第20話 方針
「そんじゃ、ちーちゃんが戻ってくるまでに今後の方針を話しておくぜ」
改めてそう言われた俺たちは、浮かれていた気持ちを切り替える。
「今後の方針ってことは、播男を倒すとかそういう話になるのか?」
「それの前に色々と準備が必要だ。まずは賢一、お前はひたすら修行だ。あと3日で、今の嬢ちゃんと同じレベルになってもらうぜ」
「はぁ!? 3日で!?」
「無茶なのです。わたしは5年かけて今のレベルまで来たのです。それを3日なんて、いくら先輩でも不可能なのです」
「いいや、できる。何故なら嬢ちゃんは風見家の思惑によって、今のレベルを維持させられているからだ」
とんでもない無茶振りに驚く俺たちに、おっちゃんはできると、確信している風に断言した。
5年の努力に3日で追い付くなんて不可能だと思うけれど、おっちゃんは決して冗談を言っているようには見えなかった。
「魔法ってもんをわかりやすく言うと、料理を作るようなもんだ。材料を用意して調理する……その結果がこの防音や結界という料理になるんだが、今の嬢ちゃんは、冷蔵庫から材料を取り出して、そこで止まってる状態だ」
「いや、でも紗那は風を起こしたり物を切ったりできるし、ちゃんと魔法を使えてるぞ?」
「それは魔法使いとしての最低ラインだ。どんなに才能がなくても、5年もあればあと二段階は上に行けてるもんだ」
「え……では、なぜわたしは……」
「これは予想だけどな、風見家は嬢ちゃんに強くなられちゃ困るんだろうよ」
その言葉は、不思議な説得力を持っていた。
これまでの紗那の境遇や穴だらけの知識の全ての理由が、紗那を弱いままでいさせるためなのだと、俺も、そして紗那も反論できずに納得してしまった。
「なんで困るかってぇのは知らねぇが、ほぼ間違いねぇだろうな。でなけりゃ外での魔力循環を禁止しねぇし、今の嬢ちゃんを見て次の段階に行ってねぇのも納得できねぇ」
「それじゃあ、ホントに俺は3日で追い付けるのか?」
「今の、だがな。当然、嬢ちゃんのレベルアップも課題の一つだから差は広がるぜ。まぁ、風見家の奴らがどう動くかわからねぇ以上、こっちも下手に動けねぇんだけどよ」
確かに、風見家には紗那を弱いままでいさせるという狙いがあるはずで、もし急にレベルアップし始めたら、その原因を躍起になって探すだろう。
そして紗那への干渉も強くなり、もしかしたら監視――いや、監禁なんて展開になってもおかしくない。
「だから条件をつける。嬢ちゃんの修行は、賢一の家以外では一切禁止だ」
「それは……皮肉が効いているのです」
風見家から自宅以外での魔力循環を禁止されていた紗那が、風見家と対抗するために、似た条件で新たに修行を始めるなんて。苦笑してしまうのも仕方がない。
「まずは賢一の家に結界を張る。これでお前は寝る間も惜しんで修行の毎日だ」
「え? でも、結界があったら外から丸わかりだろ? 急に魔法使いが現れたって不審に思われるんじゃないのか?」
「そこは大丈夫だ。お前はもう協会に登録した魔法使いで、しかも俺の知り合いだって釘を刺してっからな、絡んでくるような真似をするやつはいねぇはずだ」
「それならまあ、いいけど」
「んで、嬢ちゃんは次の段階に行くぞ。ただし、家では今まで通り、何も知らない
「それは構わないのですが……わたしが協会に登録したことは、母様たちにも伝わると思うのです」
「抜かりはねぇよ。そこは今頃ちーちゃんが協会の奴らとオハナシしてるはずだ」
それ間違いなく平和的なやつじゃないよね?
お話(物理)してるんだよね?
「たっだいまー! ばっちりオハナシしてきたよー♪」
ああ……犠牲者が出た後だったか……
「サンキューちーちゃん。こっちは後少しってとこだ」
会議室に戻ってきた飯野さんにおっちゃんが軽く手を振ると、それだけで彼女の笑顔が眩しく光る。
どこからどう見ても恋する乙女なのに、実力行使も厭わない過激派なんだよなぁ。
「つーわけで、二人の登録は無事完了だが、嬢ちゃんの情報はまだ伏せてもらってる。その期限は一週間。つまり一週間後には嬢ちゃんのことが風見家にバレるわけだ」
「だからそれまでにいっぱいレベルアップしてもらってー、来週の土曜日には風見家&播男と全面戦争と行こー!」
「そんな軽いノリで言われましても」
文字通り、魔法使い同士の戦争をするのだ。
おー! と、右手を突き出して応えてやれるほど平和なイベントではない。
「大丈夫大丈夫ー、私たちも協力するからー、すぐにレベルアップできるよー」
「心強いのです。頑張って強くなって、防音の魔法を覚えるのです」
「やる気があるのはいいが、悪用はすんなよ……」
「大丈夫なのです。先輩の声が漏れないようにするだけなのです」
「あ、俺が
「さす先なのです。とても嬉しそうなのです」
「そそそ、そんなわけ……ちょっとしかないやい!」
「ちょっとはあんのかよ……」
だって紗那が色々と頑張ってくれたらどうなるか自分でもわからないんだよ! 声だってたくさん出ちゃうかもしれないじゃないか!
「……まぁ、俺が口挟む問題でもねぇか。とにかくそういう予定で動くから、死ぬ気で修行してもらうぜ?」
「了解、どんと来い」
「わたしも頑張るのです」
「うんうん、良い返事だねー。そんな二人にはコレを進呈しまーす」
そう言って渡されたのは、2枚のカード。俺と紗那が1枚ずつ受け取り確認してみると、そこにはそれぞれの名前と8桁の会員番号が書かれており――裏面には『魔法協会登録済』と言う字がうっすらと浮き出ている。
「気付いたか。それの表面はただの『エルシア』の会員カードだがな、魔力循環しながら見ることで裏面の
「自分が登録済の魔法使いだって証明したい時はー、しっかり裏面も見せなきゃダメだよー」
「また新しい単語なのです。今時の魔法使いになるのは大変そうなのです」
「そっちはゆっくり教えていくよー。とりあえず今日はー、思いっきり遊んでおいでー」
「「デート!!」」
「おう。俺たちはまだやることがあるから、二人で楽しんでこい。ほれ、こいつをレンタル料や飯代にしろ」
ほれ、と軽い感じで出されたのは、まさかの一万円札だった。小遣い感覚で出していい金額じゃないんだけど。金銭感覚おかしいんじゃないのこの人。
「余っても返さなくていいぜ。二人で必要なもんを買う時にでも使え」
「い、いえ、さすがにそれは……ちゃんとお返しするのです」
「いいのいいのー。こう見えて私たち、特にえんちゃんは山ほど稼いでるからねー。返されるよりー、そのお金でさなちゃんが楽しく遊べた方が嬉しいかなー?」
「うぅ……は、はい。全力で、遊びに行ってくるのです」
「うんうん♪ それじゃあ、さなちゃんは協会を出たら循環を解いてねー。逆にけんちゃんはずーーーーっと循環し続けるんだよー?」
「うぃっす」
今からデートではあるものの、俺は一足先に修行開始のようだ。まあ、たった3日で今の紗那に追い付かなきゃいけないんだから、時間は無駄にできないからな。
とは言え、それはそれ。初デートなんだから、修行しつつも全力で楽しまないとな。
「それじゃあ、紗那」
「はい。初デート開始なのです!」
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