少年と妹①
お兄ちゃん、知ってる?人は死ぬとお花になるんだって。
何それ。また絵本の受け売り?
ちがうよ。これ。今日は学者さんの本。たまに真面目な読み物を開きたくなるのよね。たまにね。
はいはい。でも、人が死ぬと花になるなんて、突飛なことを書く学者さんもいるんだね。それって本当に真面目な読み物なのかな……?
学者さんが書いた本は、真面目な本だよ?お兄ちゃんもあとで読んでみてよ。読めばわかるよ。
うんうん。わかったよ。
お兄ちゃん、信じてないでしょ。わたしは素敵な話だと思うんだー、お花になれるって。……ねえ聞いてる?
聞いてるよ。掃除はあとにした方がいい?
うん。わたしの話はいつでも何よりも大事だよ。
わかったわかった。続けていいよ
わたし、生まれ変わったら人にはなりたくない。シカやヘビにもなりたくないし、お魚にもなりたくないな。鳥さんも嫌だ。虫やミミズを口に入れるくらいなら、ずうっと閻魔さまに叱られながら正座し続ける方がよっぽどいいと思うの。
うん
でもお花は違うよ。わたしたちみたいに生きているけど、わたしたちのように無駄なことは考えないし、無駄なものは何も持ってない。わたし羨ましいな!人間は楽しいけれど、人間だからこそ、煩わしいもの。お花は枯れるまでずーっと白だけど、人間は白から生まれてもみんな灰色に還る。
なんだそれ。それも読み物の受け売り?
違うよ!これはわたしが考えた。
つまり、どういうことが言いたいの?
あ、死ぬことを綺麗なことだって思ってるわけじゃないよ?でもこの本の学者さんの言うことがほんとであればいいなって思うんだ。それだけ!
けど、死ぬなんてだいぶ先の話だよ。今取り立てて考えるようなことでもないんだ。その話は素敵だったけど、何となく生きることに対する諦めを感じて、俺は不安だよ
しょうがないでしょ、現にわたし、病気なんだから。覚悟決めてなきゃ、いざ死ぬぞ!って時にわんわん咽び泣いちゃうかも。それはちょっと嫌かなあ。
だから今のうちにここを出てさ、病院を探しに行こう?何度も言ってるだろ、貯蔵庫のワクチンだけじゃ限界があるって
お兄ちゃんは現実的じゃない!うちのてっぺんから見回してもぜ〜〜んぶ地平線なんだよ?地図もないのに、その向こうにある病院をピンポイントで見つけ出すなんてそれこそ無理があるよ。そもそもあるかもわからないし。
行ってみないとわからないよ
そうだけど。無理して歩き続けて、知らない砂原の真ん中でぽっくり死んじゃうよりは、お兄ちゃんに看取られながら、このベッドでいつも眠るみたいに居なくなりたいな。
そう……。ならその日がなるべく来ないように、美味しいご飯作って、色んな本を読ませてあげるのが俺の役目だよ。もうお昼だし、ご飯作ってくる
ふふ、ありがとう。
あ、そうだ。わたしがお花になったら、瓶に挿してそこの窓際に飾ってね。枯れちゃったら次はドライフラワーかな。そしてついに形が無くなったら、その粉を外の畑の肥料に使って、育ったお野菜をお兄ちゃんがお腹いっぱい食べる。完璧。
わかったよ。でも今は自分がご飯を腹一杯食べることだけ考えてほしいよ。いくらその野菜が美味しくたって、二人で食べるご飯に勝る美味しさはきっとないからね
あはは、そうだね。今日も美味しいお料理、期待してるよ!
はいはい任せて。それじゃ、ちょっと待っててね
はーい!
地平線 八花寧純 @Bami
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