ヒマワリのせい


 ~ 八月七日(水) 会長 ~


 ヒマワリの花言葉

  私の目はあなただけを見つめる



「お姉ちゃんが、どうしても受けてみたいって」

「そんな非常識なことは言っておりません! 仕方なくです! 仕方なく!」


 そうだったっけと。

 うそぶく葉月ちゃんのお隣りで。


 顔を赤くして文句を言っているのは。

 元、生徒会長にして、葉月ちゃんのお姉さん。

 雛罌粟ひなげし弥生やよいさんなのです。


「仕方なく、という割には。随分と大荷物なのです」

「それに、目利きも本物なの。あんなにいいおネギ、そんじょそこいらじゃ手に入らないの」

「お黙りなさい!」


 会長に、ぴしゃりと言われて首をすくめるなり。

 首の筋肉痛のせいで、あいたたとうずくまるのは藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪ですら重いと。

 今日は丸坊主。


 な、はずもなく。

 坊主のカツラなどかぶっているのですが。


 それ、余計に重くありませんか?


 しかも、坊主カツラの上に。

 燦々と輝く、黄色い太陽。


 久々に。

 家に帰ったら、おばさんをとっちめないといけません。


「では、早速試験を受けたいのですが。厨房をお借りして行うのですか?」


 会長は。

 レジ前のカンナさんに聞いたのですが。


「……あんた、大学生なんだろ?」

「はい」

「学生の間、バイトするつもりで来たのか?」

「ええ、ここでお仕事をするいい口実……、ごっほごほ! し、就職活動の間はお休みすることになるかと思いますが、それなり入ることができると思います」

「やっぱりな。うちは社員を募集してるんだ。そういう事なら却下だな」


 がーんと。

 会長は、手にした食材を取りこぼして。

 立ち尽くしてしまったのですが。


「なんと。社員さんとして料理人を募集していたのですか」

「最初に言ったじゃねえか」

「でも、いくら改築するからって、厨房は店長とカンナさんで足りると思うのですけれど」

「だれが改築するって言った?」


 カンナさんが、きょとんとした顔をする向こうで。

 立ちつくす会長に、葉月ちゃんが制服を羽織らせていますが。

 まあ、そちらは捨て置いて。


「なんだ。改築しないのですか」

「ああ、ようやく目処が立ってな。店長の夢だった、多国籍レストランを開業することに決めたんだ」

「え? ここをレストランにするのですか?」

「いや? もっと都会に貸店舗を見つけてな。そのためには、料理のできる社員がもう一人欲しくて」


 え?

 それは寝耳に水。


 俺は穂咲の頬をつねると。


「痛いの」


 うん。

 痛くもなんともないので。

 夢に違いありません。


 ……だって。

 ずっと昔からここにあったワンコ・バーガーが。

 俺たちの、第三の居場所が。


 無くなるなんて。

 夢であって欲しいのです。


 急なお話に。

 呆然としていた俺たちでしたが。


「ちょっと、葉月!? 何をしているのです!」


 会長の叫び声で。

 我に返ることになりました。


「だ、だって……。試験に落ちた人は、なぜか一日体験アルバイトをするのが最近のお約束で……」

「そんな話は聞いていません!」

「でも……」


 葉月ちゃんが。

 ちらりと俺を見た気がするのですが。


 その直後に。

 会長は、あっさりと。


「そ、そういうことなら仕方ありませんね……」


 レジの向こうに入って。

 嬉しそうに仕事を教える葉月ちゃんの話を。

 真剣に聞いているのです。



 ――さて。

 今日は不戦敗となってしまったようですが。

 そろそろ、紹介できる人もいなくなりましたし。


 それに、本題の。

 穂咲とおばさんの思い出作りについても。

 まったく目処が立たない所に。


 ワンコ・バーガーが店じまい?


 いやはや。

 今年の夏休みは。

 例年よりも沢山の宿題が並びます。


「道久君、おしんことお茶を持って来るの」

「これ以上宿題を増やさないで下さい」


 ……ご近所のショッピングセンターは。

 十時オープン。


 なので、連日だいたい十一時頃から込み始めるので。

 まだ、お座敷席は片付けていないのですが。


 本日、その畳席は。

 山越さんご一家のパーティー会場と化しています。


 お持ち込み多数。

 おじいちゃんおばあちゃんと。

 お孫さんを囲むように座って。


 実に微笑ましい光景なのですが。


「……君は、どこにでもすぐ馴染みますね」

「おじいちゃんのお話が面白いの。お茶、急ぐの」

「やれやれ……」


 お座敷席に揺れるヒマワリが。

 こちらを見ようともしない植木鉢の代わりに。

 お願いしますと頭を下げるので。


 俺が厨房からお茶とお新香を持って穂咲の前に並べたその時。


 事件が起こりました。


「こんなのいんない! シェイク飲みたい!」


 お孫さん。

 都会暮らしなのでしょうか、随分とかっこいいお洋服で。


 おばあちゃんのこさえて来た『みょうがぼち』。

 それに目もくれずに、はだしで座敷から飛び出すと。


 そのまま、おばあちゃんの手を引いて。

 レジの前まで連れてくるのです。


「い、いらっしゃいませ」

「シェイクちょうだい!」


 葉月ちゃんに教わりながら。

 たどたどしく、会長が接客していますが。


 それよりも。


「……そんな顔しなさんな」

「だって……」


 しょんぼりと。

 肩を落としてみょうがぼちを見つめる穂咲なのでした。



 ……山越さんとこのおばあちゃん。

 ここのところ、腰を痛めて。

 出歩くこともできないと聞いて。


 穂咲が、出前と称して、勝手にハンバーガーを作って持って行って。

 ついでにお洗濯と掃除をしてあげたのは、日曜日のこと。


 まだ、歩くことも辛いでしょうに。

 お孫さんが来るからと、こんなにたくさんのお餅をこさえて。

 今だって、辛そうな顔ひとつ見せずにお孫さんに連れられて。


 君がそんな顔をするのも頷けます。


「……そうだ。いいアイデアがあるのです」


 俺が、穂咲と山越さんご一家へ作戦を伝えると。

 皆さん、みょうがぼちを隠して下さって。


「よし。後は穂咲に任せるのです」

「おちゃのこさいさいなの。名女優の本領発揮なの」


 そして穂咲は、ひとつだけお菓子を隠し持つと。

 レジの向こうへ回って、いつぞやのルーレットを取り出して。


「夏休み限定サービスなの。まわしてみるの」


 お孫さんに。

 ルーレットを回させたのです。


 ……俺のアイデアでは。

 ただ、サービスだよと渡すように言ったのですが。


 君は、こういう事にかけては。

 ほんとに天才なのです。


「『3』のとこに止まったの。これは結構レアなやつなの」

「なにがあたったの?」

「ボクの住んでるとこでは食べられない、みょうがぼちっていう珍しいお餅のお菓子なの。大人気で、みんながこれを持ってくから、最後の一個なの」

「ほんと!? やったね!」


 そして、穂咲に渡されたみょうがぼちを嬉しそうに持って。

 シェイクも持たずにお座敷へ駆けて行ったお孫さんは。


 おいしいと言いながら。

 レアなんだぜと自慢しながら。


 おばあちゃんのお餅を。

 にこにこと頬張るのでした。


「……それはそれとして。君までどうして座敷へ戻りますか」

「お茶が冷めちったの。お代わりなの」

「まったく……」


 でも、上手くいったのは君のおかげですし。

 ちょっとはわがままを聞いてあげましょう。


 そう思いながら。

 再び厨房でお茶を淹れていると。


「……見ていましたよ、秋山道久」

「へ?」


 レジから。

 会長が声をかけてきたのです。


「何をです?」

「おばあさんのために、素晴らしい行いをしたではありませんか」

「いえいえ。会長がドリンクを準備している間にお餅を運んだのは穂咲なのです。会長だって、その手腕は見ていたでしょうに」

「……その前に、アイデアを出していたのはあなたです」


 う。


 こういうの、気付かれれると恥ずかしいものですね。

 それにしても。


「よく気付きましたね、接客しながら」

「そ、それは当然! 私は秋山道久と違って、視野が広いですからね!」

「はあ、そうですか。……あ、お客様」

「視野が広いのでもちろん気付いていますとも! いらっしゃいませ!」


 なにやら、慌てて後ろを向いて。

 たどたどしくレジを打ち始めた会長なのですけど。


 視野はともかく。

 指導員はどうした?


 厨房内を見渡しても姿が見えませんし。

 更衣室かな?


 俺は、廊下へひょこっと顔を出したのですが。

 ちょうど走って来た葉月ちゃんと。

 正面衝突してしまいました。


「きゃあ!」

「ぐほっ!?」


 こちらはよろよろと後ずさり。

 テーブルに背中を預けることになったのですが。


 葉月ちゃんは尻餅をついて。

 慌てて裾を押さえるのです。


「みみみ、見えました!?」

「そんなわけ無いでしょう。早くレジに入って下さい」

「はい!」


 そして、葉月ちゃんがレジへ立つと。

 入れ替わりに、会長が厨房へ顔を出して。


 ……かつてのような、不良生徒へ向ける冷たい視線で。

 正面の、自動ドアを指差しました。


「…………秋山道久。外に立っていなさい」

「よく分かりましたね、俺の条件反射的犯罪」

「……立っていなさい」

「いやはやほんと。接客しながら、どうやって今のを見ていたのです?」


 なんでこの人。

 俺の事ばっかり見ているのでしょう。


 首をひねりつつ。

 俺は、夏の指定席へと向かったのでした。


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