1-6 奴隷商の街ガライ
「……へぇ?」
「リョーイチローって、セージローさんのお兄さんですよね……」
「この街に来てたのか。しかもつい最近!」
「もしかして、手がかりが掴めるかもしれません」
僕らは全速力で逃げていく大の大人を眺めながら言い合った。まさか初めて訪れた街であたりを引くとは。ドラゴランド中を駆けずり回る覚悟だったけど、存外早くケリがつくかもしれない。希望が出てきて、レンの表情もようやく明るくなった。
「あの人に話を聞きましょう。あ、この方を放っておけませんね。とりあえず、街の真ん中まで運びますか?」
「そうだな。あの人が走っていったほうにほかの人もいるだろうし、もしかしたら医者も見つかるかも」
僕はさっきの怪我人を担ぎ、街の中心へと歩く。時々転がっている瓦礫を避けながら進んでいく。街は火事で焼けてはいたものの、道は広く平坦だったおかげで歩きやすい。
左右に商店の並ぶ通りを抜けると、広場のようなところへ出た。中央に噴水があって、人々が集まっている。
僕らが姿を見せると、数多の目が一斉に向けられた。さっき逃げて行った男の姿もある。彼らは僕らの存在を認めると、俄かに慌しくなる。
「来た! リョーイチローだっ!」
「戻ってきた……」
「私たちを殺しに来たのか……?」
「頼む! 私たちは奴隷商売に関係ないんだよ……もう奴隷もいないから!」
「……なんだ?」
「どういうことでしょう……」
僕とレンは顔を見合わせる。彼らの様子は、まるでもう一度火の手が上がったかのようだった。
ある人は立ち上がり、僕らへ背を向けて逃げ出していく。ある人は地面に転がっていた木材を手に取って近づいてくる。向かう者と去る者がぶつかり合って広場がパニックになる。
僕は剣呑な雰囲気を察して、後ずさりした。だが後ろにいたレンとぶつかってしまう。振り返ると、僕らが来た道からも別の人たちが近づいていた。みんな武器になるような大きな瓦礫や尖った廃材を抱えている。
「あの、これは……」
「ちょっと待って、何か誤解があるようだけど……」
「うるせぇ!」
僕は危ない気配を漂わせる彼らに声をかけてみる。だが友好的な返事が返ってくることはない。
「俺は見たんだぞ! お前が屋敷に魔術で火を放つのを! 言ってただろう……青い炎は自分にしか出せないって!」
「魔術? いや、僕に魔術を使う力はないはず……」
僕はレンへ視線を送った。そんな能力なんてないことは彼女も頷いて肯定してくれた。
彼らは僕のことをリョーイチローと呼んだ。詳しくはわからないがおそらく、兄貴がこの街に火を放って、そのことは公然の事実、というわけらしい。
どういう事情があったら、街ひとつ焼くことになるのかは想像もできないが。
「嘘を言うな! この似非勇者が!」
「待ってください! 第一、僕はリョーイチローじゃない。人違いです!」
「隣の女も見たことがあるぞ! リョーイチローに付きまとってた従者だ! 確かスイとかいう」
「ち、違いますよ! 私はスイじゃないです!」
レンも首を激しく横へ振って否定した。だが街の人たちの厳しい視線が緩むことはない。
しかし、スイとレンの姉妹はどうかわからないけど、僕と兄貴はそんなに似てるのか? ちょっとショックだな……単に、外国人の顔はみんな同じに見えるという話だといいが。
訪れる街全てでこの調子だと困るぞ。
そうこうしているうちに、包囲網が着実に狭まってきていた。このままでは彼らの手にしている廃材で滅多打ちにされかねない。それほど、町民の纏う空気は切羽詰まっていた。
まずいぞ……不死のチートがあるとはいえ、痛いのは嫌だ。せめて、背負っている怪我人とレンだけでもこの場から逃がさないと……。
「ま、まぁまぁ……とりあえず、この背中の怪我人を何とかしてくれませんか? 大火傷を負っていて、いまにも死にそうなんですが」
「あいつ……怪我人を人質に!」
「なんて卑劣な……」
だめだ。話が通じない。僕らを悪者だと決めてかかっているせいで、一挙手一投足がすべて悪巧みと結び付けられてしまうようだった。この誤解を解くのはかなり難しいだろう。
僕は包囲網を見渡した。彼らも僕らのことを恐れる気持ちがあるようで、あと三歩の距離からなかなか近づいてこない。全体的に腰が引けていて、包囲はまばらだった。街の入口へ通じる道へ、隙間が空いている。
「レンさん……合図したら走るんだ。来た道を逃げよう。時間は稼ぐ」
「でも、それじゃあセージローさんは? 背中の方はどうなるんですか?」
「背中の人はしょうがない。ここに置いていこう。僕らと一緒に逃げたらかえって危険だ」
僕らのやり取りを作戦会議とみなしたのか、いよいよ覚悟を決めた町民がじりじりと輪を狭めてきた。こちらが動く前にやってしまおうという心持ちらしい。
僕は腰を落として、背中の人を地面へ落とす準備を始める。せめて、衝撃が少ないように。
包囲網の一人が木材を振り上げた。それを合図に、人々がもう一歩近づいてくる。
限界だ。
「お待ちください!」
そのときだった。輪の外からよく通る女性の声が響いた。全員の臨戦態勢が一気に解け、声の方向を向く。
噴水の前に、妙齢の女性が立っていた。茶色い髪を波打たせて、緋色のドレスを身にまとっている。腕や指はゴテゴテと宝飾品で覆われ、肌が見えないほどだ。ドレスはところどころ焼け焦げているものの、高級そうな仕立ては損なわれていない。
町民は彼女を見ると、口々に「奥様」「奥様だ」と言いながら端へと避けていった。モーセが海を割るように、僕らと女性との間に道ができる。
女性は僕らに数歩歩み寄ると、口を開いた。
「この人は街に火を放ったリョーイチローではありません。断言しましょう」
町民がざわめく。ひとりが前へ出て言った。
「しかし……こいつはどう見ても……」
「私は火事の前、屋敷で散々リョーイチローと顔を合わせました。確かに似てはいますが、彼は絶対に違います。リョーイチローはもっと太っていて、だらしない笑いを常に浮かべていました。姿勢も彼ほどまっすぐではありません。彼はリョーイチローにしては立ち居振る舞いがしっかりしすぎています。なにより」
女性は僕の背中を指さした。
「リョーイチローが見ず知らずの怪我人を背負ってここまで運んでくることはあり得ません。目的のために街に火を放ってよしとする人が、このようなことをしますか?」
「確かに、言われてみれば……」
町民が地面へ廃材を落とす。ようやく、互いの間にあった緊張が完全に解けたようだ。手ぶらになった彼らのうちの何人かが僕に歩み寄って、背負っていた怪我人を引き取ってくれる。
「……街の方がご無礼をおかけしましたわ」
女性はさらに僕らに近づいた。年は四十前後だろうか。近づくと甘ったるい香水の匂いがした。服装の趣味はいいとは言えなし、視線は狡猾な獣のように鋭いが、一方で物腰は温厚そうな人だった。
「なにぶん、夜中に突然街を焼かれましたので……みな気が立っているのです。許してください」
「いえそんな……誤解がとけて良かったです」
レンが肩から力を抜いて言った。緊張から脱して、しゃがみ込みそうになる彼女を僕が脇から支えた。
「ありがとうございます、危ないところを……あなたは?」
僕が尋ねると、彼女は軽く会釈して答える。
「私はこの街の商人、トラビス=マッケンジーの妻マーサ。ようこそお二方……奴隷商人の街ガライへ」
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