だって好きなんだもん!

 事件は昼休みに起こった。ななななんと、愛しの先輩が教室に現れたのだ。もしかしてうちの教室に隠れざる彼女がいるのかと思いきや、指名されたのは私であった。驚きのあまり飲んでいたイチゴオレがストローから噴射され友人の顔を濡らした。般若の形相になった友人に後で土下座するね! と先輩の元へ向かえば「焼き石でな!」と激励を貰った。


 人気のない場所に向かうと、立ち止まった先輩が私に振り返る。その目にはありありと警戒の色があった。ああ、怯える先輩も素敵だ。


「あの、さ」

「はい!」


 元気よく返事をする。するとなぜかしょっぱい顔になった先輩。


「おれ、昨日フッたよね?」

「フラれましたね! ものの見事に!」

「みご……いや、おれの記憶違いじゃなかったみたいだね」


 眉間を揉みほぐす先輩に首を傾げる。記憶を疑う何かがあったのだろうか。


「もう話しかけて来ないと思った」

「えなんで?」


 ついタメ口になってしまった。しかしどうして先輩はそんな摩訶不思議なことを思ったのだろう。ようやく好きな人に認識されたのだ、今は挨拶程度だが、ゆくゆくは世間話くらいを目標に掲げているというのに。


「なんでって……、気まずくないの?」

「先輩は気まずいんですか?」

「いやおれは」

「よかったです」


 先輩を困らせていないようで。しかしそれならばなぜ私は呼ばれたのだろう。ハッ!


「もしや彼女さんに何かご迷惑を!?」


 いるかもわからんが。すると先輩は一瞬目を見開いた後、口に手を当てて笑った。上品に笑う人だ。これ以上惚れさせてどうするんですか。


「彼女はいないよ」

「本当に?」

「本当。……たまに告白を断る時の方便に登場するくらいかな」

「便利な彼女さんですね」


 次は私が笑う番だった。


「昨日は登場しませんでしたね」

「きみはすぐ諦めてくれたから」

「なるほど。でも諦めてませんよ?」

「……みたいだね」


 先輩曰く、フッた相手から恨まれることはあれど全力で好意をぶつけられるのは初めてだとのこと。なんてことだ。


「好きな人を一度フラれただけで恨むなんて! なんて身勝手な! そこは声を聞かせてくれてありがとうございますと感謝する場面ですよ!」

「おれはアイドルか」


 うおおおお! 先輩のツッコミ! なんて新鮮なんだろう!


「ああああ、好きが溢れてとまらない!」


 先輩は少し照れた様子で額に手を置いた。


「おれはまたきみをフるよ?」

「いくらでもどうぞ! 勝手に好きなだけなんで」

「……彼女になりたいって思わないの?」

「え、いきなりハードル高っ! こうして会話してるだけでも奇跡なのに! だって昨日までの私は風景ですよ!? 草ですよ!? 覚えてて貰えるかも正直不安でしたし……」

「いや、覚えてはいるよ。告白を断って「想定内!」って叫ばれたのは初めてだったからね」


 あれ、口に出てたんだ。心の中で叫んだつもりだったのに。


「帰ってから、あれは罰ゲームだったのかと思ったよ」

「まさか! 全身全霊で告白しましたよ!」

「うん、今朝の校門で会った時に違うってわかった」


 額から手を離した先輩は緩く微笑んでいた。あ、心臓が痛い。


「きみはまだおれを好きでいてくれる?」

「当たり前ですよ! 私の辞書に失恋の二文字はないんです! 簡単に失うほど安い恋じゃないんで」

「ふふ、そっか、じゃあさ」


 ――おれがきみを好きになるまで待っててくれる?


 そう笑って言った先輩に私の心臓は無事ご臨終した。恋愛ってこんなに命懸けだっけ?

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