第21話 タイムスケジュール

 後のことはおっちゃんたちに任せ、俺と紗那は会議室を抜け出して足早に結界の前までやってくる。

 ここで紗那は継続していた魔力循環を解き、一般人と同じ状態に戻ってから結界を抜ける。

 逆に俺は循環し続けたまま結界を抜けて、協会から戻ってきた魔法使いがここにいるぞと、こちらを把握しているであろう魔法使いたちにアピールしてやる。


「はぁぁ、こっちからはわからないし、おっちゃんたちも居ないし、小心者には厳しい修行だよ」

「わたしも魔法使いの巣窟で無防備になるのは怖いのです。いざとなったら守ってほしいのです」

「おう、それはもちろんだ。まだ雑魚だけど、紗那との初デートを邪魔するやつが出てきたら、闇の力を解放してやるぜ」

「頼もしいのです。でも、出来れば今日一日は大人しく過ごしたいのです」

「それは俺も同感だ」


 せっかくの初デート。しかも紗那がずっと来たくて仕方がなかった『エルシア』でのデートだから、平穏無事に過ごしたいと思うのは当然のことだ。

 しかし、ここは魔法使いの巣窟で、最悪、今日のうちに風見家の人間と出会う可能性だってある。

 けれど、それでも――


「……まあ、今は楽しいことだけ考えよう。ほら、こうしている間にも時間が過ぎていってるだろ?」

「……です。嫌なことは一旦忘れて、遊び尽くすのです」

「ああ、限界まで楽しもう」


 夕方――恐らく17時頃に撤収することを考えると、あまり時間は残されていない。

 紗那がウチに来てからなんやかんやあり、今の時刻はもうすぐで午前11時になるところだが、昼飯を食べることを考えると5時間あるかどうかだろう。


「紗那は腹減ってるか?」

「いえ、まだ大丈夫なのです。先輩はどうなのです?」

「俺もまだ大丈夫。それじゃあ最初に軽く遊んで、腹が減ったら昼飯にしようか」

「です。でもその前に水着選びからなのです」

「っしゃぁ! おらぁ!!」


 待ちに待った紗那の水着タイムに、俺は思わず握った両手を天へと突き上げる。

 その雄叫びに紗那から呆れた視線を向けられるが、そんなことでへこたれる俺ではない。


「そこまで喜ばれても、期待に応えられるような体型じゃないのです」

「何言ってんだ! 紗那の生水着姿なんて悶絶必死に決まってるだろうが!!」

「圧がハンパないのです。その勢いがいつまで続くか見物なのです」

「ん? どういうこと?」

「そのままの意味なのです。ここには水着姿の女性が山ほどいるので、わたしなんかは見劣りしてしまうのです」


 確かに、ここがプールである以上は水着姿の女性が山ほどいるだろう。更に水野三姉妹も集客のためか、日に何度か水着姿でプール内にやってくる。三姉妹を筆頭に美人、巨乳、モデル体型と誘惑は多いだろうが……


「大丈夫。最近の俺は前ほど巨乳に惹かれないから」


 紗那が好きになってからだろうか?

 前まで、それこそ去年に友達と遊びに来て水野三姉妹を眺めていた時と比べて、あまり興奮できずにいた。

 だからって女に興味がなくなったというわけではなく。事実、チラリと隣を覗き見た紗那の胸の僅かな膨らみに、俺の心は乱れ、否応なく欲情を掻き立てられてしまう。

 更に昨夜のお宝画像のお陰で服の下――ブラジャーに護られているちっぱいの姿を容易に想像できるため、俺は自身の性欲の昂りを抑えられず、今すぐにでもトイレに駆け出したい気持ちでいっぱいだ。


「というわけで、巨乳を見たからって紗那を忘れてハァハァすることはないよ」

「愚問だったのです。たった今、身をもって実感したのです」

「それに、どっちかと言うと俺より紗那の方が巨乳を見てハァハァしてそうな気がする」

「……否定しきれないのです」

「だから俺は、ハァハァしてる紗那を見てハァハァしてるよ」

「さすが先輩なのです。性癖がネジ曲がっているのです」

「一途と言ってくれよ」

「しかし、水着姿の幼女にハァハァする可能性も捨てきれないのです」

「それはアウト。幼女にハァハァしていいのは同性だけだ」


 なんて話をしながらも、俺たちは警備員AとBが守るドアを通る。なんで紗那が魔力循環をしていないのかと聞かれもしたが、おっちゃんと飯野さんの指示だと伝えると、すんなりと通してくれた。

 それでいいのかと思わなくはないけれど、それだけあの二人は協会内で信頼されていると言うことなんだろうと納得し、受付に出来立てホヤホヤの会員カードを提示する。


「はいっ、ありがとうございます! それでは入場料は無料になります。水着の貸し出しもしておりますが、ご利用されますか?」

「はい、二人分お願いします」

「畏まりました。それではレンタル代金はお二人様分で、300円になります」


 さすがの『エルシア』価格は伊達じゃない。こんなに安かったら、せっかくおっちゃんからもらった一万円おこづかいを出すのも気が引けるので、これは昼飯代として残しておいて、自腹でいこう。

 それに、金額は微々たるものだけど、これが俺の、彼氏として彼女の分も出す初めての支払いなのだから、自己満足だけど、自分のお金で払いたかった。

 まぁ、俺の小遣いで出すだけだから、正真正銘の俺のお金ってわけじゃないんだけどさ。


「300円ちょうどですね。それではあちらに真っ直ぐ進んでいただき、こちらのチケットを係の者にお渡しください」


 代金を払うともらえたのは、水着のレンタルができるチケットだった。

 いつもは水着持参だから初のシステムに若干戸惑うが、まあ、なんてことはない。ただこのチケットをプールに向かう途中の通路にあるレンタルコーナーの係員に渡して水着を選ぶだけだ。


「あと少しで遊べるのです……夢のウォータースライダーはすぐそこなのです……!」


 紗那は会員カードで無料になった辺りからソワソワが止まらないようで、俺の自腹会計にも気付かずにプールのある方向をチラチラと見ている。

 だが、それでいい。たった300円で偉そうにする気は毛頭ないし、感謝の言葉が欲しかったわけでもないからな。紗那が楽しそうにしているだけで俺も心が満たされるというものだ。


「初手ウォータースライダーをご所望か。なら最初は別々で、途中から一緒に滑ろうぜ」

「素晴らしい提案なのです。そうと決まれば早く行くのです!」

「まあまあ、まずはお楽しみの水着選びだ。可愛いやつを探そう」

「了解なのです!」


 子供のようにピョンピョンと跳ねそうな勢いの紗那を宥めつつ、目指すは水着のレンタルコーナー。

 こうして歩く俺たちはきっと、恋人ではなく兄妹のように見られているんだろう。事実、周りから向けられる視線は微笑ましいものを見つめるソレだ。

 それがちょっと不満ではあるものの……紗那の可愛さや、たまに見せる大人びた姿、そして見た目からは想像もできないくらいエッチな小悪魔なところも。俺だけが知っている、二人だけの秘密だと思うと、胸の中に生まれた不満も消え失せていく。

 要約すると、紗那たんマジ天使。


「学校指定の水着以外を着るのも初めてなのです。どんな水着があるのか楽しみなのです」

「ちなみに、エッチな水着は禁止です。俺が許しません」

「そもそも『エルシア』にそんな水着があるわけないのです」

「あっても着ないで! 周りの男共に目潰ししたくなるから!!」

「愛が重いのです。これが心地良くなってきたわたしもだいぶ毒されてきたのです」


 俺の想いに肩をすくめる紗那は、小さな足を急かして歩く。

 ツインテールをなびかせるその横顔は、誰の目にも明らかなほどに笑みを浮かべていた。

 その映像を脳内にインプットした俺は大事なものフォルダの中に放り込み、なんとかこれを現実世界にアウトプットできないものかと悩みながら、紗那の後を追うのだった。

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傍迷惑な魔法使い ナキョ @nakyo

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