5「拠点」

 ロングバンを駐車スペースに停めると、四人は荷物を降ろす準備に取り掛かった。この車はもともとこの家にあったものではないらしく、頭の先が敷地内からはみ出ていた。


「そういや梓くん、さっき怜の動きのことアクションゲームみたいって言っとったけど、アクションゲームやるんや?」


 恒輔に話題を振られ、梓は「やりますよー」と気軽に答える。


「と言っても、ゲーム売り場のお試し版とか友達から借りて遊んだりする程度ですけどね。一番面白いと思ったのはPF5の……えと、何でしたっけ、モンスター狩りも対人戦もできて、ゲームの案内人が可愛いって話題になってた……」


 梓が思い出そうと宙を睨んだとき、一転――恒輔の顔つきが真剣なものに早変わりした。化物に追われたときや男に襲われたとは比にならないぐらいには真剣だった。怜がどこか鬼気迫る気配を察知したとき、その口は開かれていた。


「『AGARU・ONLINE2』な。あれはアクションゲームというかRPGやな。あれ実は七年前の八月十九日に一回出されたけど狩場フィールドが狭いしSスキルもIスキルも多様性に欠けていておまけに演出がやや無駄にリアルでグロテスクなせいで年齢レーティング高くなるからそのせいで最初は不発に終わって引っ込められて」

「はえっ、あのっ」

「そこからの見直し・追加・調整で二度目を出せばあっという間に売れてああそういや対人戦が加えられたのもそこからやな案内人のラミーがややロリっぽくなったのも後やな直す部分がわかりやすかったっとはいえ秒読みミリオンまで辿り着けたのは奇跡やでてか一度目は社内評価も低かったのになんでGOサイン出したんやってああそれでも成功収めた作品あったなそういえば」

「まっ、あの、えと」

「AGスキルの操作が少しムズいけどそれ以外は割と簡単に操作できるしなまあやからこそ回避のタイミングやコンボ応用の技術を高スピードで極めていく奴も出てきてPⅴPが熾烈を極めてたんやけど」

「えっ、あっ、ちょ、恒輔さっ」

「そういやそれで思い出したんやけどNESCAが『終焉烈火』の続編出すって一昨日HPで発表してたんやけどついにグラ変わるらしいなあの人オレはそこそこ好きやったんやけどユーザー評価で散々指摘されてたしなあの独特的な描き味がいいのにいつか戻って」


 そこでとうとう怜が恒輔の襟首を掴み、グイッと強めに後ろへ引っ張った。「ぐえっ」と苦しげな声を上げ、恒輔は絞まった首を撫でさすりながら、何が起こったのかわからないという顔で怜の方を振り返る。そこで怒ってこないあたり、本気で何が起こったのかわかっていないのだろう。

 

「えと……すみません。オレそこまでわからないです。すごい知識量ですね?」

「おまえ、さては重度のゲーマーだな?」


 梓が申し訳なさげに苦笑し、聞き耳だけ立てていた空がトランクを開けながら率直に突っ込む。

 恒輔は数秒間真顔になり、やがて――顔面が噴火を起こした。


「うわっ、うーわっ!! この癖ばかりは表に出すつもりなかったのに!! バレてもた!!」


 顔を両手で覆い隠し、のたうち回るように頭を振る。相当恥ずかしかったようで彼らしからぬ反応だ。不思議に思って怜は首を傾げる。


「この癖って?」

「......昔からゲームの話になるとさっきみたいに語りが止まらんくなるねん。自分で言うのもアレやけど、オレ結構なゲームオタクやから......」

「ああ、それでこの世界のことをワクワクするって言ってたんだ。ゲームの世界に飛び込んだみたいって言っていたもんね。思えば、無理ゲーとかエンカウントとかよくわからない言葉がときどき君の口から出てたよね。あれってゲーム用語だったんだ」

「相当のめり込んでるな」

「まあ、でも好きなことの話になると熱くなるってありますよね! たしかに知識量はすごかったですし、それ以上に勢いもすごかったですけど......」

「首吊りたい」


 ブリザードを顔から吹雪かせる恒輔は今にも凍死しそうだ。噴火地帯だったり雪原地帯だったり、忙しい顔面地図である。そんな天変地異を気にすることなく、怜は遠慮なく恒輔の顔を覗き込んだ。


「怜、そんな見つめてこんといて。オレは今、穴があれば埋まりたいねん」

「そんなに知られるのが嫌だったの?」

「嫌というか恥ずかしいというか……やって、別人みたいやなかった? オレは昔からゲームが得意やし大好きで、それは全然ええねんけど......」

「別人みたい? ごめん、よくわからない。恒輔くんは恒輔くんでしょ? 何も気にする必要なんてないと思うけど」


 怜は、首を傾げてあっけらかんと答えてみせた。おかしなことを言う。何がどうだろうが「その人」は「その人」だろう。それが、怜の素直な意見だった。


「............そう、そっか」


 その言葉を正面から受けた恒輔はしばらくポカンと間抜け面になっていたが、徐々にその表情が緩んでいき、やがてくしゃりと眉尻を下げて笑った。


「フ、フフフ、せやな。ハハ、その通りやったわ」


 怜は恒輔が何がおかしくて笑っているのか理解できず、変に思いながら彼を見つめた。結局恒輔がその理由を教えることはなかった。

 とりあえずは荷物運びを手伝うことにし、大きめのダンボールを一つ抱え、持ち上げる。ずっしりとはしていたが、安定して持てる重さだった。


「おー、何となくそんな気はしちゃいたが、怜は結構力持ちなんだな。いやー、二人と四人じゃやっぱ違うな」

「それがですね、空さん。現状働いているの三人なんですよ。何でかって? アンタが優雅にサボりを決めているからですよ!」


 見れば、空は玄関付近に腰を下ろして、こちらを眺めているだけだった。動く気配が見られない。それどころか、どこから持ち出したのか探偵の格好をした少年のイラストが表紙の漫画を読み始めていた。

 怜はどこか溜め息を吐きたい気持ちになった。呆れを感じているのだとはまだ知らない。


「いや、俺は運転頑張ったからこれぐらい許されるんじゃねえかなーって」

「運転してなかったらしてなかったで、どうせ『化物が来ないよう見張りをしなきゃいけねえ』って言って逃げるつもりでしょうが!」

「おまえ、エスパーか?」

「五日も一緒にいれば嫌でもわかるんですよ!」


 その怒りの勢いに任せるように、梓は一つを肩に乗せると、もう一つを無理矢理脇に抱えた。


「おお、梓くん、見た目に反してめっちゃ力持ちやな」

「一言余計ですけど、力には自信あるんですよ!」


 そんなやりとりを耳にしつつ、足元にニャー太をまとわりつかせながら怜はダンボールを玄関に運んだ。できるだけ大きめの荷物を選びながら運び、それを何往復か繰り返したところで、梓に尻を蹴られてしぶしぶ働き始めた空に尋ねる。


「あの化物、目が見えているなら光が漏れたらまずいですよね。夜とかどうしてるんですか?」

「遮光板を下二つの窓全部に貼ってあるからそこは不自由なく過ごせる。あ、だから上は電気点けないでくれ。上はカーテンを閉めるぐらいしか対策してねえから」


 下二つというのがよくわからなかったが、そこはどうだっていい。怜は次の問いを短く訊いた。


「他に同居人は?」

「俺と梓だけだが?」

「......そう」


 そこで空は梓に呼ばれ、返事をして玄関から離れた。その背中を見送ると、怜は家の奥へ目をやった。廊下までは電気が点けられていたが、奥に見えるドアの先は暗いままだ。

 素早く靴を脱ぎ、足音を立てずに中へ上がる。始終付き添っていたニャー太も疑問を抱くことなく主人についていく。怜はそのまま奥のドアの内へ滑り込んだ。

 この家は珍しい構造となっていた。ドアの先がリビングかと思えば、食卓とキッチンで部屋が占められており、リビングらしき空間はさらに下の階段の先にあった。地下かと思ったが空間の奥には窓がある。カーテンが閉められていてわかりづらいが、おそらく荷物を運ぶ際に見えた庭があるのだろう。

 上に続く階段もあったが、こちらはかなり短く、数段も上ればすぐそこに廊下が続いていた。表現するならば中二階といったところだろうか。


「ああ、だから下二つと上」


 上は恐らく短い階段の先、下二つは今立っている空間と下の広い空間の二つを指しているのだろう。

 そうなると、遮光板が貼られていないのは上の方。当然揺れるカーテンも見えるはず。目線を下げて肩をトントンと軽く叩けば、意図を察したニャー太がテーブルを使って軽々と肩を登る。彼が落ちないよう安定した位置を見つけると、怜は迷うことなく上の方、一番奥の一層闇を感じさせる扉へ、全く音を立てずに歩を進めた。

 短い廊下のためすぐに最奥に辿り着いた。気配を最大限までに殺し、扉の奥へ耳を澄ませる。音は聞こえない。ドアノブに手を伸ばすとそれを徐々に押し下げる。緊張感からか必要以上の力を込めそうになったが堪え、完全に押し下げたところでドアをゆっくりと開いた。

 闇一色の中で見えたのは、夫婦の部屋。見るからに質が良いことをにおわせるダブルサイズのベッドにアンティーク調のドレッサー、縦長の本棚まである。その奥にあるほんの少し開かれていたカーテンの隙間から月夜が差し込んでいた。怜は確信する。


 ――この部屋に、いる。相当警戒して隠れているのか、気配は感じないけれど......。


 部屋を一通り眺め、隠れられそうな場所に見当をつける。候補はそれなりにあった。ふかふかのベッドの布団の中、カーテンの後ろ、ドアの陰。さてどこから暴いてみるか。

 少し悩んでいると、隣でニャー太が何やら首を伸ばして鼻を動かしていることに気がついた。これはと試しにニャー太をそっと床に降ろしてみた。床に顔を近づけて鼻をヒクヒクさせると、その小さな四肢が前へと進みだした。怜はその場から動かず、ニャー太の動向を見守る。彼がある位置に辿り着くまでにそう時間はかからなかった。


「......そこか」


 ほとんど息だけの音で呟くとニャー太の元まで歩き、それと向かい合う。部屋の奥に置かれたクローゼット。この家の夫人は身なりに拘る人だったのか、その横幅はなかなかに広い。子供三人なら普通に入れるだろう。

 揺らぎない瞳でそのクローゼットを見つめ、スッと手を伸ばす。骨張った指が、蜘蛛の脚のように滑らかに取っ手に引っ掛けられる。

 刹那、一気に指に力が込められて、勢いよく扉が開かれた。


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