サボテンのせい
~ 七月二十九日(月)
瑞希ちゃんと葉月ちゃん ~
サボテンの花言葉 秘めた熱意
「お、思い出ですか……?」
「そうなのです。葉月ちゃんがお母さんと思い出を作るなら、どんなものが良いと思うか教えて欲しいのです」
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その二台のレジ。
隣に立っているのは、清楚で芯の強いお嬢様。
近所にあるショッピングセンターの集客と。
ネットで話題になった、独特なメニュー。
その相乗効果で、いつも大賑わいとなった当店ではありますが。
このように、レジの列が途絶えることもたまにはありまして。
何となく。
おばさんと穂咲の思い出作りの。
アイデアを聞いてみたのです。
「そうですね……。み、瑞希に聞いてみるのはどうでしょう?」
「え? なになになに? あたしの噂?」
そして客席の清掃から慌てて戻って来た元気な子は。
「いえ、噂話ではなく。瑞希ちゃんがお母さんと思い出を作るなら、どんなものがいいですか?」
「思い出ですか? 料理を作ってあげると、一生覚えててくれますよ!」
元気に教えてくれた瑞希ちゃんでしたが。
途端に苦笑いを浮かべると。
「……そう。一生……」
ぐったりとうな垂れてしまいました。
「どうしました?」
「……あたし、一生言われ続けると思う……」
「そっちの思い出でしたか。でも、これから美味しい料理をたくさん作ってあげればいいのです。ね、葉月ちゃん」
俺は、フォローを求めてお隣りを見たのですが。
葉月ちゃんも、目を逸らしていたのでした。
「まさかこちらにも思い当たるフシが」
「うう……、言わないで下さい」
「思い出したら、泣けてきた……」
なにやら一気にお通夜ムード。
どうしたものか、オロオロとする俺に。
威勢のいい声が届きます。
「おら! 店のリニューアルに向けて、気合い入れねえか!」
「お店をリニューアルするって話、ほんとだったのですね?」
あたぼうよと、江戸っ子口調でにやりと笑うのはカンナさん。
今日も変わらぬ凛々しさで。
俺たちを煽ります。
慌てて仕事を探して、あたふたとする二人をよそに。
俺はのんびりレジ周りを拭き掃除しながら。
カンナさんに訊ねました。
「リニューアルって、お店を大きくするのですか? 店員が足りなくなったりしません?」
「別にでかくするわけじゃねえんだが、確かに足りねえもんがある。……秋山、やらねえ?」
「なにをです?」
「料理人」
ほう。
店長と同じようなポジションですか。
これはお目が高い。
「焦げた目玉焼きしか作れない俺ですが、よろしくお願いいたします」
「最悪だな。……じゃあ、あいつにでも頼んでみるか」
「ただいまなの」
噂をすれば影。
お買い物から戻って来たのは
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、ソンブレロの形に結って。
そこに、黄色い大輪を付けたウチワサボテンを高々と植えているのですが。
もう、呆れて物も言えません。
「穂咲。君、卒業したら、ワンコ・バーガーで料理人やってみる気ある?」
「……ここが、目玉焼き専門店になるなら考えてあげなくもないの」
「ですよね」
あついあついと、メニューで自分を扇ぐ君の夢。
世界一の目玉焼きやさんになることですもんね。
「カンナさん、残念でした」
「まあ、そうだよな。だったら……」
腕組みをするカンナさんが見つめる先には。
あたふたと品出しをする二人の姿。
俺たちの会話が聞こえているはずなのに。
まるで聞こえていないふり。
「……料理人って、モテるよな?」
「はい? 急にどうしました?」
「お前が、女性料理人はどう思うかって聞いてるんだ」
いやいや。
ほんとに突然ですね。
でも、それを女性料理人になろうとしている奴のそばで聞きます?
「くっ……。実に良いと思います」
俺の返事に。
カンナさんニヤリ。
どういう意味かと聞こうとしたところで。
その意味の方が、ドタバタと寄って来たのです。
「あ、あたし! 料理人やる!」
「ず、ずるい……! 私も……」
「なんという悪だくみ。それにしても、二人とも、そんなにモテたいの?」
そんなことしなくても。
十分魅力的だと思うのですが。
二人は、慌てて誤魔化しながらも。
カンナさんへは、真剣にお願いし始めたのです。
「ようし! じゃあ二人とも、テストしてやる! 審査員は……」
「あたしなの」
カンナさんの言葉を遮って。
しゃしゃり出て来たお調子者は。
頭から、ウチワサボテンを二枚もぐと。
「三十分以内に、これで料理を作るの。よーい、どん」
急に試験を開始したものだから。
あっという間に大混乱。
「ちょ……、き、君たち困るよ!」
「うるさい! 店長はちょっと脇によけてて!」
「ち、調理台も使うので、もうちょっとあっちに行っていてください……」
「六本木家のパン焼き担当の腕前、とくと見せちゃうんだから!」
「わ、私は、調理実習で習ったものを……」
やれやれ、とんだことになってしまいました。
「そんなマニアックな食材で三十分って。間に合いそう?」
「マニアいそうだね~♪」
「間に合いそうだね~♪」
「まだやっていたのですか、それ」
彼女たちのブーム。
同音異義語の歌を口ずさみながら。
それでも慌てて料理をするお二人さん。
こちらも。
急に二人が抜けた穴を埋めねばなりません。
レジにテーブル片付けに。
穂咲と一緒に、目の回るような思い。
……それにしても。
実は、秘めた熱意があったのか。
あるいは本当にモテたいだけなのか。
二人とも、こんなことで将来を決めて。
本当に良いのでしょうか?
でも。
普通は、将来の夢なんてこんな感じに決まるもので。
俺が考え過ぎなのかもしれませんが。
「……料理人を目指すのも、面白そうかも」
「道久君が料理人になるなら、あたしは胃腸薬専門店を開くの」
ひどい。
でも、それはもうかりそうですね。
「俺、あの二人よりはましだと思うのですけど」
「それは有り得ないの」
「そうでしょうか?」
だって、先ほどから。
キッチンから悲鳴しか聞こえてこないのですけど。
気になって、覗き込んでみたら。
中から、瑞希ちゃんが飛び出してきました。
「できた! センパイ、食べてみてください!」
「…………うわあ」
パン焼き担当って言っていたようですけど。
どうやら、パンしか焼けないのですね?
「よく入ったね、トースターに」
「四回に分けて焼いたんですけど、真ん中が生かも!」
「……焼いただけ?」
「バターは塗りました!」
いや、これ。
所々に焦げてるの。
棘?
「ちょくで焼いたの?」
「ちょくで持てるわけないじゃないですか! トングで持ちましたよ!」
目が点。
ちょっと、審査委員長。
これはダメだよね?
「……あれ? いない?」
「ああ。バカ穂咲なら、サボテン料理を食べる時には必須だからって言って、マラカス取りに帰ったぞ?」
逃げやがった!
でも、きっと試練はこれだけじゃない。
悪夢を想像していた俺の前に。
お椀によそわれた。
混沌が姿を現しました。
「こ、これは何かな葉月ちゃん」
「豚汁です……。ど、どうぞ審査してください」
豚汁。
なるほど、これが豚汁ですか。
サボテンを豚汁の具にするのならば。
分からなくはないのですけど。
「…………汁。みど~り」
「は、はい。ミキサーにかけたサボテンで、具材を煮込んでみました」
「……皮ごと?」
「はい。……だめでしたか?」
そうでした。
完璧超人、葉月ちゃん。
料理に関しても。
超人なのでした。
無論。
ダメな方の意味で。
俺は、まだましと思えるパンもどきを瑞希ちゃんに返して。
ニコニコと不安を半々に浮かべた表情の。
葉月ちゃんの器を手に取ります。
「おい、秋山。そっちからいく気か?」
「せめてどちらかは、こっちの方がましと言ってあげたいので」
震える手で箸を取り。
葉月ちゃんが持つ器から。
具材を一つ摘まみ上げます。
……でも。
「緑の汁から、またみど~り」
なぜ豚汁からニラ?
具のチョイスまでおかしい。
さすがに葉月ちゃんをにらみつけて。
そのままの姿勢で立ち尽くす俺に。
追いうちのように。
いつもの歌が届きました。
「ニラ見つけた~♪」
「にらみつけた~♪」
なるほど。
良く分かりました。
たしかに料理は。
一生忘れられない思い出になります。
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