1-3 兄を殺せ
「お前には異世界に転生して、兄貴を殺してもらう!」
「いや、二回言わなくても聞こえてます……」
章が切り替わったので大事なことを繰り返し書いた、とかではない。
「あの、それはどういう……そもそもあなたは誰ですか?」
「えっと、彼女はグラントです。私たちの直属の上司にあたります」
僕の真っ当な質問に、レンが慌てて答える。
「そうだ! そしてお前の兄貴のせいで迷惑をこうむっている者だ!」
「はぁ……それはどうも」
「何がはぁ、それはどうも、だ!」
グラントの勢いに押されて、僕は後ずさりする。レンに至っては僕の後ろに隠れてしまっていた。
「いや、あの、それとこれとがどうして兄貴を殺せという話につながるのかさっぱりで……」
「わかりきったことだろう! お前の兄貴がドラゴランドで適当やってる! これを放置するとドラゴランドが最悪滅ぶ! さっきレンが言ったようにな。それを防ぐにはお前が兄貴を殺すしかない!」
「えっと、なんで僕が……二人は世界をあれこれしてバランスをとる力があるんでしょう? だったらこう、神様ビーム的なサムシングでここから兄貴を焼き殺したらいいじゃないですか。わざわざ僕なんか使わなくても」
「馬鹿者! そんな派手なことしたら余計に世界が壊れるだろうが! それに、家族の失態の責任を取るのは当然だろう!」
「そんな……む、無茶苦茶だ!」
「ちょっと、待ってください……」
レンが僕の後ろから、精一杯声を張って言う。
「リョーイチローさんがドラゴランドに転生してしまったのは、すべて私の妹のせいです。調停には私一人で行きますから、どうかセージローさんは巻き込まないでください……」
「レンさん……」
「いやだめだ!」
レンの懸命な抗議は、あっさりと一蹴された。
「もちろんお前にも責任は取ってもらう。当然だ! だが問題を起こしたのはお前の妹で、かつ、この男の兄だ。二人そろって尻拭いをしてもらうのが筋だ」
「いや、やっぱり筋は通ってませんよ」
僕はグラントの会話に割り込む。
「問題を起こしたのはこの子の妹で、僕の兄でしょう? 僕らじゃない。なんで尻拭いなんかしないといけないんですか?」
「それが筋だからだ! もう決まったことだ。異存は認めん!」
話にならなかった。どうやら僕と議論する気も交渉する気もないらしい。なんだか「兄弟だから」という理由で兄や弟の失態を埋め合わされてきた子供の頃の思い出が蘇って、いやな気分になる。
グラントは眉を吊り上げて宣誓した。
「レン! セージロー! お前たち二人にドラゴランドでの調停を命じる! リョーイチローを排除し、スイを確保してくることが任務だ!」
「あぁ、そんな……」
「私も鬼ではない。お前たちの任務遂行を手助けする特別権限……チートをくれてやろう」
「チート?」
その言葉に、嫌な響きがすると直感的に思って身構えた。チートであれば本来、僕らに都合よく働く能力であるはずだが……今回に限ってはそうはならない気がしてしまった。
そのチート能力とやらのせいで厄介なことになっているわけだからな……。問題の根源を与えられても、余計傷が広がりそうなものだ。
そんな僕の懸念をよそに、グラントが手を伸ばした。光球のようなものを掴んでいる。レンがそれを受け取ったので、僕もそれに倣った。光球は手のひらに吸い込まれて消える。
「この能力は……?」
「……なんなんだ?」
レンがはっと目を見開く。彼女には渡されたものが分かったようだ。僕が尋ねると彼女が手を握ったり開いたりしながら、小さく口を開く。
「……不死」
「不死? 死なないってことか? どうして?」
「半端なところで死んでもらっては困るからだ」
「あぁ、そういう……」
腕をまわしてみる。力がみなぎる! って感じはしない。
「戦闘力が増すとかそういうのは……」
「あるわけないだろう! お前たちをドラゴランドに転生させるだけでもリスクがあるのに、余計な能力を付与すればさらにリスクが増す! 不死だけでも付与してもらえてありがたいと思え」
「そんな……僕、別に武道の心得があるとかじゃないんですけど。レンは?」
「私も、この空間から出たことはないので……」
「まぁ、その辺は現地でどうにかしろ。私の知ったことではない」
「いい加減な。自分の部下の尻拭いを他人に押し付けた挙句、まともに準備もしないなんて。管理職失格ですよ」
「うるさい!」
グラントがヒステリックに声を張り上げる。僕とレンは軽く吹き飛ぶように後ずさりした。
「お前たちは地球カウントで四時間後にドラゴランドに送られる。それまでに各々準備をして、故郷に別れを告げることだ。調停を果たすまで一生、元の世界に変えることはできないのだからな」
「そんなことっ……って、あれ?」
目を覚ますと、実家のソファの上だった。部屋は真っ暗で、毛布が掛けられている。きっと眠ってしまった僕を起こすのはやめて、母が掛けてくれたのだろう。
さっきまでの白い部屋も、レンと名乗った少女もいない。いつもの、少し埃臭い実家だった。
「……夢か、そりゃそうだよな。何が異世界転生だよ」
僕は立ち上がって伸びをする。寝汗をどっぷりかいていた。無理もない。グラントとかいうクソ上司が出てきてからはほとんど悪夢だったから。幸いいまの勤め先にあの手の無茶を言う上司はいないから、そういう意味では初体験の理不尽だった。
……あのレンという少女は、ずっとあんな上司の下で働いていたのか。妹が逃げてしまうのも無理はないような気がする。夢の登場人物とはいえ、可哀想だな。あんなに僕に謝っていたし……せめて次に夢を見るときは、もっといい思いをさせてあげたい。
汗はかいていたけど、真夜中だったので僕はシャワーを浴びないことにした。実家は壁が薄く音がすぐに漏れる。親を起こしてしまっても悪い。足音を立てないようにゆっくり、二階にある自室へと上がった。
建付けの悪くなった扉を開いて部屋に入る。
「さて……もうひと眠り。また変な夢を見ないといいけど」
「夢じゃないですよ」
ベッドの上に、ちょこんとレンが座っていた。
月明りを受けて。
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