第19話 キャパオーバー

「結局、わたしは母様たちに何をさせられるのです?」


 戸惑いがちに口にされた紗那の言葉に、俺たちは揃って唸ってしまう。

 播男という厄介者を大人しくさせるために紗那と結婚させるというのは、腹立たしいが目的としては理解できる。しかし、それなら別に協会の目から紗那を隠すような真似をする必要はない。

 逆に協会の目を盗んで悪事に手を染めるのだとしたら、播男と無理矢理結婚させる意味がわからないのだ。


「正直まだ何もわからないってのが結論だけどー、このままにはしておけないよねー?」

「ああ、じゃなきゃ紗那が結婚させられちゃうし」

「うん、と言うわけで今日の目的その1、協会に登録してみよー!」


 淀んだ場の空気を塗り替える明るい声で、飯野さんは2枚の書類を取り出し俺たちに渡してくる。

 受け取ったそれには氏名や住所などの個人情報を書く欄があり、レンタルビデオ屋の会員カードを作った時に書いたものとよく似ていた。

 魔法使いらしさ皆無……と思いながら全体を流し見していると、最後の欄の下――余白の部分が妙に多いことに気付く。

 いや、それは余白ではない。何かの文字がうっすらとだが浮き出ているのだが、ハッキリとしたことはわからない。


「なるほど……魔力を注ぐと、こうなるのです?」

「どういうこと? 魔力を注ぐ?」

「その前にー、魔力循環をもっと早くできるー?」

「もっと早くって、今でも必死なんだけど……」


 それでも試すだけならタダだと試してみる。

 けれど、早く早くと念じてみても特に変化はない。

 ならば……羞恥心は一旦横に置き、目を閉じ顔を右手で覆う厨二病のポーズで、手の平から莫大な量の魔力を流し込むイメージに切り替える。

 空気中にある魔力を次々と取り込み、流し込む……くっ、これ以上は俺の体が耐えられない……! だが、こんなところで屈してなるものか! 俺は限界を超えたこの力を必ずや扱いきってみせる!


「ねーねーさなちゃん、なんかけんちゃんがブツブツ言ってるけどー、これなにー?」

「黒歴史の発掘中なのです。これが先輩の上達の秘訣なのです」

「実際に循環の速度が上がってるから何とも言えねぇな。いや、そうでなくても痛々しくて何とも言えねぇんだけどよぉ」


 一旦横に置いていた羞恥心が帰還したのか、恥ずかしすぎて心が折れそうだ。

 しかし、その甲斐あって俺の体内を循環する魔力の速度は、確実に上がっていた。


「さす先なのです。その速度を維持しながら、手元の紙に魔力を注ぐのです」

「うへぇ、キツいな……」


 今は循環を維持するのに120%の意識を割いているので、正直それ以外のことをするのはかなりしんどい。

 1時間正座して痺れた足で空気椅子を維持するような無茶振りだが、これも紗那の愛ゆえの無茶振りだと思えば、不思議と力が湧いてくる。


「ぐぬぬぬぬ……! あ、無理! 無理だこれ!」


 循環速度を上げ、扱える魔力量も増えたまでは良かったが、それを体外に移動させるという行為は思ったよりもしんどかった。

 愛の力で何とかなるかと思ったけど、現実は厳しく、キャパオーバーを起こした俺は魔力の操作ができなくなり、その場にへたりこんでしまう。


「惜しかったな。まあ、そんでも魔法使い歴2日がこれだけできりゃ、十分すぎるレベルだぜ?」

「です。先輩ならきっと、明日にはできるようになるのです」

「マジかよ……明日の俺すごいな」


 正直今の段階では全くできる気がしないんだが、地道に魔力循環を続けていれば片手間にできるようになるんだろうか?


「つか、今日の俺にできないなら、今は協会に登録できないってことだよな?」

「ううん、最後のこれは実力を図る目安にするだけだからー、今は読めなくても大丈夫だよー」

「目安?」

「おう。賢一にわかりやすく例えるなら、異世界モノで魔力量を調べる水晶みたいなもんだ」

「あぁ、あのよく壊れるやつか」


 異世界を舞台にした作品には、冒険者や学園の生徒の魔力量を調べるために特殊な魔道具を用いることがよくある。

 例外はあるが、大体は水晶のような魔道具で、魔力量によって光ったり色が変わったりという反応を見てランク分け、またはクラス分けなどがされる。

 そしてそんな作品の主人公は大体規格外なので、魔力を調べようとすれば、あまりにも膨大な魔力量に魔道具の方が悲鳴を上げて壊れてしまうのである。


「この紙は特殊でな、ある一定の魔力循環ができねぇと文字を見れねぇんだよ。さっきお前はうっすら見えるっつったけど、それの下にもまだ隠れてる文字があって、これをどれだけ読めるかで登録時の実力は大体このくらいってわかるようになるわけだ」

「なるほど把握。でも、それがわかって何になるんだ?」

「実力がわかれば、それに応じた仕事を協会が頼めるようになるだろ?」

「ああ、そう言うことか。で、この紙は魔力を注ぐことで――」

「光りも破れもしねぇ。一枚一枚手作りで貴重だからな。限界を越えると魔力を放出するようにできてる」

「それいる?」


 貴重なのはわかるけど魔力を放出するようにする手間が余計じゃない?

 その工程をなくせば生産ペース上がると思うんだけど。


「まあいいや。とりあえず書けばいいんだな?」

「おう、それが終わったらちょっと今後の方針を話すぞ。終わる頃には二人の身分証もできるだろうしな」

「その後は自由時間だよー。あんまり遅くなるとダメだけど、夕方くらいまでなら遊んできていいからねー」

「デート!」

「なのです!」


 ご褒美タイムをちらつかされた俺たちは、すぐさま記入欄を埋めていく。元々書くことは少なかったけれど、目の前にぶら下げられた人参を求めて1分で書き上げる。


「うんうん……うん、オッケー♪ じゃあ私はこれを提出してくるからー、後はよろしくねーえんちゃん」

「おう、頼んだぜちーちゃん」


 飯野さんは俺たちが書いた登録用紙を持って部屋を出ていく。

 これで後はカードができるまで作戦会議をして、デートだ。

 紗那との初デート、絶対に思い出に残るデートにしてやらなきゃな。

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