第4話会わない理由

どうしてだろうか。

なぜなのか。

考えがぐるぐると頭のなかを駆け巡るが、答えは何一つでない。


あの男はだれだ。


なぜ、あんなに嬉しそうな顔をしているのか。

あのような笑顔は自分には、ついぞみることはなかった。


「ここに入ろう。ここで彼はまっているはずだ」

エルザはそう言い、考えごとに没頭している敏夫の手をひき、ふるびた喫茶店に入った。店内の佇まいはカフェというよりは喫茶店とよぶにふさわしい、どこか懐かしいデザインであった。

店内に入るときにチリンチリンと鈴の金属音が空間に響いた。


その男は窓際の四人席に一人で座っていた。

黒いハンチングを癖の強い髪の上に浅めにかぶり、これまた黒い背広を着ていた。細い目が特徴的で、なかなかに端整な顔立ちをしている。肌の色は病的に白い。

彼も恐らく死神なのだろう。どこか人間離れした空気感に敏夫はそう思った。

生命力に溢れている感のあるエルザよりはかなり死神のイメージに近い。

「やあ、バクさん。お待たせ」

そうエルザは彼の名前を言い、向かいに腰かけた。その隣に敏夫も座る。

「こんにちは、エルザ」

にやりとどこか下卑た笑みを浮かべ、胸ポケットからタバコの箱を取り出した。そこから一本とりだし、口にくわえる。

不思議なことに勝手に火がつき、紫煙か漂う。

白い顔の男はうまそうにタバコを吸う。どういった銘柄かわからないが、奇妙なことにその煙はハートのような形になって漂い、匂いというものはまったくなかった。

「バクさんはあなたの奥さんの貴子さんを担当した死神だよ」

快活にして明瞭な声でエルザは向かいに座る男を紹介した。

「本業はちがうけどね、たまに非正規で死神の仕事をすることもあるんだよ」

バクは言った。

「それで、エルザ。赤い死神……君たちは教えて欲しいのだろう。なぜ、彼女が夫である君に会いたがらないのか。会わせないってのは契約したけど、その理由を話してはいけないとは約束してないからね。いいよ、話してもね」

ゆっくりと煙を吐き出し、灰皿にタバコを押しつけ、火をけした。二本目をとりだし、口にくわえる。またもや火は勝手につき、煙が彼と彼女らの間に漂う。

ウエイトレスが目の前にたったので、バクと敏夫はアイスコーヒーをエルザはレモンスカッシュを注文した。

ほどなくして注文した品が彼らの前に置かれる。

それを待っていたかのようにバクは口を開いた。

「それはね。山柿敏夫さん、あなたは捨てたからさ……彼女が何よりも大切にしていたものをね。しかもあんたはそれを彼女がもっとも大切にしている宝物だということを認識すらできなかった。まあ、これも価値観の相違というやつさ」

煙とともにバクは言葉をはいた。

それはまったくもって敏夫には記憶になく、理解することができない答えだった。

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