フウセンカズラのせい


 ~ 八月十二日(月祝) おじいちゃん ~


  フウセンカズラの花言葉

         あなたと飛び立ちたい



 お盆は明日からですが。

 おじいちゃんのお仕事の都合がありまして。


 藍川家は、土日でお墓参りを済ませたのです。


 ……そう、済ませたのですから。


 帰ってくださいな


「がっはっは! さすがは穂咲ちゃんじゃ! こんなに美味いハンバーガーを開発するとはのう!」

「トマトカレーブリトーなの。それは記念すべき五十個目の採用作品なの」

「なんと! 五十も商品が採用されているじゃと!? ……よし、決めた! 学校を卒業したら、まずは冷凍食品部門の専務から始めるのじゃ!」


 相も変わらず。

 孫に家を継がせる気満々のおじいちゃんが。


 白いおひげを真っ赤に染めながら。

 美味しそうにブリトーを頬張るのですが。


 そんなおじいちゃんの正面で。

 お新香とお茶で食事を済ませるおばあちゃん。


 西洋的なものが大好きなこと。

 やっぱり、おじいちゃんには内緒なの?


 ……そんな二人のテーブルで。

 お茶のお代わりを注ぎながら。


「冷凍食品の扇子なんかいらないの。でも、扇風機は嬉しかったの。ママに買ってくれてありがとうなの」


 くるりと巻いたツルが特徴的な。

 真っ白なフウセンカズラと共に。


 丁寧に頭を下げるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 お泊りしていたおばあちゃんと。

 後から合流したおじいちゃんと。


 そしてまーくん一家と共に。

 賑やかなお墓参りになったようで。


 本当に良かったのです。


 旅行帰りのお土産話を聞かされながら。

 お散歩に付き合わされた今朝のこと。


 眩しい朝日に照らされた公園の。

 鉄棒の上に腰かけて。

 

 しきたりとか、面倒だったのと。

 いつもの無表情で語る君の足が。


 絶え間なく、前後に揺れて。

 楽しかったのだと。

 幸せだったのだと。


 主人の口よりも。

 素直に。

 雄弁に語っていましたね。


 きっと、おばさんも。

 大役を終えた解放感と。

 二十年近くも閉じ込められていた氷が解けていく嬉しさとで。


 きっと今頃。

 世界一幸せな眠り姫を演じていることでしょう。



 俺は穂咲の足に負けないほどの笑顔で。

 始まったばかりの今日が眩しく染まっていく姿に目を細めたのでした。



 ……まあ。



 そんな爽やかな朝も。

 お昼にはこのやかましさなのですが。


「買ってやるも何も、あんな開けっ放しの店で風にも当たらんとは! 何を考えておるのじゃあの女は!」

「そう言わないでやって欲しいの。おじいちゃん、ママに厳しいの」

「う、うむ…………。まあ、あれじゃ。全面的和解に至るには、もうちっと時間がいるのじゃよ。年寄りじゃから」


 そんなおじいちゃんの言葉に。

 なにか口添えしてもよさそうなものだけど。


 おばあちゃんの口からは。

 お新香の音しか聞こえません。


 おかげで穂咲は。

 ちょっとしょんぼりしているようなのですが。


 おじいちゃんは、厳しいことを言いながらも。

 花屋のレジに扇風機を買ってくれたのですから。

 いいではありませんか。


 日常になり過ぎて気づかなかった俺たちと違って。

 おばさんの事を、よく見ているのです。



 …………ん?



「あれ? そしたら穂咲に家を譲るって。実はおばさんへの罪滅ぼし的な意味もあるの?」


 思わず口をついた言葉に。

 おばあちゃんの眉がピクリと反応したのですが。


 ああ、そういう事なのかと。

 考える余地すら与えられない速度でバックを取られてフルネルソンからの流れるようなスープレックスごふっ!


「1、2、3。……おじいちゃんの勝ちなの」

「ド、ドラコンスープレックスは危険なのです……」

「手加減したわい! それより、いつもいつも穂咲ちゃんに付きまといおって! 何者じゃ、このストリーキングは!」

「それを言うならストーカーなの」

「ストーカーですよ旦那様」

「そんなことは聞いとらん」


 おかしいな。

 おじいちゃん、俺の名前忘れないって。

 今わの際もどきの時。

 涙を流しながら言ってませんでしたっけ?


 それにしてもこの大技。

 さすがは禁じ手。


 ダメージは体全体に。

 さらに、お客さんからの盛大な拍手が心にまでダメージを与えてくるのです。


「一瞬、息が止まりましたよ……。あれ? 何の話をしていたんだっけ?」

「そ、それはあれじゃ……、ええとじゃな……」

「芳香さんと穂咲さんが思い出を作るアイデアを皆で考えていたのでしょう」

「おお! それじゃ!」


 ん?

 そうでしたか?


 まあ、賢明なおばあちゃんが言うのですから。

 間違いないのです。


「……おじいちゃんなら、いくつもアイデアがあるのでは?」


 痛む後頭部をさすりながら。

 真っ赤なソースまみれのおひげをさするおじいちゃんへ聞いてみると。


「ふむ。そんなもん、海外旅行がいいに決まっとる」

「いやいや。なんて無茶な」

「無茶なんてことは欠片もない。あんなもん、飛行機に乗って寝とればすぐじゃ」

「その飛行機に乗れないでしょうに」

「なんじゃ? パスポートが無いとでも言うのか?」


 おじいちゃんが、そんな馬鹿なといった風情で穂咲を見つめるのですが。

 穂咲の頷きを見るなり。


「新堂!」


 バイト中だというのに。

 あっという間に、穂咲を連れ去って。


 幸せな惰眠をむさぼっていたというのに。

 あっという間に、おばさんも連れて。


 祝日でも開いている窓口とやらに。

 連れて行ってしまったので……、す?


「ちょっと! なんで俺まで車に連れ込まれているのです!?」

「だって、あたしたちだけで海外なんて無茶なの」

「俺がいたって、何もできずにプルプル震える小鹿の横に地蔵が一個できるだけなのです!」

「それが狙いなの。小鹿が隠れる地蔵が必要なの」


 ……そんな無茶な理由で。

 俺までパスポートを取らされたのですが。


 代金を出してくれたおじいちゃんには悪いのですが。

 そもそも俺たち。

 海外に行くお金なんか無いですよ?


 まあ、ひとつだけ。

 良かったことがあるとすれば。


 穂咲が、山盛りにした髪のせいで写真を撮り直したあと。

 お花のせいで、もう一度撮り直しになったり。

 おばさんが、すっぴんでパジャマ姿で写真を撮るのをごねたり。


 また二人に。

 楽しい思い出ができたことについては。


 良かったと思う俺なのでした。



「……ぜんぜん楽しかないの。叱られまくったの」

「私、絶対にこのパスポートは使わない」


 …………二人に、楽しい思い出が。

 また一つできたのでした。



※注記 : 祝日に旅券受け付け可能な窓口はほとんどありません。皆様におかれましては、事前によくご確認のうえお出掛けいただけますようお願いいたします。

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