ブルーベリーのせい


 ~ 八月五日(月)

       神尾さんと岸谷君 ~


 ブルーベリーの花言葉 実りのある人生



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その二台のレジ。


 隣に立っているのは……。


「いやはや! 審査は辛口でしたね、カレーだけに!」

「俺は合格に一票入れたのですけどね」


 料理審査の後。

 どういうわけやら制服を着て。

 レジ打ちを始めた岸谷君なのです。


 思えば、彼からは随分。

 紳士的なかっこよさというものを教えていただきましたが。


 俺には、まだまだ難しくて。

 感心することしかできないでいます。

 

「おっとリトルレディー。私が席までお持ちしましょう」


 今も、小さな女の子が俺から買ったジュースを。

 席まで運んでいるのですが。


 お母様にお礼を言われても。


「いえいえ、これしきの事で何をおっしゃられます。お花を摘むための小さなおててに、このトレーは無粋ですよ」


 さすがは王子。

 実に気の利いた切り返しなのです。


 しかも。


「ありあと、おにい……、おじちゃん!」

「はっはっは。まさかそちらへ言い直すとは。これはおじちゃんとしても、シャッポーを脱がざるを得ませんな」


 そう言いながら、慣れた手つきで。

 一度取った帽子をくるりんぱ。


 親切な上に。

 おじさんと言われても動じないなんて。


 さすが岸谷君。

 かっこいいのです。

 

 そして、友達への配慮も忘れない。


「神尾君、藍川君。空調が効きすぎてはいないかね?」

「平気よ」

「ありがとうなの」


 二人掛けのテーブル席で、ドリンクを両手で持って飲む清楚な方は。

 我らがお母さん、神尾さん。


 穂咲が、料理人の件を神尾さんへ伝えた所。

 岸谷君を連れて現れたのですが。


 本人は試験を受ける気も無いのに。

 穂咲の頼みも断れない。


 この優しさが、実に神尾さんらしいのです。



 ――二人の返事に、満足そうに頷いた岸谷君は。

 まるでお姫様へ対する貴族のように流麗なお辞儀をすると。


 制服の。

 お腹のボタンを一つ飛ばしたことにも気づかずに。


 俺の隣へと戻って来ました。


「神尾君なら合格できると、僕は思っているのですけどね」

「でも、合格しちゃったら……」

「ええ、彼女は断れないでしょう。そういう方です」


 きっと岸谷君は、そう思って。

 身代わりを引き受けたのでしょう。


 本当に。

 騎士のような心をお持ちなのです。


「……見習わないと」

「そうなの。もっと汗水たらして働くの」


 冷房の効きすぎた店内だというのに。

 首に汗を滴らせて働く岸谷君。


 彼を指差しながら。

 自分はドリンクのお代わりを買いに来たというどうしようもない子は藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、メガネの形に結って。

 そこに、白い風鈴が所狭しと下がっているようなブルーベリーの枝を一本突き立てているのです。


「ブルーベリーとメガネは商売敵なのです」

「何の話?」


 首をひねる穂咲にドリンクを淹れる岸谷君が。

 いつものように、紳士的な言葉を添えて提供します。


「可愛らしい、風鈴のようなお花ですね。それは、魔よけですから。藍川君がいれば、商売繁盛間違いなしでしょう」

「え? ブルーベリーって、魔よけなの?」

「いえいえ。風鈴の方です」


 そして岸谷君が。

 風鈴の歴史について語るのです。


 昔は、風が悪い物を運んでくると信じられていて。

 それを知らせて、追い払うためのものだったとか。


 博識で、実に分かりやすく話す岸谷君に。

 俺は感心していたのですが。


 どうやら、途中で飽きてしまったこの子が。

 失礼なことを言うのです。


「うーん……、面白かったけど、あたしの人生にはいらない知識だったの」

「こ、これは失礼。では、先ほど僕が作ったカレーの話しでもしましょうか?」

「それはぜひ聞きたいの」


 一瞬、落ち込んだものの。

 穂咲の返事に、気を取り直した岸谷君は。


 使用したスパイスと材料の話から。

 次第に、それぞれの成分がどのように美味しさを引き出すか。

 科学的な話を始めたのです。


「むう……、また難しくなってきたの」

「なるほど。実用的な話の方がお好みでしたね。では、どうして二日目のカレーは美味しいかご説明いたしましょう」


 この言葉に。

 眉根を寄せた穂咲さん。


 そんな姿を見て。

 苦笑いを浮かべる神尾さん。


 ……ああ。

 お二人の気持ちが。

 手に取るようにわかります。



 本当に、ここの所。

 男女の違いと言いましょうか。

 価値観の差を感じる日が続くのですが。


「……と、いうメカニズムで。うま味成分が倍加するわけなのです」


 そう、岸谷君が結ぶと。


 人生の、あるべき場所。

 レジ前を取られて。


 キッチンへ下がっていた晴花さんが。

 女性ならではの突っ込みをいれるのです。


「……二日目のカレーが美味しいって結論だけじゃダメなの?」

「あたしも、そう思いながら聞いてたの」

「あはは……。じつは、私も……」

「それより、レジを返して」

「難しい説明より、そのカレーを食べさせてほしいの」

「ダメよ、暑い時期は。その日のうちに食べ切らなきゃ……」


 さすがの岸谷君も。

 現実と結論と効率を優先する女性陣を前にして。


 膝を屈して。


 そして。

 お腹のボタンを、もう一つ飛ばすのでした。


「……ご安心を。俺には面白いお話でした」

「こ、これは、嬉しい言葉をありがとう」

「ええ。実りのある人生に、無駄な知識は大切ですよね」

「無駄…………」


 あ、いけない。

 言葉のチョイスを誤りました。



 俺の一言が、とどめとなったようで。

 さらに落ちこんで、うずくまった岸谷君は。



 もひとつ。

 お腹のボタンを飛ばしたのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る