第15話 蚊帳の外

「おう、戻ったぞ……って、なんだぁ?」


 飯野さんの話が終わってすぐ、家の前に車が止まる音がしたと思ったら、おっちゃんが帰還した。

 熱い話を聞かされたばかりなので、俺は顔のにやけを止められなかった。


「おっちゃん、結婚式には呼んでくれよ?」

「あぁ? ……ちーちゃん? まさかお前……」

「えへへー、教えちゃったー」

「……まぁ、構わねぇが、あんまり言いふらすんじゃねぇぞ」

「わかってるよー。で、式はいつにするー?」

「さぁな」

「ぶー、えんちゃんのいけずー」


 ぶっきらぼうに返されるも、飯野さんは特に気にした風でもなく、楽しそうに笑う。きっと、こういうやりとりは日常茶飯事なんだろう。

 少し前なら爆発しろと言うべきシーンだが、心穏やかに見守れるのは、俺も彼女持ちになって一皮剥けたということなんだろう。


「バカやってねぇで行くぞ。賢一、嬢ちゃん、そのままでいいからついてこい」


 真面目モードに戻ったおっちゃんに促され、俺たちは荷物も持たずに外に出る。

 そして、おっちゃんは家の前に停めてあった、稼いでいるくせにあんまり高くなさそうなファミリー向けの車に乗り込む。飯野さんは当然のように助手席だ。

 少し遅れて俺と紗那も乗り込むと、おっちゃんは何も言わずに車を走らせ始める。コミュニケーション不足が過ぎると思うんだよね、俺。


「それで? これからどこに行くんだ?」

「おう、それは――あぁ? 嬢ちゃん、どうした?」

「えっ? ど、どうもしていないのですが」

「だったら、なんで魔力循環を?」


 その言葉が気になり紗那の魔力を調べると、確かに循環がピタッと止まっていて、魔力だけで見るならそこらの一般人と同じになっていた。

 っていうか俺また循環止めちゃってたよ。無意識で24時間とか無理じゃね?


「さなちゃん、いくら私とえんちゃんが一緒だからって、油断しちゃダメだよー?」

「油断? いえ、した覚えはないのですが……」

「あぁ? 何言ってんだ嬢ちゃん。現に今、循環してねぇだろうが」

「?? わたしはまだ半人前なので、外出時に魔力循環を止めるのはなのです」

「「……はい?」」


 紗那の答えが理解できなかったらしく、おっちゃんと飯野さんは揃って間の抜けた声を漏らす。

 これはまた後出しの魔法使いルールかもと思ったけれど、それならおっちゃんたちが知らないのもおかしな話だ。

 あ、高速道路に入った。案外遠くに行くみたいだな。


「なあ紗那、外出時って言うけど、部室や俺の家でも循環してたよな?」

「あれはとても危ない橋を渡っていたのです。……いえ、実際大将さんにバレたのでアウトなのですが、もし別の魔法使いだった場合、わたしたちはマークされ、一人になったところを襲撃されるのです」

「それ魔法使いじゃなくて暗殺者じゃない?」


 ってか物騒すぎだろ? 協会は何やってんだ、仕事しろ!


「ねーえんちゃん。それってさー」

「おう……こりゃキナ臭くなってきやがったぜ」


 大人組は紗那の話に思い当たる節があるようだけど、当然俺にはちんぷんかんぷんだ。ちゃんと説明してくれないと、そろそろ泣いちゃうからな?


「嬢ちゃん、そのの話を教えたのは、宗次郎か?」

「いえ、父様は家にいないので、魔法のことや最低限知っておくべき常識などは母様や姉たちから教えてもらっているのです」

「アイツらか。そうか、なら否定できねぇな……」

「性格悪いよねー。私ちょっと我慢ならないなー」

「同感だ。こうなったらアイツらを播男もろともぶっ潰してやるぞ」

「おー! ぶっ潰そー!」


 二人が物騒な意気投合をする中、車はもう高速道路を降りて一般道路を走る。目的地は案外近いのかもしれないが、未だに行き先を聞かされていないのはもう諦めるしかないな。


「それは……風見家を敵に回すということなのです?」


 感情の抜け落ちたその声に、俺は恐怖で背筋を凍らせた。

 その間、自ら止めていた魔力を操作し、超スピードで循環を始めた紗那が臨戦態勢を整えるまでわずか2秒。

 車内に漂う空気は一気に不穏なものになり……しかし、大人組はそんな空気をものともせずに溜め息をつく。


「撤回してほしいのです。でなければ、いくら大将さんと千歳お姉様だとしても、許さないのです」

「ちょっ、なにケンカ売ってんの紗那!? やめとけって!」

「実力差はわかっているのです。ですが、わたしも風見家の者として、せめて一太刀くらいは与えてみせるのです」

「玉砕覚悟ってか。あんなヤツらのために? 正気じゃねぇな」

「おっしゃる通り、母様は自堕落で、長女は女王様気取りの自称S(笑)で、次女は頭と股がユルいギャルビッチですが、それでもわたしの家族なのです」

「いやそこまでは言ってねぇよ……」

「鬱憤が溜まってるんだねー……」


 おっちゃんたちを敵に回しても守る相手がコレとか死んでも死にきれないラインナップだ。しかもエロゲ好きの三女まで充実しているとか、やべぇな風見家。濃い血筋だぜ。


「あー、とりあえず誤解が三つある。一つは、別に風見家を物理的に潰す気は一切ないこと。そんなことしたら俺らが協会に潰されちまうからな」

「二つ目はー、さなちゃんの立ち位置? かなー? 播男との結婚を進める風見家に逆らってる時点で、さなちゃんは風見家の敵に回ってるからねー?」

「なっ……!?」


 自分がすでに家の敵に回っている。その事実に気付かされた紗那は、明らかに動揺し始める。

 酷い扱いを受けていても、それでも風見家の三女であることに間違いはない。ならば今回の結婚回避も、例えこっぴどく叱られたとしても、敵対したと捉えられる可能性なんて0だと高を括っていたんだろう。


「わ、わたしは、そんなつもりは……」


 美しいとさえ思った魔力循環は、俺のそれと大差が無いほどお粗末に乱れてしまい、見る影もない。

 それはこの件が発覚した場合、家族に敵と判断される可能性の方が高いと理解してしまったからなのかもしれない。

 『そんなことはない』と口に出せるだけの愛を注がれていたら、瞳を潤ませ震えることもなかったはずなのに。


「……俺は紗那の味方だからな」


 優しく体を引き寄せると、紗那は視線を俺に向ける。


「家族は特別だからな。俺じゃ代わりにならないかもしれないけど、こんなので良ければ紗那の傍から絶対に離れずにいるよ」

「……」

「家族として愛されなかったら、その分俺が紗那を愛してやる。だから自棄やけになる前に、俺のことを少しでもいいから思い出してくれよ」


 おっちゃんたちに一太刀入れると言うのは、自殺と変わらない。例え殺されなかったとしても、何かしらの傷を負うのは間違いない。

 そんなことになれば、俺は自分が何をしでかすか自分でもわからない。


「嬢ちゃん、頭は冷えたかよ?」

「……はい。ご迷惑をおかけしたのです。先輩、もう大丈夫なのです」


 馬鹿なことはしないからと、紗那は抱き寄せる俺から逃れようとする。

 しかし、俺はそれを無視して更に強く密着する。


「うぅ……」


 逃がすつもりはないことを察したのか、紗那は照れくさそうにしながらも体重を預けてくる。そんなやり取りをミラー越しに見ていたおっちゃんは、にやつきながら話を戻す。


「そんで三つ目だがなぁ、これが一番タチが悪ぃ。まさかとは思ったが、これまでの言動でまず間違いねぇ」


 そう前置きをしてから口に出された言葉に、俺と紗那はしばらく開いた口が塞がらなかった。


「嬢ちゃんが教えられた常識は、今から70年以上前に蔓延していた、時代遅れの常識だ」

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