2-2 現代はすごいぞ大きいぞ

 僕は「ちょっと待ってて」とゴブリンたちに言って、一旦下がった。レンが隠れている木陰に戻ると、彼女が「どうでした?」と尋ねてくる。

 僕は一言だけ「玩具を作る」と言ってしゃがみこみ、ポケットから小刀を引っ張り出す。


「お、玩具ですか……? どうして」

「さっきゴブリンに話を聞いたんだよ。アメリーさんを攫ったのは彼女で遊ぶためらしい。だから、別の玩具をくれてやる」

「もしかして、その玩具と引き換えにアメリーさんを引き渡すように言うつもりですか?」


 レンの表情が一気に不安に彩られる。

「まぁ、ダメもとだよ……玩具ごときで交渉がうまくいけば儲けものだ」

「それはそうですが……でも玩具なんて、急に作れるものですか?」


 首を傾げる彼女に、僕は請け合う。

「これが意外と簡単にできるんだよ。まぁ見てて……石鹸持ってる?」

「あ、はいどうぞ」




 十分ほど経って、僕は自作の玩具を手にゴブリンたちの元へ戻った。今回は盛り上げ要員としてレンも一緒だ。彼らの視線は自然と、僕の腕の中にある奇怪な形のアイテムに集まる。ゴブリンたちは警戒したように互いの顔を見合わせ、僕と少し距離をとった。


「さ、さぁ皆さん。いまからこのお兄さんが面白いものを見せてくれますよー」

 教育番組のお姉さんみたいなことを言って、レンがゴブリンたちを呼び寄せようとする。言い方はかなりぎこちなかったが、女性が加わったことで彼らの警戒心が薄れたのか、ゴブリンはちょっとずつ近づいてきてくれた。


「まずは、こいつだな……」

 僕は玩具の山から、紙飛行機を取り出した。レンの持っていた冒険者の手引きから、信頼性の低いゴブリンのページを引きちぎって作った逸品だ。少々形が歪だが、手から放つと低い位置を奇麗に滑空した。ゴブリンたちとレンの視線が一気に集まる。


「紙飛行機……いや、飛行機わからないか。えっと、とにかく、紙で出来た玩具だよ。どうだ、すごいだろう。よかったら折り方を教えてやろう」

「…………」

 しかし、僕へと戻ってきたゴブリンの視線は冷ややかだった。


「……折った紙を投げて何が楽しいんだ?」

「………………」

 僕はレンを見た。彼女は死んだ目で、ゴブリンの言葉へ同意するように小さく頷く。ドラゴランドへ降り立ってからの生き生きとした表情が嘘のように暗い。


「音が出ないと楽しくない! そこの女の骨を折らせろ!」

「ひぃっ」

「ま、まぁ待て。音だな。音が出したいんだな。そういうと思ったぞ……」


 凶暴な視線がレンに向き、彼女が縮こまってしまう。僕は慌てて次のアイテムを取り出した。紙を三角形に折りたたんだものだ。


「紙鉄砲~」

「その謎のイントネーションはなんなんですか?」

「あぁ悪い。ひみ……不思議アイテムを取り出すときについついやりたくなる言い方で」

「また紙か! 面白くない!」


 僕は騒ぎ出すゴブリンを制して、折りたたんだ紙を掲げた。上から下へ勢いよく振り下ろすと、ぱんっと乾いた音が響く。

 ゴブリンたちは最初、驚いて身をすくめたが、すぐに大笑いを始めた。お、これは受けたぞ。


「おい、なんだそれ! 面白いぞ!」

「俺にくれよ。俺に!」

「はいはい、どうぞ」


 僕は紙鉄砲を折りなおしてゴブリンに渡した。受け取った彼は意気揚々と紙鉄砲を振り下ろす。

 しかし勢いが強すぎた。紙鉄砲は空気抵抗に負けてはじけ飛び、跡形もなく消し去る。


「…………」

「…………」

「…………つまらん」


 ゴブリンは紙鉄砲の残骸を投げ捨てた。哀れな紙製の玩具は、ゴブリンたちの筋力に耐える強度はなかったようだ。


「おい、やっぱりお前らの骨を折ったほうが楽しそうだ!」

「そうだ! 指をスライスさせろよ!」

「ま、まぁ待て……そうだ。君らみたいなわんぱくは体を動かす玩具のほうがいいだろう? な、縄跳び~」

「縄をまたぎ越すだけの玩具のどこが面白いんですか!」


 ついにレンが叫んだ。百年以上の歴史がある伝統的なスポーツも、世界の調停者から見ると「縄をまたぎ越すだけ」か。いや、それは事実だから反論できないけども!


「ど、どっちの味方だよレンさん! 昔こういうので遊ばなかったタイプ?」

「……生まれてからこのかた、魂を移し替える仕事しかしてないので……遊んだことなんて……」


「……なんか、ごめん……」

「……いえ……」

「勝手にしんみりするな!」


 ついにゴブリンから突っ込みを入れられてしまった。彼らは棍棒を手に僕らへ迫ってくる。レンが僕の後ろへ隠れた。まずい。


「セージローさん。なにか、何か他に面白いものないんですか? ……あれとかどうでしょう。この前地球を観察してたとき見た、ポケ○ンとかいうのは……」

「ニンテンド〇スイッチは地球に住んでてもなかなか手に入らないぞ……」


 僕とレンは言い合いをしながら後ろへ下がっていく。だが背後は断崖絶壁、下では荒れ狂った川が唸りを上げている。絶体絶命だ。


「じゃああれはどうですか? さっき私の石鹸で作った……」

「縄跳びが駄目だったんだぞ……あれが通用するとは思えない!」

「縄跳びに対する全幅の信頼はどこから来るんですか!? いいから試すだけ試してください!」

「わかった、試す! 試すからゴブリンのほうへぐいぐい押すのはやめてくれ! 棍棒が当たりそうだから!」


 僕はポケットに忍ばせていたアイテムを取り出し、手に持って振るった。ゴブリンの目の前をロープで出来た輪が通り抜ける。ゴブリンは逆上したように怒りの視線をこちらへ向けるが、その注意はすぐに別の方向へ逸れた。


 空中にふわふわと浮かぶ、小さなシャボン玉のほうへ。


「……綺麗」

 レンが漏らすように呟いた。僕はもう一度、水で薄めた石鹸を染み込ませた輪を振るう。都合のいいことに、この世界の石鹸はシャボン玉を作りやすい成分で出来ているらしい。かなり大雑把な道具でも、比較的綺麗にシャボン玉を空へ飛ばすことができた。


 シャボン玉が風に吹かれる。ゴブリンたちは夢遊病者のようにそのあとを追いかけた。棍棒でシャボン玉を打ち落とそうと必死になっている。まぁ、楽しそうで何よりだ。


「おい! 無くなったぞ! 早く次を出せ!」

「あぁ、はいはい……」


 僕は要望に従って、何度かシャボン玉を作ってやった。彼らはその度に大はしゃぎしてシャボン玉を追う。


「おい、他の奴らも呼んでやろう! これ楽しいぞ!」

「あ、ちょっと待て」


 ゴブリンの一人が言い出したのを、僕は慌てて制した。ぞろぞろと大挙して出てこられてはかえってまずい。ここは彼ら三人だけで話を進めて、うまいことアメリーを引っ張り出してもらうべきだろう。


「みんなを呼ぶより、君たちでこれを作って驚かしたほうが楽しいだろう? みんなをびっくりさせてやろうじゃないか」

「それもそうか」


 よし、食いついた。あと少しだ。

 逸る気持ちを押さえつけながら、僕はさも何でもないような口調を装った。こちらの下心がばれないように。


「おい、教えろよ!」

「いいだろう。ただし条件がある。君たちが捕まえたという女性がいるだろう? 彼女を僕たちに譲るんだ。そうしたらこいつの作り方を丁寧に教えてやる。材料もやろう」


「…………」

「…………」

「…………」


 間があった。ゴブリンたちは不思議そうな顔で首を傾げた。

 しまった。また僕の言っていることがわからなかったか? さっきまで割と普通に話が通じていたから油断したけど、彼らの語彙力はかなり限られているのだった。逸ったか? と嫌な汗が出る。


「……なんでそれの作り方を教えてもらうのに、女を渡さなきゃいけないんだ?」

「教えないなら無理やり聞き出す!」

「骨を折れば何でも喋るぞ!」


「しまった! こいつら交易の概念がない! なんでも力づくで奪えばいいと思ってやがる!」

「え? じゃあいままでのやり取りに意味は?」

「ない!」


 ゴブリンが棍棒を振り上げて迫る。僕はとっさに、手に持っていたロープを彼の顔面へ投げつけた。石鹸が染み込んでいるそれが眼球にぶつかれば、当然しみるはずだ。思惑通り、ゴブリンが顔を手で覆って呻きだす。


「こいつら殺す!」

「やれるもんならやってみろこのゴブリン風情が!」

「セージローさん! キャラが!」


 レンの静止は無視して、樫の杖をゴブリンへ振り下ろした。一人の脳天がぱっくりと割れて、中から赤黒い液体を飛び散らせた。


「下がってろレンさん!」

「い、言われなくても!」


 背後のレンへ注意が向いた隙に、もう一匹が迫っていた。杖で棍棒の一撃を防ぐが、力強い。手から杖がすっぽ抜けて吹き飛んで行ってしまう。僕は足を伸ばしてゴブリンを蹴り飛ばすが、あまり威力は出ずゴブリンが少し転がっていっただけだった。


「くそ……何かほかに武器は?」

「な、ないですよ……すごく効く傷薬ならここに!」

「それやられた後に使うやつだよね?」


 左から三匹目のゴブリンが接近する。もう棍棒を防ぎようがなかった。せめてと思い、レンを抱きかかえるようにしてかばった。背中を棍棒が打ち据える。肺の空気が一気に飛び出して窒息しそうになった。


「セージローさん!」

「ぐっ……大丈夫、骨は折れてないと思う……」


 とはいえ、痛みでまともに動けそうにもなかった。地面を転がることで何とかゴブリンと距離をとる。

 ゴブリンが小走りで迫ってきた。僕の下からレンの腕がにょきりと伸びて、いつの間にか掴んでいた砂を投げつけた。ゴブリンの眼球に砂が命中する。


「ナイス、レン!」

 僕は歯を食いしばって立ち上がり、ゴブリンへタックルを決めた。棍棒を振るう力があるといっても、ゴブリンはかなり小柄だ。正面からぶつかればあっさり吹き飛ばせる。そして、ゴブリンが押し出されたほうは断崖絶壁だった。矮躯が宙を舞ってそのまま激流の藻屑となる。


 あと一匹!


「セージローさん、あれ!」

 地面から立ち上がったレンが、洞窟の入り口を指さす。騒ぎを聞きつけたのか、中にいたゴブリンがぞろぞろと出てきていた。その数は四人、いや七人、もっと増えて十三人……まだいる。


「……逃げるか」

「でも……」

 レンが不安そうに言う。無理もない。僕はさっきのダメージのせいで立っているだけで精いっぱいだった。仮に五体満足だったとしても、足場の悪い山道をゴブリンたちより早く駆け戻れるとは思えない。


 僕はさっき、ゴブリンを突き落とした崖をちらりと見た。

 万が一の策を実行すべきか……。

 僕の視線の動きにレンも気づいたらしい。腕をぎゅっと握ってくる。


「絶対に腕を離すなよ……と言いたいところだけど、あの激流じゃ無理かもな。もしはぐれたらガライの街へ戻ることにしよう」

「……はい」


 じりじりとゴブリンの群れが近づく。何かがなり立てているが、それぞれが好き勝手に喋っているせいで内容は聞き取れなかった。

 僕らも少しずつ崖へ近づいていく。一息で飛び込める位置にまでたどり着くと、互いに頷きあった。


「……いまです!」

 レンが叫んだ。僕は地面を蹴り飛ばし、彼女と一緒に崖へ落ちていった。

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