第17話 巣窟

 スパランド『エルシア』の入場料は、大人500円、学生300円、子供200円と、非常に財布に優しい格安設定だ。

 プールや温泉の広さから種類の豊富さを考えるとあまりにも安すぎると思っていたんだが、魔法使いが絡んでいるのならそれも納得だ。きっと売り上げ以外にも、魔法使いとして稼いだ資金を使って運営しているんだろう。

 それこそ、赤字続きの『焔』を維持するおっちゃんのように。


「よぉ、お疲れさん。今日はコイツらも一緒だ」


 そのおっちゃんは何かのカードを受付の人に見せてから、俺と紗那を指差した。水野三姉妹とのやり取りを見ていたからか、受付のお姉さんは特に問題視せずに、かしこまりましたとだけ口にして頭を下げる。


「おっちゃん、何それ。年パス、じゃないよな?」

「おう。これは身分証だ、のな」

「けんちゃんとさなちゃんも今日中に作っちゃおうねー」


 遅れて飯野さんも胸元から取り出したカードを受付見せる――って、どこに仕舞ってるんですかお姉様。


「もしかして、それがあればタダで遊び放題?」

「入場料だけな。他は全部有料だから気を付けろよ……っと、行くぞ、こっちだ」

「え?」


 おっちゃんがこっちだと指差したのは、プールや温泉のある方角とは逆だった。

 そっちは突き当たりで、確か関係者以外立ち入り禁止というプレートがかけられたドアと、その前に立つ警備員がいるくらいだったはずで……


「……あ。関係者って、まさか魔法使いのこと?」

「その通りー。ちゃんと循環してないと通れないからねー」


 なるほど、魔力循環で魔法使いかどうか判断するわけか。

 確かにそれなら、例えば一般人が知り合いを装って入ろうとしても、魔力循環ができていなければ嘘だと判別できる。

 そしてそれができるのは魔法使いだけなので、警備員ももれなく魔法使いということになる。

 そうなると何故『エルシア』にこれだけの魔法使いがいるのかという話になるのだが、その理由は、俺たちが連れてこられたことを踏まえて考えると、たった一つしかない。


「つまり、ここは協会だったんだな?」


 その俺の予想に、おっちゃんと飯野さんはしっかりと頷き、肯定してくれた。


         ○●○●○●


 警備員に止められることなく協会の入り口――関係者以外立ち入り禁止のドアを通ると、そこは5畳ほどの広さしかない小部屋だった。

 一瞬呆気に取られるものの、中にはまた別の部屋に通じるドアがあり、その前に警備員Bが待機しているではないか。

 これならもし警備員Aが突破されても協会のことが露見することはないし、例え警備員Bが突破されたとしても、その分の時間稼ぎができるわけだ。


「通るぜ」


 おっちゃんのその一言で警備員Bがドアを開ける。

 なんかVIP対応で、こっちまで偉くなった気分だな。


「今度は、通路?」


 第二のドアの先にあったのは大人二人分くらいの幅しかない通路で、しかも20メートルほどで行き止まりになっていた。

 しかし、近付いてみるとその手前に地下へと続く階段があり、そこから人の話し声が僅かに聞こえてくる。


「この下が目的地の魔法協会第8支部だ。何か質問はあるか?」

「ハイハイ、第8支部ってことは、他にもあるんだよな?」

「おう。日本だけでも50はあるし、世界中なら数百ってところだ。まぁ、俺らが外国の魔法使いと関わることはほとんどねぇけどな」

「さなちゃんは何かあるー?」

「あ、はい……では、この先から全く魔力の反応がしないのは、どういう仕掛けがあるのです?」


 その言葉につられるように、俺は地下の魔力を探る。

 しかし、半径1メートルほどの範囲しかわからない俺には何の手応えもなく、諦めるしかなかった。


「んんー? どうやったらそんなに遠くまで探れるんだ?」

「これは自分の魔力を円、または線の状態に薄く長く伸ばして魔力の反応を探しているのです。ただ、伸ばすだけではなく維持しなければいけないので、今の先輩には難しい技術なのです」

「昨日なったばかりの魔法使いとしては循環できるだけで優秀なんだけどねー。私たちと同じことをしようとするなら、まだまだ修行が足りないかなー?」

「修行……か。それってとりあえず循環をし続ければいいの?」

「おう。基礎中の基礎だが、かけた時間がそのまま実力に変わる重要なものだ。、循環はガキの頃から四六時中やっていてしかるべきで、それを止めるってことは、よほどの理由がなきゃ、弱いままで良いと言っているようなもんだ」


 魔力循環の重要性を語ってくれたが、おっちゃんの最後の言葉は紗那に向けられたものだった。

 紗那もそれはわかっているようだが、これまで教えられてきたことを否定され、えも言われぬ表情を浮かべている。


「別にさなちゃんを責めてるわけじゃないからねー? そういう風に仕組まれていたって言いたかっただけだよー?」

「……はい。色々と思うところはあるのですが、わたしもまだまだ、先輩と一緒に強くなっていけると、前向きに考えることにするのです」

「紗那……ああ、そうだな! 一緒に強くなっておっちゃんたちに追い付こう」

「ハハッ、そりゃいいや。その時は俺らも楽させてもらうか、ちーちゃん」

「うんうん、二人に任せてデートしよー♪」

「丸投げはやめて! つか仕事しろ!」


 この二人がやるような仕事を丸投げとか死ねと言ってるようなものだろ。

 大体、俺と紗那が頑張ってる時に、あの二人は今頃デートを楽しんでいるのかーとか思ったら、やる気がなくなるのは間違いない。


「っと、まだ質問に答えてなかったな。この下から魔力反応が無い理由だったか」

「それはねー、ここから支部全体に結界が張ってあってー、中からも外からも魔力が漏れないように遮断しているからだねー」

「結界……そんな魔法があるのです?」

「おう。この結界で家を覆って中の様子を探られないようにする場合もあってな、風見家も確かそうだったはずなんだが……家の中でしか修行が出来ないんなら知らなくても仕方ねぇな」

「最初はびっくりするけど、すぐに慣れるから肩の力抜いてついてきてねー」


 そう言っておっちゃんと飯野さんは階段を下りていく。

 その後を追って階段を半ばほど進んだその時、俺の狭い索敵範囲にまだ居るはずの紗那の魔力反応が一瞬で消えてしまう。


「紗那――は、居るよな? あれ、でも全然紗那の魔力が感じられないんだけど?」

「わたしも同じなのです。つまり、ここに見えない結界の壁があるということなのです」


 俺の後ろ、三段ほどの間を空けて立つ紗那が、そこにあるだろう結界に触れるように宙を撫でる。


「ここにあるはずなのに、全くわからないのです。でも、この先からは不自然なほどに、空気中の魔力すら感じられないので、結界があるのはバレバレなのです」

「なんだ、じゃあ例えば俺の家に結界を張っても、この家のやつは魔法使いだって教えてるようなもんか」

「です。そしてこれまでの話から推測すると、協会に登録している魔法使いは家バレしても問題無いのですが、未登録の者の家屋に結界が張ってあると、中で怪しいことをしていますと教えているようなものなのです」


 そう考えると現時点では使いにくい魔法だな。

 もし登録をしたとしても、新参者の家はここかと絡みに来る奴が居ないとも限らないし。


「今のところは縁の無さそうな魔法だな」

「です。それではわたしも…………ッ!!?」


 紗那は警戒しながら慎重に階段を下りる。

 そして結界の中に入る位置まで来たところで、紗那の目が大きく開き、じわりと額に汗が滲んだ。


「なるほど……これは早く慣れないと心臓に悪いのです」

「えっと、今はどういう状況?」

「結界を抜けた途端、魔力反応を一斉に20ほど感知したのです」

「えっ、何それ怖い」

「とにかく今は急ぐのです。わたしたちはすでに感知されているので、立ち止まっていたら変に注目を集めてしまうのです」

「もう手遅れだと思うけど、行くか」


 すでにこっちの様子を窺っているだろう魔法使いたちを刺激しないように、今度は二人揃ってゆっくりと階段を下りる。

 そして最後まで下りきると、そこはホテルのエントランスのような広い空間が視界に飛び込んできた。


「ここが協会……うぉ、メッチャ見られてる。もしかしなくても、ここに居る人全員が魔法使い?」

「です。『エルシア』はリア充の巣窟だと思っていたのですが、魔法使いの巣窟でもあったのです」

「ホントそれ」


 俺たちを不躾に見つめる人たちの年齢層は、20歳~40歳といったところだろうか。

 意外と若い人が多くて、物語に出てくるようなローブを着た白髪のおじいさんのような人はいないのはちょっと残念。


「何だか……思ったより強くないのです」


 おっとここでマイハニーから過激な発言が飛び出したー!

 近くにいた数人に聞こえたのか、こっちを睨み始めたぞー!?


「紗那さんや、ケンカを売るような発言は良くないよ?」

「はい? ……あ、違うのです! 皆さんわたしよりも強くて、自信をなくすレベルなのです!」


 おっと、睨んでいた人たちが『わかってんじゃねーか』とばかりに何度も頷き、笑みを浮かべている! チョロいぞ!


「ですが……大将さんや千歳お姉様と比べると数段落ちるので、つい今のような言い方をしてしまったのです……」


 おや? チョロい人たちが急に視線を逸らして明後日の方向を見始めた。『ソコと比べんじゃねーよ……』とでも言いたげな苦々しい顔をしているぞ?


「よくわかんないんだけど、例えば俺を1としたらみんなはどれくらい強いの?」

「先輩が1なら……? えっと、わたしを10として……周りの方々は大体20~25くらいなのです。そして千歳お姉様は35、大将さんは50くらいなのです」

「ぶっちぎりじゃん!?」


 そりゃ紗那もあんまり強くないって言っちゃうよ!

 つか、おっちゃん50って、そんなにヤバイの?


「大将さんもそうなのですが、千歳お姉様もすごいのです。力ずくでこられたら朝チュン不可避なのです」

「予測可能回避不可能とかタチが悪いなあの人!」

「こらー、早くこないと食べちゃうぞー?」

「ヒェッ……」


 食べるって性的にですよね?

 しかも俺じゃなくて紗那を食べちゃうんですよね!?


「朝チュンが現実になるのです……」

「させはせん! させはせんぞーー!!」

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