3-7 悪魔との戦い
「シルバーデビル?」
「暗い森に生息する生物だ。単体でも小さなリザードマンほどの強さを誇るが、群れるのが最大の特徴だ!」
「足を止めるな! 正面から迎え撃つぞ!」
エンリが声を張る。全員が武器を構えて突撃した。
リシイが矢を放つ。空気を鋭く切った矢がシルバーデビルの一匹の腕へ突き刺さる。獣が野太い叫びをあげて森の空気を震わせる。
隣にいたガモウが地面を蹴る。斧を振り上げて飛び掛かり、防ごうとしたシルバーデビルを腕ごと真っ二つに切り裂いた。
シエが僕を追い抜かす。彼女は左腕で棍棒握り、引き抜き様に一匹の頭を打ち抜く。
エンリが腕を振る。彼の手元に炎でできた剣が現れた。腕を矢で貫かれた獣へ駆けつけ、とどめを刺す。
「よし、いいぞ」
「油断するな!」
リシイへクワイが叫ぶ。クワイは腰から短いナイフを二本引き抜くと、残っていたシルバーデビルへ飛び掛かって喉笛を切り裂いた。黒い血が噴き出して腐ったヘドロのようなにおいを放つ。
「全員やったか?」
「一応な。だがこの騒ぎですぐに次が来るぞ。急げ!」
シエはそう言って、ナイフをシルバーデビルの死体へ突き刺した。内臓を乱暴に抉り出し、死体の首へロープをくくっていく。
「何をしている?」
「知性があって群れる生物なら、仲間の死体を弄ぶと挑発できる。これで注意をこちらへ引けるぞ。セージ!」
シエがロープを僕へ投げてよこす。囮が引っ張れということだろう。僕は肩でロープを背負うようにして走った。シルバーデビルの死体はずっしりと重く、タイヤを引いて走る訓練でもしているかのような気分になる。
左から低い唸り声が響く。右後ろからもだ。もう次が来ている。囲まれそうだ。
「セージ、そのまま走れ!」
エンリが僕の背中を押す。
「両側から挟まれるとまずい! 突っ走って包囲を抜けるぞ!」
「あぁっ!」
僕はロープを全力で引っ張って走る。地面に真っ黒な筋が引かれていく。
左の木の上からシルバーデビルが飛び掛かってきた。一瞬足が止まる。鋭い爪が振り下ろされるかと思ったが、その前にガモウが斧で弾き飛ばす。
「いけいけ!」
彼の太い声に押されて、僕は一心不乱に走った。周りを見ている余裕はない。シエの怒号が飛び、シルバーデビルの悲鳴が響く。
「くそっ、進行が遅れてる! このままだと後続が追い付いちまうぞ!」
「わかってる! セージは構わずいけ! 出てきた奴は俺たちが残らず殺す!」
「こっちだ、早く!」
リシイが駆け寄って、僕のロープをとった。二人で死体を引きながら駆けていく。第二派を片付けたシエやエンリたちも後ろから続いた。
ほんのわずかな静寂。
「シルバーデビルはどれくらい生息してるんだ?」
シエが走りながら尋ねた。激しい動きの直後なのに息ひとつ上がっていない。
「昨晩の襲撃では三十はいただろう。そのとき殺した分とさっきのを差し引いてもまだに十匹近くいると思ったほうがいい」
「ゴブリン並みだな、群れの数は……大丈夫か?」
シエがエンリを支える。エンリは浅く荒い息を吐いていて、足元がふらついていた。
ガモウが声を張る。
「踏ん張れエンリ! もう半分以上来た! 俺たちが先行したおかげで後ろは楽に進んでるはずだ!」
「そうそう。森から出ちゃえばあと何匹残ってようが関係なっ」
エンリのほうを見ながら走っていたリシイの声が突然途切れた。ごんっ、と鈍い音がして、彼の後頭部から鮮血が迸る。
リシイは目を見開いて倒れ、そのまま動かなくなった。彼の頭のそばに、血液と頭皮がこびりついた石が転がる。
「リシイ!」
「投石だ!」
クワイが叫んだ。彼の頭のすぐそばを二つ目の投石が横切り、そのまま僕の胸へ直撃した。
肺から空気が飛び出す。呼吸ができない。あまりの衝撃に脈が乱れ、体がバラバラになるような感覚を覚えた。体が宙へ浮かんで、数秒後に地面へ叩きつけられる。
「セージ!」
シエの声が遠くに聞こえる。視界がぐるぐると大回転していた。幸い、引きずってきた死体の作る血痕のおかげで前後は見失わずに済んでいるが、立つことができない。
投石の飛んできた方向から、猿の叫びがあがる。第三派がやってきた。
「セージ! 生きてるか!」
「あぁ……し、死んではいない、まだ、た、立てる……」
声がうまく出なかった。しわがれたようなかすれ声を絞り出すのが精一杯だった。シエはそれだけ聞くと、シルバーデビルから僕の庇うように立ちはだかる。
「ちょっと休んでろ! どうせこいつらを片付けなきゃ先へは行けない」
「あぁ……」
戦いがすぐに始まる。今度の猿はさっきよりも数が多い。この森に住むシルバーデビルが全員集まっているのかもしれない。シエが棍棒を振るって二体同時に叩き殺した。エンリが火球を放って一体を黒焦げにする。
僕は地面に倒れたところから起き上がろうと躍起になった。だけど、地面が揺れたように視界がぐらぐらしてうまくいかない。おまけに、本当に振動が起こっているかのように地面についた手足が痺れ始めていた。回復どころから悪化している。
「……おい、なんだこの振動は」
クワイが言った。
「しん……どう? これは僕の気のせいじゃ……」
「気のせいじゃない! 本当に揺れてるぞ!」
エンリが叫ぶ。びりびりと細かい間隔だった振動が次第に大きくなり、地面を縦に激しく揺らし始めた。地に伏した体が一瞬だけ宙へ浮く。
枝が折れる乾いた音が響く。シエが前を向いて、呆然と棍棒を降ろした。
「嘘だろ……なんだこの大きさは」
僕は頭を上げて前を見る。
目の前に、銀色の塊があった。シルバーデビル。ただし、その大きさはほかの個体の三倍はあった。そいつが山のように立ちはだかっている。
「おい見ろ! 後続が追い付いてきた!」
エンリが後ろを指さす。その先には、一塊になって蠢く人たちの集団がいた。緩慢ながら走ってこちらへ向かってくる。彼らの後ろからはシルバーデビルの群れが追う。
集団のしんがりに、二人の若いエルフが戦っていた。だが後ろへ下がりながら、庇いながらの戦いでは分が悪すぎる。数もシルバーデビルのほうが多い。しんがりの一人が遅れている女性に気を取られる。その隙に、悪魔の爪が彼の体を切り裂いた。彼の体は三つに分かれて飛び散る。
「まずい……ここでかち合ったら挟まれて全滅だ」
「ここは押し通るしかないだろ! うおぁあっ!」
ガモウが斧を振り上げ、巨大なシルバーデビルに突撃する。刃が振り下ろされた。猿の胴体がまともに受けるが、斬撃は皮をわずかに切っただけだった。
「なにっ……」
シルバーデビルの腕が振るわれる。ガモウの体が真横へ吹き飛ばされた。木へぶつかって腰を中心にあり得ない方向へ曲がる。ガモウは地面へ落下した。そのままピクリとも動かない。
「くそっ……こんなのいたのか? 聞いてないぞ!」
「俺たちも初めて見る……こんな異常個体が……」
シルバーデビルが僕らへにじり寄る。シエもエンリも後ずさりした。
「何か方法はないのか! このままだと!」
「ないこともない。だが隙が大きすぎる……」
クワイの叫びに、エンリが苦しそうに答えた。クワイはそれだけ聞くと、黙って二人の前へ出る。
「やれ、エンリ。時間は俺が稼ぐ」
「だが……」
「急げ!」
クワイがナイフを構えて敵へ向かう。彼は細かいステップでシルバーデビルの腕をかわしながら、体へ切り傷を作っていった。攻撃は通っていないが、注意は引けている。
「くっ……シエ! ナイフを出せ!」
「どうする気だ?」
「エンチャントして威力を上げる。時間がかかるから早くしろ!」
シエが腰からナイフを抜いた。エンリは刀身へ手を這わせる。聞き取れないほど小さな声で何かを呟き始めた。
草木が騒めく。彼の力が赤く漂い、シエのナイフへ染み込んでいった。
ナイフが赤く、熱くなっていく。じっくりと、ゆっくりと魔力が込められているようだった。
「ぐぎゃぁっ!」
シルバーデビルが叫んだ。クワイが右腕にストレートを喰らう。彼の体はきりもみ回転して宙を舞う。地面へ叩きつけられた。右腕が力なく垂れ下がる。
「早くしろ……」
シエがクワイを一瞥して、焦ったように呟く。後ろからはエルフたちが迫っている。時間がない。
視界がようやく落ち着いてきた。僕は地面を這ってシルバーデビルの死体へ近づいた。
「ぐっ!」
詰まったような声。クワイが敵に右腕を捕まえられていた。シルバーデビルはクワイを持ち上げた。そのまま全力で地面へ叩きつける。鞭のような音がした。クワイの体から力が抜ける。もう一度持ち上げられた彼の体は、あらゆる関節が出鱈目な方向へ曲がっていた。
「クワイさんっ……」
「まだか!」
シエが吼える。ナイフは真っ赤に染まっていたが、まだエンチャントは終わらないらしい。呪文を呟くエンリへ、シルバーデビルが近づく。
僕は倒れたまま、シルバーデビルへ向かって腕を振るった。手の中のものを投げつける。放たれた物体は情けない放物線を描きながら、猿の膝へべちゃりと着地した。
シルバーデビルが膝についたものを手で拭った。大きな眼で凝視して、理解した瞬間に天まで轟くような絶叫を放った。
彼の膝に張りついていたのは、仲間の内臓だ。
怒り狂った猿の敵意が僕へ向いた。大きく足を踏み鳴らして近づいてくる。
これでいい。
大丈夫。ぺしゃんこになっても死にはしないだろう。ものすごく痛いだけだ。
「待てよ猿野郎」
攻撃を覚悟して目を閉じようとした僕の前に、シエが飛び出した。同時に、分厚い壁のように凄まじい熱が顔を襲う。
シエの握るナイフは、赤を通り越して真っ白に発光していた。刃が動くたびに空気を焼くような短い音が響く。
熱波を感じたのだろう。シルバーデビルが一瞬だけ、腕を上げて顔を覆うような仕草をした。それを見逃すシエではなかった。腕を横へ振るい、大きく踏み込んで敵へ一撃を喰らわせる。
「くたばれぇぇぇっ!」
白い刀身が猿にぶつかった瞬間、爆発が起きた。閃光が走り、視界が遮られる。
目が回復したときには、シルバーデビルの胴体は二つに切断されていた。切り口は焼け、バーベキューのようにじゅうじゅうと音を立てていた。
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