ヤナギランのせい


 ~ 七月三十一日(水) 

      父ちゃんと母ちゃん ~


  ヤナギランの花言葉 集中する



 駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。

 その二台のレジ。


 隣に立っているのは、昨日、渡さんと会えたことがよっぽど嬉しかったのか。

 朝から踊りっ放しの藍川あいかわ穂咲ほさき


 軽い色に染めたゆるふわロング髪を、ハーフアップにして。

 そこに、薄紫の花をたわわに付けたヤナギランを何本も活けて。


 後ろを通る度。

 邪魔でしょうがないのです。



 …………もっとも。

 こいつらの方が、もっと邪魔なのですが。



「うむ……。俺の本格カレーが受け入れられないとは……」

「わはははは! あたしのビーフストロガノフもダメだったんだから当然さね!」


 昨日、偶然。

 店の前に打ち水をしていたカンナさんにばったり出くわした母ちゃんが。


 料理人を探していると聞いて、連れてきたのが。

 夏休み中の父ちゃんだったのですけれど。


「なんという茶番……」

「わはははは! 昼飯をご馳走してもらう、いい口実になったさね!」

「うむ。たまにはハンバーガーもいいものだったな」

「最悪なのです」


 この人たち、ご飯をご馳走してもらうためだけに試験を受けに来て。

 朝の九時から、午後三時に至るまで。

 キッチンに入り浸ったままなのですが。


「迷惑なのです。カレーも牛丼も、家で作って持って来れば良かったでしょうに」

「うるさい。それより、お客様がレジで待っていらっしゃるぞ?」

「あの常連さんは、もう数分メニューとにらめっこですので。呼ばれるまではいいのです」

「そんな事より道久! あんた客商売なのに愛想ないねえ!」

「ほっといて下さい。これはこれで好評ですので」


 あれやこれやと。

 俺の仕事に文句をつけて。


 ほんとに、なんで居座ってるの?



 息子の仕事を見たいなんて思う二人では無いでしょうし。

 このまま頑張って。

 夕食までご馳走になるおつもりですね?


 店長もカンナさんも。

 なにやら優しく、二人にバイト中の俺の事を話したりしていますけど。


 お菓子やらバーガーやら。

 そんなにもてなさなくていいのです。


「ああもう。用が済んだらとっとと帰って下さい!」

「何て言い草だ、道久」

「そうさね。なんなら手伝おうか?」

「母ちゃんがなんの役に立ちますか。……あ、いえ。だったら、一つお願いがあるのです」

「任せときな! 何をしたらいいんさね?」

「穂咲がおばさんと思い出を作るアイデアを出して欲しいのです」


 俺のお願いを聞いた、父ちゃんと母ちゃん。

 ちょこまかと仕事をしている穂咲を見つめながら。

 ふむと腕組みをすると。


 ……無茶なことを言い始めました。


「南国とかどうだ?」

「南の島! いいさね!」

「冗談じゃありません。そんなお金、どこにあるというのです?」


 おいおい。

 二人して、俺を指差しなさんな。


「お財布が俺では、せいぜい南の島へ行く飛行機を見に行くのが関の山なのです」

「南国か……。ついでに俺もつれて行け。安心しろ、休みは作る」

「当然、母ちゃんの分も頼んだ!」

「ひとの話、聞いてます? そんなに南国気分を味わいたかったら、店の外に立っていると良いのです」


 毎年恒例で、俺の仕事になっていますけど。

 あれをやると、簡単に南国気分を味わうことができるのです。


「期間限定、ヤシの実ジュースくらいならご馳走します」

「ばかもん。海が無くて、何が南国か」

「山間部に住む南国の人に謝れ」

「バカだねこの子は。なんで好き好んで暑いとこ行かなきゃなんないのさ」

「自分の意見を全否定してどうする」


 ああもう。

 頭痛い。


「そろそろお客さん増え始めますので。キッチンから出て行ってくださいな」

「冷たい奴だな」

「そうさね。晩飯もまだご馳走になってないし」

「ええい、だったら客席へ行きなさい。俺がご馳走しますので」


 ぶつくさと文句を言う二人の腕を無理やり引いて。

 入り口近くのテーブルへ座らせながら。

 メニューを渡すと。


「そんじゃ、この『オール150%バーガー』をレタスと玉ねぎ抜きで頂戴な!」

「へいへい」

「俺はこのハーフサイズバーガーと、オニオンレタスサラダ」

「へいへい。……いえ、待ってください。そのオーダーおかしいのです」


 二人同時に、おんなじ方向に首を捻ってるんじゃありません。


「バーガー二個買ってあげるので、仲良くシェアすれば注文通りなのです」

「……なるほど。本当だ」

「わはははは! こりゃ一本取られた!」


 やれやれ、ほんとに今日は仕事になりません。

 ハンバーガー食べ終えたら。

 無理やり叩き出そう。


 そんな、俺の呆れ顔を見たカンナさん。

 二人の注文をキッチンへ通すと。


 俺の肩に腕を回して。

 レジの下にしゃがみ込みました。


「てめえ、親御さんに対してなんて口の利き方だ」

「……面倒ですので、あんなの召喚しないで下さいよ」

「そう言うんじゃねえ。親心を察してやるのも、子供の器量だぜ?」

「なんですそれ?」


 眉根を寄せて。

 間近にあるカンナさんのめを見つめると。


 やれやれとかぶりを振って。

 違う話をして来たのです。


「しかし、すげえもん見た。六時間かけた本格カレーが、一番安い市販のルーで作ったような味してたんだが」

「あれを、もう三時間かけるとレトルトの味になるのです」

「マジか。もはや魔法だな」

「年中あれを食わされるの、拷問なんですが」

「そうか? 羨ましいもんだけどな」


 カンナさんは、よっこらせと立ち上がって。

 ちょうど来店されたお客様のお相手をし始めたのですが。


 少しだけ。

 寂しそうな顔をした気がするのです。


 ……ご家庭の事情で。

 ワンコ・バーガーを自分の居場所にしていたカンナさん。


 こんな扱いをされてる俺でさえ。

 羨ましいと感じるのでしょうか。


 しゃがんだまま。

 考える俺に。


 カンナさんは。

 仕事の指示を出してきました。


「秋山、そこの電球換えてくれ」

「どれです? ……あ、ほんとだ。切れてますね」


 天井の電球交換。

 怖がりの店長ではできない仕事なのです。


 一番長い脚立を取って来ないと。

 そう思って、バックヤードへ行こうとする俺に。

 穂咲が話しかけてきたのです。


「道久君、ながい脚立持って来るの?」

「ええ。穂咲の好きな、きゃた一郎君です」

「きゃた一郎君、最近、きーこきーこいうの」


 きーこきーこ?

 ねじでも緩んでいるのでしょうか?


「電球換えるついでにみておきます」


 俺が返事をするのに合わせて。

 今度は、面倒なテーブルから声をかけられました。


「道久。この席、クーラーの風が直接当たって寒いんだが」

「はいはい。電球のそばにあるから、すぐにフィンを曲げてあげるのです」

「そんじゃ道久! ついでに、庭の水やりしといて欲しいさね!」

「はいはい。……ん?」


 おい、母ちゃん。

 それはついでに出来ないのです。


「おかしいだろ」

「なら、ついでにうちの庭の雑草取りしといて欲しいの」

「待て待て」

「丁度いい。それならトマトの支柱も作っておいてくれ」

「待てと言っているのです」

「そしたらあんた、帰りに牛乳買って来るさね」

「ほんとに待って!? ルールを分かっていないやつがいるのです!」


 『ついで』という言葉の意味を。

 一人だけ理解できてない!


「仕事は集中させないで! 振り分けて!」

「わはははは! ついでついで!」

「全然ついでじゃない!」


 店内で大騒ぎ。

 とんだ親子げんかを演じる俺に。


 さすがのカンナさんも。

 同情してくれました。


「ひでえな、お前の扱い」

「ここに穂咲のおばさんがいて、ビールを飲み始めたらこんなもんじゃ済まないのですけどね」


 なるほどねえと。

 肩を叩いて同情してくれるカンナさんですが。


 良かったのです。

 理解者がいてくれて。


 ……そう思っていたのですが。


「カンナ君。今日は暑いから、表の水撒きを頼めるかな?」

「連日外に出されてたまるか! 店長がやれよ!」

「ええっ!?」

「あ、ついでに看板直しといてくれ。昨日、水撒きしてて壊しちまったから」


 そう、言うだけ言うと。

 俺への同情を再開したカンナさんでしたが。

 なんと言いましょう。



 知らぬは己ばかりなり。



 仕方がないので。

 一足先に。

 俺が南国へと旅立ちました。



 ……そして。



 南国で、汗だくになる俺を。


 父ちゃんと母ちゃんが、店の中から。

 やたらニコニコしながら見つめていたのでした。



 ……そんな暇があったら。

 せめて俺の代わりに。

 電球くらい換えといてください。

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