第18話 高まる疑惑

 飯野さんの脅しに屈して後を追うと、すでにおっちゃんが協会の受付嬢と話をしているところだった。

 これがアニメやマンガなら獣人の受付嬢が登場するシーンだけど、さすがにリアルにそれは無い。普通の、キレイなお姉さんだから文句は0だけど。


「それではこちらが会議室の鍵と、頼まれていた資料になります」

「おう、サンキューな」


 俺と紗那が会話を交わすこともなく、受付嬢のお姉さんとはお別れだった。

 酒場が無いから飲んだくれてたり、新顔に絡んできたりする魔法使いも居ないようだし……なんだか肩透かしを食らってる感じだ。

 しかし、壁側に依頼書のようなものが貼られた掲示板が置かれており、冒険者ギルドっぽくてワクワクする。


「会議室はこっちだよー。着いてきてねー」


 飯野さんに言われるがまま、俺たちは先頭を歩くおっちゃんの後を追う。

 協会のエントランスは20畳ほどの広さがあり、その中に受付と魔法使いたちがたむろするテーブル席がいくつも設置されている。

 そんな場所から伸びる廊下を進むといくつもの部屋があり、その内の一つのドアの鍵をおっちゃんが開ける。

 会議室Aというプレートのかかったその中にぞろぞろと入ると……おっちゃんたちの魔力反応が突然消えた、しかしすぐにまた感知できるようになる。


「んん? 今のってもしかして……」

「また結界なのです?」

「正解ー。他にも防音の魔法もかかってるから、どんなに大きな声を出しても聞かれないよー」

「千歳お姉様! その魔法を伝授してほしいのです!」

「んふふー、だーめ♪」

「そんな……意地悪しないでほしいのです」

「ごめんねさなちゃん。でも意地悪じゃなくてー、ルールで決まってることなんだよー」


 ルールとは? という視線をおっちゃんに向けると、珍しくまともに答えてくれるらしく、すんなり口を開く。


「まず、魔法とは非常に危ねぇもんで、使い方次第では安易に人の命を奪うことができる凶器だ」


 そんなものを精神の未熟な者や危険思考の人間が手に入れれば、どんな大事故を起こすかわかったもんじゃない。 

 なので魔法は危険度により格付けがなされ、それを習得したければ協会の審査を受け、許可が降りてから覚えるのが飯野さんの言うルールなのだとか。


「え? でも、私はすでに魔法を使えるのです」

「おう、そうだけどなぁ、普通ならそれはあり得ねぇんだよ。ましてやこの辺じゃ名の知れた宗次郎の娘の存在を協会が見落とすわけがねぇ。だからこっちに来る前に嬢ちゃんのデータが無いか調べさせた。それがこれだ」


 そう言って俺たちに見せてくれたのは、先ほど受付嬢から渡されていた一枚の紙だった。

 原本をコピーしたその紙には、紗那の生年月日から家族構成、魔法使いとして登録された日のことまでも記載されていた。

 更に、過去の出来事は時系列に並べられており、10歳から修行を始め、1年後に魔力循環を習得したことなどが細かく記されており、これを見るだけで紗那が魔法使いとして過ごしてきた足跡を辿ることができる。

 ――しかし、それはある日を境にパタリと途切れていた。


「「本人の強い希望により……協会を脱退??」」


 思わずハモるほど意味がわからず、それでも根気良く読み進めてみると、どうやら紗那は魔法使いの物騒な世界に恐怖したので足を洗いたいと、一般人として平和に生きていきたいと頼み込んだらしい。

 その際、風見家からの強い後押しもあり、家族間で話がまとまっているならと、協会はこれをアッサリと承認。

 もし何らかの理由で魔法を使ってしまった場合、または協会の目を盗んで魔法を悪用している場合は状況次第で拘束しなければいけないため暫くの間は監視がついていたが、1年後には問題なしとして監視は切り上げられていた。

 

「あの、この……なんなのです?」


 意味不明すぎたせいか、紗那の語彙力の低下がヤバイ。

 でも気持ちはわかる。だってこれ、明らかに嘘だもの。


「嬢ちゃんが実は記憶喪失だったってオチじゃねぇよな?」

「違うのです。ここにある協会関係のこと以外は全部覚えているのです」

「ならやっぱり捏造ー?」

「です。わたしは本当に協会のことを知らなかったのです」

「だがなぁ、協会の資料ってのはかなり信憑性が高いもんだ。例え俺たちには嘘に見えてても、これを突きつけられたら、嬢ちゃんはもう魔法使いとして生きることを拒否しているようにしか見えねぇ」


 協会のことを今日初めて知った俺と紗那にはわからないが、普通の魔法使いには捏造でも鵜呑みにしてしまうほどの信頼を得ているんだろう。

 ギルドでもそうだもんな。疑う奴は0と言ってもいい。


「協会に登録されていたんだから魔法を使えるのはわかる。嬢ちゃんと少し話しただけの俺でもコレが嘘っぱちだってのもわかる。そうなるとこの資料は誰が何のために捏造したのか、それがわからねぇ」

「それでも一つわかることはー、この件には間違いなく風見家が関わっているってことだねー」


 その言葉を聞いて最初に浮かんだのは、紗那が外出時の魔力循環を禁じられていることだった。

 結界を張っている自宅でのみ修行をし、外出時――結界の外では魔力循環を一切しない。そんな言いつけを律儀に守れば、の話だが、紗那は律儀に守ってしまう子だから、魔力循環で判断する魔法使いには、一般人として生きることを望んでいるようにしか見えない。


「魔法使いにバレたら襲われる、だっけ? もしかしてあれも紗那に魔法を使わせないように?」

「だろうな。そもそもそんな物騒なのは第二次世界大戦までの、協会がまだ存在しなかった頃の話だ。魔法使いが一丸となってりゃ負けなかったっつー後悔から協会が出来たと言うが、まあその話はまた今度な」

「あいよ」


 一丸となってても無理だろというツッコミはともかく。そのおかげで物騒な常識が廃れたのは良いことだ。

 けれどわざわざ嘘……ではないが、昔の常識を引っ張り出してきた理由はなんだ? 風見家は一体紗那に、協会に何を隠しているんだ?

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