3-5 勇者と三人の少女
「……どういうことだ?」
シエが祭壇へもたれながら首を傾げた。レンも小首を傾げ、不思議そうにエンリを見つめた。
「……妹のカナタは儀式を取り仕切る巫女の役を任されていた。俺の家は代々魔術的なことを扱う仕事をしていたからな」
「なるほど。炎を出す魔術もそれでか」
シエの合いの手に、エンリは僅かにうなずく。
「儀式の日、カナタは手筈通り祭壇に現れた竜へ捧げものを渡そうとしていた。だがそこへリョーイチローが乱入したんだ。俺は奴を止めようとしたが間に合わなかった。竜は奴に切り殺され、カナタは攫われた」
「さ、攫われた?」
「いったいなぜ……」
唐突な展開に、僕とレンは絶句した。竜を殺すところまでは、まだわからなくもない。だがなぜそれが人攫いに繋がるのだ。
それじゃあまるで、自分が否定した奴隷商の振る舞いではないか。
エンリは僕らの言葉に肩をすくめた。
「さあな。そういう趣味なのかもしれん。俺の妹は彼女の妹よりも少し年上という程度の子供だ。街には同じ趣味の金持ちがわんさかいると聞いたが」
「……どういう趣味ですか?」
「えっと……」
レンの無邪気な視線にひるむ。どうだったかな……兄貴にロリコンの気があったとは思えないが、しかし兄は典型的なオタクである。あわよくば……くらいには考えていたかもしれないというところまでは否定できない。
異世界転生に限らず、ラノベというのは大抵の場合主人公が美少女に囲まれて過ごすものだというのは、僕も実際に何冊か読んで知っている。兄貴が異世界転生ものの代表的なパターンをここで再現しようとしているとしたら……。
思考が犯罪者のプロファイリングめいてきてしまう。そこへエンリの声が割り込んだ。
「彼女の妹以外にも、もう一人連れていたぞ。白い髪で角のある少女だ」
「つ、角?」
思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。シエとレンも「角が?」と口々に言う。
「あぁ、角だ。あれは間違いなく竜人だろう。……本来、この森に人間を入れるのはご法度なのだが、子供が二人いて一方が竜人だ。放ってはおけなかった。いま思えば誤った判断だったが……」
「いや、待て待て」
シエがエンリの独白を制する。
「いま竜人って言ったか? あれは伝説上の存在じゃないのか?」
「いや、ごく稀だが存在はしているようだ。記録もある。現にリョーイチローは竜人の少女としか思えない者を連れていた」
「ちょっといいか二人とも……竜人ってなんだ?」
僕が尋ねると、シエが空を仰ぎ見て言った。
「ざっくり言うと、竜と人間の合いの子だ」
「本当にざっくりしてるな……」
「竜と人の間に子供が生まれるんですか?」
「あぁ。我々の伝承ではそう言われている。リョーイチローがどこであの子を拾ったかはわからないが……おそらく元奴隷だろう。足に鎖を巻いていた傷跡があった。人間の忌まわしい慣習だな」
「待て、奴隷?」
僕は頭を回転させて考える。兄貴がガライの街へ火をつけたのは奴隷を解放するためだった。じゃあ一緒に連れていた竜人の少女はそのときに?
「くそっ」
シエが吐き捨てるように言った。
「あの奴隷商。竜人の奴隷がいたなんて一言も言ってなかったぞ。それがリョーイチローに連れ去られたってこともな」
「マーサさんはその奴隷が焼け死んだか、ほかの奴隷商に連れ去られたと思っていたんでしょうか」
「あるいは、気まずくて言わなかったかだな」
「珍しい奴隷はそれだけで価値が跳ね上がると聞く。おそらく、その手の奴隷は密かに扱うのが習い性になっていたんだろう。だから奴隷商もお前たちに言わなかった」
レンが複雑そうな顔をして、手を強く握った。彼女の姿を見て、エンリが「ともかく」と口を開く。
「奴はこの子の妹、俺の妹、そして元奴隷の竜人の三人の少女を連れて森を発った。昨日のことだ。子供を三人も連れていてはそう早くは進めまい。追いつくなら好機だぞ」
「どこ行ったのかわかるのか?」
シエの言葉にエンリが頷いた。
「奴らは『根源の竜』を倒すと言っていたな。なら向かう場所はひとつしかない」
「まさか、『根源の竜』の居場所がわかるのか?」
「いや」
エンリはうんざりしたように首を振る。
「リョーイチローたちはここに数日の間滞在した。その間に、村はずれに住む老人と会っていたようだ」
「村はずれに住む老人?」
「あぁ。その老人は偏屈な変わり者でな。自分が『根源の竜』の居場所を解き明かしたと言ってきかん。俺に言わせれば古文書の曲解と誤解に基づく素人のでたらめだが……そのでたらめにリョーイチローが食いついた」
異世界にも、引退後に「歴史の真実を発見したぞ!」って豪語してしまうタイプの老人がいるらしい。徳川埋蔵金とか、東京裁判の真相みたいなあれなんだろう。知りたくない事実だった。
「その、ご老人の言う場所とはどこなのでしょうか?」
「海に浮かぶ名の無い小島らしい。その島へ行くには、この森を北に真っすぐ抜けた先にあるレクシスの港町で船を手に入れるのが一番だ」
「そうか、じゃあ兄貴もそこに」
「妹もそこにいますね!」
「だが問題がある」
喜ぶ僕とレンへ水を差すように、エンリが口を挟んだ。シエが胡散臭そうな顔でエンリを睨む。
「問題?」
「あぁ……こっちへ来い」
エンリは祭壇を横切って森を西へ進む。途中、まだらに死んだ森をもうひとつ通り過ぎて、僕らは小さな集落へたどり着いた。
集落といっても、シエが暮らしていたような小屋がいくつか雑多に並ぶだけの空間だった。小屋の大半は屋根が落ち、壁が破れ、原形をとどめていないものもあった。
「あれ……酷いですね」
「なんなんだ、これは……」
レンが指さした小屋は、壁に三本の長く深い亀裂が走っていた。まるで、鋭い爪をもつ獣が腕を振るったかのようだ。
小屋の中にはひときわ大きく、かろうじて崩壊を免れたものがあった。その前にエンリと同じようなローブをまとった人たちが集まって座り込んでいる。
白い縁取り化粧、尖った耳。ここはエルフの集落なのだろう。ただ、人数は多く見積もっても四十人ほどしかおらず、若い男たちの大半はぼろ布を包帯のように体へ巻き付けている。みんな表情が暗く、意気消沈としていた。
僕らの姿を認めて、座っていた男たちが立ち上がる。みんなの視線が一斉に僕とレンへ注がれた。不安そうなざわめきが広がる。
「エンリ、そいつらは……」
「大丈夫だクワイ、彼はリョーイチローとスイじゃない。奴らの弟と姉で、奴らを止めようとしている」
クワイと呼ばれた若い男のエルフは、疑い深い目つきで僕を睨みつけた。
「いまは一人でも手が欲しいだろう。彼らはともかく、もう一人の女は手練れだ。役に立つ」
「本当に信用していいのか?」
「大丈夫だ」
二人の剣呑なやり取りは、つんざくような泣き声に遮られた。集まっていたエルフの中に赤ん坊をおぶった女性がいた。周りの注意が咎めるようにその女性と赤ん坊へ向く。
「それを早く黙らせろ! 悪魔を呼び寄せてもいいのか!」
クワイが怒鳴った。女性は赤ちゃんを抱いて揺するが、なかなか泣き止まない。苛立ったクワイが女性へ近づこうとするのを、僕は間に割って入って止める。
「まぁまぁ。子供を泣き止ませるのは難しいから……」
そうこうしているうちに、別の泣き声もあがった。今度は五歳くらいの子供だ。不安と緊張が伝染したのだろう。クワイが苛々と頭を掻きむしる。
「くそっ! だから子供はさっさと片付けろと言ったんだ! 足手まといにしかならん!」
「そういうわけにもいかんだろう! 生き残った者は誰であれ見捨てられん」
「おい、こいつとっちめていいか? 子供を何だと思ってやがる」
「シエさんも落ち着いて。話が余計ややこしくなるから」
「余所者が口を挟……」
激高したクワイの言葉が、突然止まる。彼の目の前を、ふわふわとシャボン玉が浮かんでいた。
僕は何もしていない。レンを見ると、彼女は瓶に入ったシャボン液を藁でできたストローにつけて吹き出していた。彼女が息を吐くと、小さなシャボン玉が次々に作られて空へ飛んでいく。
「……なんだこれは」
「妖術か!?」
「ま、魔法? レン魔法使えたのか?」
シエたちが後ずさりして、シャボン玉から離れて叫ぶ。どうやらゴブリンに限らず、ドラゴランドの人たちはシャボン玉を知らないらしい。まるで奇怪な呪いが飛び散っているかのように、みんな体を引いてシャボン玉から逃れようとする。
僕は目の前に来たシャボン玉を指で突いて壊した。みんなが声を揃えて驚く。
笑い声があがった。さっきまで泣いていた子供たちの笑い声だ。大の大人が大袈裟に右往左往していたのが面白かったのだろう。
「レンさん。そのシャボン液、どうして?」
「セージローさんがゴブリンへ作っていたものを、少し瓶に入れて持ってたんです。ストローで吹くのは、地球の様子を観察していたときに見たのを思い出しました」
「セージ、お前、こんなんでゴブリンに勝とうとしてたのか……?」
シエが呆れた声で、シャボン玉をつつく。自分がさっきまで、正体不明の球体に魔法だなんだとビビっていたのを棚に上げている。
「ゴブリンには勝てなかったけど、でも結果的に役に立っただろ? 子供は泣き止んだ」
「言っただろクワイ。彼らは信用できる。リョーイチローとは違う」
クワイは軽く舌打ちをした。
「そのようだな……手を借りるくらいはいいだろう」
「さっきから言ってる、手を借りる借りないっていったい何のことだ?」
シエが尋ねると、クワイが彼女を軽く睨むようにして言った。
「……俺たちはこの森を捨てる。悪魔から逃れてな。その逃亡のために人手が必要なんだよ」
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