第16話 エルシア三姉妹
「着いたぞ。話はまた後でだな」
70年以上前の魔法使いの常識。そんな気になる単語の説明もまた後回しにされてしまったの巻。
もうちゃんと説明されることを期待しないでおこうと心に決め、どこかの駐車場で止まった車を降りると……目の前に広がる予想外すぎる光景に、俺は思わず二度見した。
「え? ここ? マジで??」
「驚くのも無理ねぇが、間違いなくここだ」
「けんちゃんとさなちゃんも名前くらい知ってるよねー? スパランド『エルシア』はCMでもやってるしー」
スパランド『エルシア』、それはスパ――所謂、プールや温泉があり、老若男女誰もが楽しめる癒しの場だ。
駐車場だけで高校の運動場くらい広く、恐らく総敷地面積は高校の3~4倍はあるだろう。
中ではプールと温泉以外にも、食事やリラクゼーションを楽しめるのだから、この広さにも納得だ。
「目的地って『エルシア』かよ……」
ここは俺も両親に連れられて何度か来たことはあるし、なんなら去年の夏に電車に乗って友達と来た。温水プールもあるので一年中遊べるから、テレビでも一年中、嫌と言うほどに見たことがある。
ここはこの周辺に住んでいる人は必ず知っているし、絶対に一度は遊びに来たことがある、地元民御用達の場所なのだ。
「ここは……! 初めて来たのです!」
――しかし、まさかの初体験がここにいた。
ああ、そんなに目をキラキラさせて……昔の俺もこれくらい喜んでいたっけな。
「え? さなちゃん、来たことなかったのー?」
「です。行きたいと頼んだことはあるのですが、遊んでないで修行しろと言われて……でも、今日来れて良かったのです!」
「嬢ちゃん、喜んでるとこ悪ぃが、別に遊びに来た訳じゃねぇぞ」
「え……違うのです?」
「当たり前だろ……なんでこれまでの流れで遊びに来たと思ったんだ?」
「うぅ……初めて来れたので嬉しくて……勘違いしちゃったのです……」
おっちゃんの残酷な言葉を聞き、紗那の満面の笑みが一気に萎れてしまう。
期待してしまっただけにその落差は凄まじく、今にも儚く消えてしまいそうな姿を見ているだけで、俺の心はナイフで抉られているかのように痛くてたまらない。
「上げて落とすとか鬼畜の所業かよ!? 紗那がこんなに楽しみにしてんだから遊ばせろよこの野郎!!」
「けんちゃんって、さなちゃんのことになるとキャラ変わるねー……」
「先輩……いいのです。遊べないのは非常に残念なのですが、機会はまだあるのです」
「っ、そうか、だったら今度俺が連れてきてやるよ。デートしようぜ紗那」
「デート……!? う、嬉しいのです……あ、でも、わたしは学校指定の水着しか持ってないので、デートで着る水着がないのです……」
「大丈夫、レンタルもやってるから、もし今日遊ぶことになっても、可愛い水着が着られるぞ」
「すごいのです、『エルシア』はユートピアなのです!」
「そうだ! 例え今日遊べなくてもな!!」
「えんちゃん、けんちゃんがすっごい睨んでるよー?」
「……はぁぁ。わかったわかった。用事が済んだら遊ばせてやるから大人しくしてろ」
おっちゃんが俺の熱意、もといしつこすぎる催促に折れる。
騒がしい俺たちをひそひそと見つめる人達の視線は気になるけれど、紗那が嬉しそうだから結果オーライだ。
「ほ、本当に良いのです? うぅ……嬉しいのです!」
「はぁぁ……喜ぶ紗那が可愛い……」
「お前……嬢ちゃんに甘過ぎじゃねぇか?」
「まだだ、俺はまだまだ紗那を甘やかしたい」
「逆にすげぇな」
だってこの世界は紗那に厳しすぎるんだから、俺くらいは目一杯甘やかしたっていいじゃないか。
「ハイハイ、時間がなくなっちゃうからパパっと行くよー。ちゃんと循環しながらついてきてねー」
キリがないと呆れたのか、飯野さんは話をバッサリ切って魔力循環を促す。
先に俺が循環を始め、時代遅れらしい知識を持つ紗那は少しだけ躊躇するが、言われた通り魔力の循環を始める。清流を思わせる美しい流れに、また惚れ直しちゃいそうだぜ。
「そういや、よく見るとおっちゃんと飯野さんもヤバイな」
「あぁ? 今更かよ。もっと早く気付いてほしかったぜ」
「紗那ばっかり見てたから仕方ない」
「事実なんだろうが、真顔で言えるのがすげぇな」
「当然だろ?」
「けんちゃんの当然は平和でいいねー」
何やら呆れられているようだけど、そんな中でも二人の魔力は体内を目まぐるしく循環し続けていた。
淀みがなく、先程の紗那のようにいつ戦いが始まっても対応できそうな荒々しさを感じるが、決して威圧しているわけではない。
あくまで自然体の二人には、俺と紗那には無い、魔法使いとしての貫禄があった。俺たちが追い付くにはかなり時間がかかりそうだな。
○●○●○●
「「「いらっしゃいませー♪」」」
入店した俺たちを出迎えてくれたのは、CMにも出演している『エルシア』の看板娘とでも呼ぶべき三姉妹だった。
俺にとっては親の顔より見た回数が多く、過去に何度か話したこともあるけれど……
「(この人たち、魔法使いなのかよ……)」
半径1メートルの距離に入った途端感じた魔力反応に、思わず頬をひくつかせてしまう。
恐らく上から数えた方が早いおっちゃんには負けるものの、俺はもちろん、紗那よりも強そうな雰囲気を纏っている。
同じくあちらも俺と紗那に気付いたらしいが、誰だコイツという怪訝な顔を一瞬浮かべ、しかし隣にいるおっちゃんを見て、営業スマイルを向けてくる。
多分、おっちゃんが同行しているから問題なしと判断したんだろう。
「あんまりキョロキョロすんなよ?」
「そう言われても……こんなにたくさんの魔法使いに囲まれていると、落ち着かないのです」
「うぇ、そんなに居るのか?」
「です。まず店員は全員……あと、あっちで休んでるお客も魔法使いなのです」
紗那の言葉を聞いて改めて周りを見渡すと、確かに店員から客までが物珍しそうにこちらを窺っていて、非常に落ち着かない。
それは紗那も同じらしく、無意識にか手をぎゅっと握り、自身を落ち着かせようと深呼吸を繰り返していた。
「大丈夫だよさなちゃん。みんな見てるだけでー、別に襲われたりしないからねー」
「は、はい……」
「間違っても自分からケンカなんか売るんじゃねぇぞ。ここにはまだ一般人もいるんだからな」
当然と言えば当然だけど、ここにいるのは魔法使いだけではない。
入店して最初に訪れるここは、フロント兼休憩スペースとでも言うべきか、ただ料金を払うだけではなく、数多く設置されたソファでのんびり寛ぐことができる空間だ。
今も遊び疲れた人や待ち合わせ中の人が少なくとも20人ほどは確認でき、その中の9割以上は一般人だ。
こんなところで魔法合戦なんて始めたら、どれだけの被害が出るかわからない。
「(ん? でも魔法使い以外にも結構見られて……ああ、三姉妹目当てか)」
一般人の殆どは俺たちのことなんか見向きもしていないが、一部、遠目に看板娘たちをチラチラ見ている男たちがいた。
でも、これは仕方ない。だって有名人だし、何より『エルシア』が誇る看板娘たちはレベルが高い。
「こんにちは火野さん。この子達に自己紹介は必要かしら?」
「おぉ、まあ知ってるだろうが、一応な」
「はい。知っていると思うけれど、私は
三人組のセンターを飾る麻耶さんは、人気投票堂々の第一位。
170cmほどの身長に抜群のスタイルで、どこのモデルかと思えるほどに美しく、口元のほくろがセクシーでエロい。しかも巨乳。
「あたしは
明るく笑うこちらはフレンドリーにお客と接してくれる『エルシア』の元気印、水野さん家の次女、由紀さん。
小麦色に焼けた肌と八重歯が姉とはまた違った良さを引き出している、素敵な女性。そして巨乳だ。
「わたしは
丁寧に頭を下げるこの人は、男性からの支持層が圧倒的な三女の恵梨香さん。
この人を一言で表すなら、ロリ巨乳。これ以上の言葉は蛇足でしかない。
ちなみにCMでは三人とも水着姿や入浴シーンを披露しているが、今は『エルシア』のロゴが入った従業員用のジャージである。
だが、それでも豊満な胸が自己主張をしているため、眼福なことに変わりはない。
「な、生水野三姉妹なのです……ドスケベボディが過ぎるのです……」
「美味しそうだよねー♪」
アカン。こっちサイドのいけない人たちが暴走気味だ。紗那ならまだギャグで済むけど、飯野さんが絡むと洒落にならないからやめてくれ。
「あら? キミは、何度か見たことがあるわね」
「え? あ、はい。覚えてるんですか?」
「ええ、今思い出したわ。でも、前に見た時は魔法使いじゃなかったわよね?」
「ええ、その、はい。なんと言いますか……」
「おい、詮索は無しだ。この二人の身元は俺が保証する。それでいいな?」
「――はい。それでは、心行くまでお楽しみください!」
さすがプロと言うべきか、麻耶さんはすぐに営業スマイルを浮かべて対応し、由紀さんと恵梨香さんも笑顔に切り替え、俺たちを歓迎している空気を作り出した。
しかしその目は非常にドライで、厄介事には関わりたくないという雰囲気を漂よわせながら、サッと退散していった。
「おい、あんま迂闊なこと言うなよ?」
「ごめん。でも、説明しないそっちも悪いからな? 何も知らずに、何が良くて何が悪いかなんて咄嗟に判断できないって」
「まーまー、ちゃんと話すから早く行こー? ホントに遊ぶ時間がなくなっちゃうよー?」
「え……ここまで来て、遊べないのです?」
「行くぞおっちゃん! 説明なんか後回しでいいから!」
「だからお前……嬢ちゃんに甘過ぎんだろ……」
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