ディプラデニアのせい
~ 七月三十日(火)
六本木君と渡さん ~
ディプラデニアの花言葉 堅い友情
昨日のとんでも料理を。
閉店後までお店にいるスタッフで。
美味しく食べなきゃならない目に遭った件についての罰。
料理人になれそうなヤツを紹介しろと。
カンナさんから無茶なことを言われたため。
俺は……。
「君は呼んでません」
「開口一番、失礼千万だなてめえは」
受験勉強のお忙しい中。
わざわざご足労願ったのは。
才色兼備、お料理もそこそこできる渡さんなのですが。
まあ、一緒に勉強していたのでしょうし。
おまけが付いてくるのはやむなしなのです。
「で? 何を作ればいいの?」
「なんでも結構です」
「なんでもっていうのが一番困るのよね……」
この、大人びた美人さんは
隣に立っているのは、そのオプションパーツ。
「香澄ちゃん、ありがとうなの。ほんとに簡単な料理でいいの」
そして渡さんに深々と頭を下げるのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪をポニーテールにして。
真っ赤な花びらが、夏を表現しているかのような。
ディプラデニアをぷすっと挿しています。
「なによ穂咲まで適当にって。……よし。じゃあ、必殺技作ってあげる!」
「おお。香澄ちゃんがやる気なの」
ワンコ・バーガーの店先で。
穂咲が拍手などすると。
ちょうど店内へ入ろうとしていたお客様が。
びっくりなさっていますけど。
「やあ、以前来てくれた渡さんだね?」
「あ、店長。ご無沙汰しています」
お客様と入れ違いで出て来た店長が。
渡さんへお札を渡しながら言いました。
「実は、料理の腕がいい方を探していてね。君の腕前を見せてもらいたいんだ。少ないけど、これ材料代」
「ええ! なんだかやる気が出たので、すっごいの作ってみせます!」
いやいや。
凄いのを作ったところで。
料理人としてスカウトされたところで。
君は東京の大学へ進むのでしょうに。
とは思いながらも余計なことを言わずに突っ立っていた俺の手を。
渡さんが、むんずと掴みます。
「じゃあ穂咲。秋山借りるわよ?」
「え? なぜ俺が?」
「隼人と二人で荷物持ちするからに決まってるでしょう」
「何をどれだけ買う気!?」
青ざめる俺に、六本木君が言った言葉。
こうなった香澄に何を言っても無駄。
……俺は、その言葉に。
父ちゃんの面影を感じつつ。
諦めの境地というものを改めて感じながら。
炎天下の町へと連れ出されたのでした。
~🌹~🌹~🌹~
「あつい……」
「ああ。駄賃でもねえと割に合わねえぜ」
買ったものは、一人でぶら下げることができる程度の量だったのですが。
とにかく暑かった。
意気込んでキッチンへ向かう渡さんの背中を見つめながら。
入り口の真上に据えられたクーラーの風を浴びていると。
「……そうか。駄賃、あったな」
「なるほど。ありましたね、駄賃」
六本木君が、悪いことを閃いて。
ポケットから、お釣りを取り出したのです。
「……LLサイズのドリンクが、ぴったり買える金額なのです」
「……ダイエットコーラ」
「毎度あり」
俺は、六本木君から釣銭を受け取って、レジへ入れて。
二つのカップを勝手に取りだします。
すると、晴花さんが苦笑いなど浮かべながら。
「LLサイズの半分じゃ、Mサイズなんじゃない?」
「LとLでLLなのですから。半分はLサイズなのです」
屁理屈で誤魔化して。
Lサイズのコーラを二つ持って。
制服を脱ぎながら。
六本木君を伴ってキッチンへ。
ちょっと休憩なのです。
それにしても、晴花さん。
日に日に、元の晴花さんに戻っていきますが。
それでもたまに。
「ああ、幸せ!!! レジって、あたしの天職!」
……こうして、発作が出る所を見ると。
まだまだ完全復帰への道は長そうです。
「すいません。こっちの流しをお借りします」
「いいけど……、それ、できるのかい?」
「はい。散々練習しましたので」
店長と、大人な会話をする渡さん。
その手にする食材も、ちょっぴり大人向け。
お魚をさばいて。
フライにするようなのです。
「しかし、凄いのです。お魚までさばけるなんて」
「そうだな。……おい、香澄! あんま無茶すんなよ?」
「無茶ってなによ! みんなを唸らせてやるんだから!」
闘志を燃やす渡さん。
声のトーンに合わせて。
豪快に魚の頭を落としていますけど。
「ちょっと怖いの」
「まあまあ。……俺、ちょっと休憩しますので。レジに入っていただけますか?」
「はいなの。休んでると良いの」
珍しく、素直な穂咲の背中を見送って。
その辺にあった柿の種の袋を開いて。
六本木君と二人でかじりながら。
コーラで人心地なのです。
「……なんだよ藍川。今日は大人しいじゃねえか」
「こないだ、お二人にご迷惑をかけたからでしょうね」
夜の花火大会。
二人の前で、急に泣き出した穂咲は。
それを謝りたくて。
でも、勉強の邪魔をしたくなくて。
ずっと気に病んでいたのです。
「そんなこと気にしねえでいいのに。ほんと、お前以外には気ぃ使うヤツだ」
「ええ。俺以外には」
「旦那の方は、藍川にこんなに気ぃ使ってるってのにな」
「は? 何のお話です?」
「おいおい。あんな別れ方したまんまじゃ気まずいだろうからって、お前が俺たちを呼んだんだろ?」
うぐ。
六本木君のくせに。
なんて勘のいい。
「香澄も、散々褒めてたぜ? 藍川のためにお前がしてくれたことも。今日、こうして呼んでくれたことも」
「……ちょっと、トイレなのです」
俺はその場にい辛くなって。
手にした柿の種をコーラで流し込んで。
急いで席を立ちました。
……それにしても。
なんで分かりますかね。
二人を呼ぶのに、丁度いいイベントがあったのと。
渡さんもきっと。
穂咲に会いたいと思っていたことでしょうから。
こうして呼んでみたのは間違いないのですが。
さて、困った。
どんな顔して戻りましょう。
あれこれと、上手い手立てを考えていた俺でしたが。
その耳に。
どえらい怒号が届いたのでした。
「ちょっと隼人! なんで柿の種食べちゃったのよ!」
「え? し、知らねえよ!」
「あんたの前に空き袋が転がってるでしょうが!」
「そんなに楽しみにしてたのか? いじきたねえなあ」
「違うわよ! フライに使うつもりで買って来たのに! どうする気よ!」
「お、俺じゃねえ! 道久が食べたんだ! 俺は止めたのに!」
あのやろう!
でも、これはまずい。
六本木君が止めたというウソを非難したとて。
食べちゃったことに変わりはないですし。
それにしても、柿の種。
料理に使うって、一体どうやって?
「秋山! どこ行った!」
うわ! やばい、こっちに来る!
休憩室から外へ逃げることもできますけど。
渡さんの剣幕に当てられて。
体がすくんで動けません!
「いた! ちょっと、なんで食べちゃったのよ!」
「うぐっ! ……そ、それは……」
「それは?」
「そこに、柿の種があったから……」
「ジョージ・マロリーか!」
デコピン一閃。
くそう! どうして俺だけのせいに?
六本木君には、男の友情ってもんが無いのか!?
普通、こういう時には。
友達をかばって、自分が罪をかぶるものだ。
間違いなく、俺ならそうします。
「ああもう、ほんと秋山は!」
「すいません」
「急いで買いに行くから、お釣り渡しなさい!」
「え?」
「……まさか、私が預かったお金をネコババする気じゃないでしょうね!?」
「…………六本木君のポケットにあります」
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