1-8 弟、姉、娘

「こんなもんでどうだ? 大将」

「ちょっときつくないですか? これが普通?」

「動いて肩が痛くなるなら、このベルトを緩めればいいからよ」


 マーサの屋敷跡での会談を終えた僕らは、彼女の計らいで街の武具屋を訪れていた。いい加減、現代風の衣装でうろつくわけにもいかないし、街を出るために一通りの装備を揃えていくことになったのだ。


 僕は自分の体を見下ろした。茶色のなめし皮でできた軽鎧に覆われている。ここには鏡がないが、それで全身を見ればかなり滑稽なことになっているだろう。兄貴を笑えないコスプレっぷりだ。


 それにしても、軽いものとはいえ鎧は動きにくくて肩が凝った。足を踏み出すだけで全てのパーツが一緒に引っ張られてしまうような窮屈さがある。腰に差した剣も重く、ぼさっとしていると左へ左へと体が寄って行ってしまう。


「ねぇ親父さん。もっと軽いのないんですか。これで長旅はきついですよ」

「なんだよだらしねぇな。俺が王国の騎士だったころはこの三倍は分厚い鎧で国から国を転戦したもんだ」


 そうやって誇らしげに語る武具屋の店主は、腕の太さが僕の二倍あった。輪切りにして中からかぐや姫が出てきても驚かない太さだ。デスクワーク中心の新人類と一緒にしないでほしい。


「親父さん、鎧はやめよう。どうせ戦闘力はないんだから。もっとこう、魔導士のローブみたいなのはないんですか?」

「魔導士のローブ? そんなしゃらくさいのあったかな……」


 この世界では魔導士はしゃらくさいのか……現場主義の人間に高学歴が倦厭されるのはどこでも同じなのだなと、国公立大卒の僕は思うのだった。


 店主は鎧の山をかき分けて、黒っぽいローブを取り出してくれた。少し埃っぽいが、それがかえって「魔導士のローブ」っぽさを演出している。


「ほらあったぞ大将。これの下に鎖かたびらくらいはつけろよ? 背中から矢で射られて即死なんて嫌だろ?」

「それは痛そうですね……」


 不死チートがあるとはいえ、蜂の巣になりたくはなかった。もしかしたら痛みを緩和する能力もおまけしてくれてるかなと淡い期待を抱いているけど、試す勇気もない。鎖かたびらくらいなら邪魔にもならないので、素直に身に着けておこう。


 僕はローブを羽織り、樫の木でできた杖を手に持つ。さっきの鎧よりはよほどそれらしかった。やはりインドア派が無理して鎧など着るものではない。見た目が珍妙だとそれだけで信頼されにくくなるからな。


 僕が散乱している兜を跨ぎながら店の入り口まで戻っていると、試着室からレンも出てくるところだった。彼女は薄い緑色のスカートを履き、白いブラウスの上から革でできた薄い胸当てを装着していた。細い足を大きなブーツで包み、腰にはサイドバックをつけているせいでシルエットがごてっとして見える。そしてなぜか、僕が貸していたコートを羽織っている。


「見てくださいセージローさん! 似合いますか?」

 レンは満面の笑みを浮かべている。店の中でくるくると回って、コートの裾をはためかせた。自分のしっぽを追いかける犬のようだった。


「似合ってるけど……そのコートは何で?」

「これは、セージローさんが貸してくれたものなので。だめですか?」

「いや、駄目じゃないよ。似合ってる」


 そう言うと、レンがにぱっと笑った。

「ありがとうございます。私、あの空間にいるときは同じ服しか着てなかったので。楽しいです。自分の姿が変わるのが」


「ほらお嬢ちゃん、これも持ってきなよ」

 店の奥から店主の妻が出てきて、彼女に小瓶を渡してくれる。レンはそれを受け取って、日の明かりにかざして見る。


「傷薬だよ。怪我したら使いな」

「ありがとうございます。何から何まで」

「いいんだよ。そこのお兄さん」

「へ?」


 不意に話を振られて、僕は間抜けな声をあげてしまった。

「山には危険な生物も出るからね。ちゃんとこの子を守ってやるんだよ」

「……もちろんです。子供を守るのは大人の義務ですから」




「私は子供じゃないですよぉ」

「まぁ、そういうなよ」

 店を出た僕たちは、焼け焦げた街を歩いた。街の中は大きな道が東西南北を十字に走っていて、僕らがやってきたのは南の街道らしい。


 レンは僕に子供扱いされたのが不満だったようで、早足で前を歩きながら頬を膨らませていた。その姿は子供そのものだった。


「私はセージローさんよりも年上ですよ?」

「そうだけどさ。見た目には僕よりずいぶん年下なんだから、この世界ではそういうことにしておきなよ。そっちのほうが話が早い」

「それはそうですけど……私、いくつに見えますか?」

「十……八歳くらいかな」


 本当は十四歳くらいと言いたかったが、また子供扱いしたと言われてもことだったのでサバを読んだ。レンは急に神妙な面持ちになって立ち止まる。


「……アメリーさんもそれくらいの歳でしょうか。見た目には、スイとそんなに変わらないのですが、私たちの種族は年齢と外見が一致しないので、他人も何歳なのか想像しにくいんです」


「そうだな……少なくとも一人前の大人って歳ではないだろうな。まだまだ子供だろう」

 レンは視線を横へ向ける。そこには全焼してしまった家屋があり、男が瓦礫をせっせと片付けていた。男は首輪をしている。彼も奴隷か。


「奴隷商は、いい行いとは言えませんよね。自由じゃないのは、嫌です」

 レンの言葉には重さがあった。五十年近く同じ仕事を繰り返してきた彼女の言うことだ。僕は「何か気になるか?」と尋ねた。


「……私たちの仕事は、兄弟姉妹の尻拭いです。ですから、この火事で行方不明になってしまったアメリーさんを探すのは当然なのでしょう。でも、アメリーさんがその、あまりいい人じゃなかったらどうしましょう。そういう人だったら助けていいんでしょうか……私たちがアメリーさんを助けることで、彼女の家族の商売が盛んになってしまったら、奴隷として売られる人が増えてしまったら、それはいいことなんでしょうか」


「どうだろう。確かに、奴隷商人の娘を救うことは必ずしもいいことではないのかもしれない」

 僕は彼女の隣で答えた。


「でも、彼女はまだ子供だろう? 仮に彼女があまりよくない人間だったとしても、火事で行方知れずというのは酷だ。とりあえず見つけてあげるのはそんなに悪いことじゃないと思うよ」


「そうですか?」

「うん。それに、もし奴隷を助けたいなら、それはそれでうまい手を考えればいいさ。屋敷に火を放つなんて雑な方法じゃなくて、この世界の人が奴隷になってしまう根元をきちんと解決できるような方法をさ。まぁ、時間はかかるだろうけど……それはアメリーを助けることと矛盾しないと思う」


 僕がそう言うと、レンは少しだけ表情を和らげた。

「そう、ですよね。すいません、なんだか弱気になってしまって。私、世界を色々とみていましたけど、自分で何かを決めるってことをしたことがないんです。魂の転生も、マニュアル通り全部リセットしてあっちからこっちへ移すだけだったので、自分のしたことがほかの何かに影響するかもしれないと考えると、どうしていいのかわからなくなってしまって……」


「大丈夫だよ。普通は誰だってそうやって悩むものだし、悩まず動いた結果街を燃やすよりはよっぽどいいだろう?」

 レンは笑って「そうですね」と答えた。


「ところで、山にはゴブリンが住んでいるとさっきのお店の方が仰っていました」

「またベタな展開だな……次の仲間はエルフか?」

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