地平線

八花寧純

少年と商人①






おーい、そこに座ってる君!





聞こえてるかい!ちょっと僕の話を聞いてくれないか!





君だよ君!僕の言葉、わかる?



 わかるよ



少し話がしたいんだ。ここまで降りてきてもらえるかな?それとも僕が登って行けばいいかい。



 東側にハシゴがあるよ



わかった。ありがとう。





それにしても、凄いねこの……なんだ。塔、いや、やぐら?



 塔でいいよ



わかった。自己紹介が遅れたね。僕はここから遥か南の方で商店を営んでいた者だよ。



 そう



君はこんな荒野のど真ん中で暮らしているのかい?



 うん



……君、幾つ?



 十四



家族は?



 妹が居た。もう居ない



妹だけ?ご両親は


 話、聞かなくていいならもう降りて



そうだった!悪い悪い。



……さっき「商店を営んでいた」と言ったね。僕はある日、が嫌になって店を畳んだんだ。今は食糧と、いざという時に金に換えられそうな織り物や布生地だけを持ち歩いて旅をしている。世界を、宛てもなく一直線に歩き続ける旅さ。



 なんのために?



それが僕にもよく分からない。道中でコンパスが狂ったこともあって、僕の生家がある街からここまで、一直線で歩けているかどうかも、今となっては定かじゃないんだ。



 でも旅はやめないんだ



そうさ。つまり僕が歩き続ける所以は、一直線に世界を縦断したい好奇心とは別モノなんだ。



 そう



……僕が店を畳む原因になった、訊かないの?



 ぼかすということは、訊かないで欲しいということだ



ウウン。それもあるけど、話し相手に好奇心を抱かせて、わざと訊いてもらうように差し向ける場合もあるじゃないか。



 好奇心は、興味が無いと湧かないよ



ハハハ、その通りだね。わかった、観念して話すよ。



僕はね、生きているのが嫌になったんだ。ああいや、生きている意味がわからなくなったと言った方が正確かな。



 意味



そう。3ヶ月前くらいかな。肌寒くて、客足も少ない曇天の日だった。僕は店先の籐椅子に腰掛けて、たばこをふかしていたんだ。ふと将来のことを考えた。僕は見ての通り、お世辞にも若いとは言えないし、幾許かの白髪さえ生え始めてる。これといって何を考えるでもなく、食いっぱぐれることだけは無いように、家計と相談しながら毎日生きるだけ。なら僕はこの先、何の為に生きていくのだろうってね。久方振りに頭を使ったかと思えばこれさ。



 それで?



気づけば僕は身支度を済ませて、旅に出ていたんだ。悲しいことに、養ってくれる家族も養う家族も居ない天涯孤独の身でね。僕一人があの街から消えたところで困る人間なんていやしないだろうから、未知の世界に羽を伸ばしてやろう、とすんなり決断できたよ。皮肉なことだけど。




 どうして死ななかったの?





え?



 生きてる意味がないと思うなら、死ぬのが一番だ。でも旅に出ることは生き続けることだ。矛盾してる



アハハハ、凄いこと言うね。でもそこが肯綮だよ。「わからない」んだ。生きるのを嫌になって、遥々こんなところまでやって来てしまったが、その真髄に宿る僕のを、僕自身が理解できていない。言い訳に聞こえるかもしれないけど、死が怖いわけじゃないんだ。ただただ、命を終わらせるという選択をしなかった。わけはわからない。



 意思、見つかるといいね



ありがとう。ここに至るまでずっとひと気のない荒野を歩いていたから、どこかで野垂れ死ぬ前に、生きてる誰かに僕の境遇を知っておいて欲しくなったのかもしれないな。



 そう。久しぶりに人と話したよ



……君は、どうしてこんな砂っ原のど真ん中に住んでいるんだい?僕の話をするために塔へ上がったつもりだけど、正直君について訊きたいことでいっぱいだよ。



 俺の話?



そうだ。僕は君に興味が湧いてるよ。



 そう



 俺は、生きていたいから、ここを出られないんだ




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る