査頼むっしょ!」
「この料理がまずいなんて言ってみろ。ただじゃおかねえ」
俺の座ったテーブルに。
三人分の料理が並べられたのですが。
「……想定通り!」
思わず口にしながら小さくガッツポーズなのです。
「何が想定通りなの?」
「俺は、世が世なら名軍師として名を馳せていたことでしょう」
そんな策略家の目の前に置かれたものの。
「……料理名を聞いておきましょうか?」
「スイカとウナギのかば焼きバーガーだ」
「野菜のかき揚げ・オンザ・スイカの天丼っしょ」
「君たち、食べ合わせって言葉、知ってる?」
迷料理人のお二人は。
首をひねっているのですが。
おばあちゃんがダメって言うものはダメなのです。
これはもう。
食べずとも失格確実。
……そう、思っていたのですけど。
カンナさんが、割り箸を俺に渡しながら。
驚くようなことを言うのです。
「スイカとウナギ、スイカと天ぷらか。……それ、科学的な根拠はないんじゃなかったか? 味さえ良けりゃオーケーだろ」
「うそでしょ? ……だったら、カンナさんからどうぞ」
「おや? 審査員は秋山だろ?」
ふっふっふ。
それはどうでしょうねえ?
「背中を見てくださいよ」
ニヤニヤ笑いを我慢しきれず。
我ながら、厭味ったらしく言うと。
「……審査員と書かれた名札が付いてるな」
「でしょ?」
「秋山の背中に。三つ」
「うそっ!?」
慌てて背中を触ってみたら。
確かに、何かが三つぶら下がっているのです。
「あ……、あの時か!?」
慌てて罰ゲームを俺に擦り付けた犯人を目で追ってみれば。
あら、随分と楽しそうな笑顔でいらっしゃる。
……しかも。
「ほら、早く食えよ、審査員」
「残さず食べるっしょ、審査員」
「その嫌味な笑顔。……君たちもグルでしたか」
「ああ、最初っから」
「当然っしょ」
ええと、そうなると。
「カンナさんもグルということになるのですが」
「材料代は給料から引いといたから。遠慮なく食いな」
「四面楚歌!」
俺は、四方向から聞こえる嫌味な笑いを耳にしながら。
でかいバーガー三つに丼三杯。
残さず食べることになりました。
……だから。
お腹を壊したのは、食べ合わせの問題ではないわけで。
皆様におかれましては。
食べ過ぎにご用心いただきたいのです。
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