パンパスグラスのせい
~ 八月九日(金) おばあちゃん ~
パンパスグラスの花言葉 強気な心
たった一日。
たった一日しかもたないなんて。
「またやりやがりましたか」
「またやりやがられたの」
人の身長ほどもある穂。
パンパスグラスを頭から生やして。
飲食店だというのに。
天井から埃を落としながら歩くこいつは
「……今日はレジから一歩も動かないで下さい」
「そうはいかないの。今日呼んだ料理人候補に、サボってる姿は見せられないの」
まあ、そうなのですが。
穂咲と二人、緊張して。
厨房から聞こえる声に耳を傾けていると。
「……残念です。私では、お役に立てませんようで」
「いえいえ! 決してそのようなわけではないのですが……」
「そうだな、腕はいい。でも必要なのは、十年はウチだけで働いてくれる料理人だ」
「なるほど。その条件は存じ上げておりませんでした」
開店前。
お店の前に停まった高級車を。
パンパスグラスのような埃取りで掃除する新堂さんが。
窓越しに、こちらへ向かってお辞儀をすると同時に。
厨房から、おばあちゃんが現れたのです。
そんなおばあちゃんへ。
穂咲は、嬉しそうに制服を羽織らせているのですが。
罰ゲーム。
おばあちゃんにもやらせるの?
「穂咲さん。さすがにそれは外しなさい」
そんな合間に、おばあちゃんに言われて。
パンパスグラスを引っこ抜いて。
「……俺に預けられても」
面倒ごとを押し付けておいて。
楽しそうに、おばあちゃんへレジの使い方を教える穂咲なのです。
「しかし穂咲。ずっと働いてくれる料理人が欲しいっていう条件知ってるでしょうに。なんでおばあちゃん連れて来ちゃったの?」
「お墓参り前に、今日はうちにお泊りするから……、ついで?」
「ついでで連れて来なさんな」
「それにしても、審査が辛いの。おばあちゃんが落第なんてありえないの」
条件のせいで落とされたという話をしていたと思ったのに。
この子、審査について文句を言い出したのですけど。
君との会話は。
打ちっぱなしのゴルフなのです。
「穂咲さん。私が十年も御家をおいてこちらへ勤めるとお考えだったのですか?」
「だって、そしたらいつも会えるの。おじいちゃんがダメって言うなら、あたしが直談判するつもりだったの」
そんな返事をして。
てっきりピシャリとやられるものと思っていたのですが。
おばあちゃんは優しい目で穂咲を見つめて言うのです。
「……ご安心なさい。私の実力がご要望に届かなかったまで。藍川家の都合ではありません」
「そうなの? そんじゃあ仕方ないの。……おばあちゃん、制服がぶかぶかなの。もう一個小さいの持って来るから待ってるの」
そう言って、走り出した穂咲さん。
ついでにパンパスグラスも持って行ってくださいな。
「これ、まいったな、邪魔なのです。……それにしても、驚きました」
「私が審査に落ちたことでしょうか?」
「そうではなく。てっきり、直談判なんて無茶を許すとは思えなかったので」
俺が見つめる先で。
優しかった笑顔がすこうし俯いて。
視線を、随分と昔へ向けるおばあちゃんなのでした。
「直談判。懐かしいですね。……あの子は一度、随分と無茶をしたのですよ?」
「そうなのですか?」
俺は、先を促したつもりで相槌を打ったのですが。
おばあちゃんは、なかなか続きを話しません。
何をやらかしたのでしょうね、穂咲は。
「……あそこまでされては、心を打たれぬ道理などございません。当時の旦那様が芳香さんをお許しにならなかったのに、穂咲さんを気に入っているのはあの一件が原因です」
あの一件。
なんかあったっけ。
首をひねってはみたものの。
どうにも思い出すことが出来ません。
そうこうしているうち。
穂咲が戻って来たので。
この話はお終いになったのですが。
……その代わりに。
随分と珍しい物語が始まったのです。
「あったの、小さい制服。……それより、どこまで説明したっけ? おばあちゃんには難しいから、もっかい頭から説明する?」
そんな言葉に。
あからさまにムッとするおばあちゃん。
強気な方ですので。
きっと引き下がらない事でしょう。
「以前、こちらでお務めを果たしたことがある私に何をおっしゃられます」
「でも、レジは苦手そうだったの」
そんな言葉に。
この完璧超人が。
言葉を詰まらせたのです。
……穂咲に言われて。
思い返してみれば。
あの時のおばあちゃん。
厨房に、フロアに。
八面六臂の活躍をされてはいましたが。
たしかに。
あまりレジには立っていなかったように思えます。
「……試しに、やってみるのです」
つい調子に乗った俺を。
いつもより数倍鋭いキツネのおめめがにらむのですが。
「つまり……、こうですね?」
「違うの」
いきなり間違えて。
レジのカバーをガパッと持ち上げてしまいましたが。
今の、どうやったのです!?
「壊しちゃダメなの。もっかい、最初っから教えるの」
珍しく。
本当に珍しく。
穂咲の説明を、一生懸命に。
そして不安そうに聞くおばあちゃん。
まあ、それはさておき。
カバーを外しちゃったレジを俺に押し付けなさんな。
「……で、注文をこいつでピッて読むの」
「なるほど。お料理は厨房へ伝えて、こちらは飲み物を淹れるのですね?」
「その前に、ポテトも御一緒にいかがですかって言うの」
「そのような押し売りがありますか」
おばあちゃんのピシャリも。
今日はちょっぴり柔らかめ。
だから穂咲も。
気負いなく説明します。
「ちょいと物足りないなって考えてる人が沢山いるの。ウィンウィンなの」
「ういんういん? ……分かりません」
「ウィンウィンなの」
「ですから、分かるよう説明なさい」
……まるで、春の陽だまりのような。
柔らかくて、幸せな光景。
いつまでも二人の事を見ていたいのですが。
そうもいきません。
こちらのレジは壊れたままだし。
それに、もう開店時間。
ひとまず。
自動ドアのスイッチを入れにいくと。
間髪を入れずに最初のお客様がご来店。
「いらっしゃいま……、あ」
しまった。
お客様を追い抜いて、レジへ立ったものの。
こちらのレジはセミヌード。
お客様は当然。
こちらへ向かいます。
「い、いらっしゃいませ」
前回は、もう少し自信をもって接客されていたと思うのですが。
今日はカチンコチン。
ここまで狼狽するおばあちゃん。
なんだか新鮮なのです。
「間違えても問題ないの。あたしがフォローするの」
「なんと頼もしい。で、では、肩の力を抜きましょう」
そして、これまた新鮮なヒエラルキーのもと。
たどたどしい接客が続くのですが。
「……ご注文を繰り返させていただきます。モーニング小倉バーガーと、玉子サラダサンド。ホットコーヒーのエムサイズでよろしいでしょうか?」
なんとかお会計までたどり着いて。
文字通り、ようやく肩から力を抜いたおばあちゃん。
でも。
ここで難題が一つ。
お隣りから突き付けられました。
「……おばあちゃん。アレを忘れてるの」
「何か足りなかったでしょうか?」
「ウィンウィンなヤツ」
おお、確かに。
俺はお客様とご注文を鑑みて追加を促しますが。
こちらのお客様のオーダー的には。
まあ、ノーサンキューでしょう。
そんな予想を立てつつ。
成り行きを見守っていたら。
おばあちゃんは。
穂咲へ一つ頷きを返した後。
たどたどしく。
「ご、ご一緒に……、ポテトをどうぞ」
ああ。
なんて懐かしい響き。
さすがは、穂咲のおばあちゃん。
揃いも揃って。
「……ダメ家系なのです」
と、いうわけで。
本日、久しぶりに。
ポテト無料配布キャンペーンが開催されることになりました。
……それにしても。
料理人の方は、遅々として進みませんが。
おばあちゃんのお泊りと。
皆さんで行く、お墓参り旅行。
穂咲とおばさんの思い出には。
素敵な一ページが加わることになりそうなのです。
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