第2話死神

意識を取り戻し、男はエルザと名乗る派手な女に視線を送った。

彼女の甲高い声を聞いた直後、不思議なことに体の調子がよくなるのを感じた。

ゆっくりと上半身を起こし、自らの両手を見る。

病気のため痩せこけていたが、自由に動かすことができた。

「き、君は……」

ゆっくりと息をはき、敏夫はきいた。

息苦しいので、呼吸器を乱暴に取り外した。

呼吸器なしで息をするのは久方ぶりだ。

「言ったろう、死神のエルザさ。まあ、いわゆるお迎えってやつだよ」

死神を自称する豊満な女の言葉を何故だが、理解することができた。

妙なことだか胸にすとんと落ちる気がした。

「そうかい、遂にその時がきたのか」

ため息まじりに敏夫はいう。

心残りがないといえば嘘になるが、まあ、仕方がないかという気持ちもあった。

「私は死ぬのか……」

誰にいうとはなく、敏夫は言った。

「そうだよ、あたしが来て、見えたのだから、まあ、そういうことだよ」

花瓶の横に置かれたかごに乗せられたリンゴを無造作にとると、エルザは赤い口にそれをつけ、むしゃむしゃとかじりだした。

「人間のつくる果物はうまいな」

ぐしゃぐしゃと咀嚼音をたてながら、エルザは言った。

「山柿敏夫、まあ、あんたはそれなりに善良な人生を送ってきた。そのご褒美というか退職金がわりというかそんな感じで、あたしら死神は死に行く者に対して一つ願いを叶えることができるんだよ。あっ、でも気をつけなよ。なんでも願いを叶えてやろうってのが来たらそいつは悪魔だからね。魂をもっていかれるからな」

リンゴを食べ終わり、またチュッパチャップスを口にいれ、レロレロとなめる死神の姿を漠然と敏夫を見た。


腕を組み、考える。


最後にうまい物を食べたい。とびっきりのご馳走を食べるのはどうだろうか。

娘とどこかにでかけたい。そう、彼女の好きな遊園地に行くのもいい。

和歌山の白浜まで釣りに出かけるのもいいだろう。のんびりと釣りをして過ごすのもそれはそれでいいのかもしれない。


人生最後になにをするか。

かなり難しい問題だ。


不思議と死にたいする恐怖はなかった。

正直これで楽になれるという感覚のほうが強かった。

闘病生活は辛く、耐え難いものであった。

それから解放されるのだ。

彼は安堵すらしていた。

「そうだ、貴子に……貴子に会わせてくれないか」

科学者がなにかを発見したような死ぬ間際の人間とは思えないほど明るい声で言った。

貴子とは娘の明美がまだ幼い時になくなった妻の名前である。

現在の明美と同じぐらいの年齢でこの世を去ってしまった妻。

若くしてこの世から「さよなら」してしまった貴子にもう一度会ってみたい。


手の中のスマホをいじりながら、

「いいよ、ちょっと条件つきだけどできるよ」

飲食店の料理人がメニューにないものを注文されたときのような口調でエルザは答えた。


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