第13話 お姉様

 篠原播男に殺されかけた。

 そんな辛い過去を明るく話され、俺はどう答えてあげれば良いのかわからず口を閉じる。


「あ、コレが気になるー? でも顔だけじゃないよー? 体も傷だらけでボロボロなのー」


 黙った俺を見てそう誤解した彼女は、肩、胸、お腹、太ももを順番に指差していく。それはつまり、その場所にも播男につけられた傷痕が残っているということで……今でこそ明るく振る舞っているが、当時はどれほど絶望したのか想像もつかない。


「あはは、引いたー?」

「あ……いえ、辛かったんだろうなって思って。全然引いてはないです」

「ホント? なら良かったー。けんちゃんは良い子だねー、えんちゃん」

「おう。だてにあいつらの息子やってねーよ」

「だねー。あ、私はけんちゃんのご両親とも知り合いだから、決して怪しい人じゃないからねー」

「はぁ、まあ、おっちゃんの知り合いなら面識はあるのかな……?」

「うんうん。じゃあ改めて自己紹介しとこっかー。私は飯野千歳、28歳。たまに『焔』でバイトしてまーす。胸のサイズはE、好きなものは百合と可愛い女の子! 絶賛彼女募集中の、傷だらけの乙女とは私のことだー♪」

「待って情報密度が濃い」


 胸のサイズとか傷だらけの乙女とか平然と言えんの!? それに『焔』でバイト!? ってか百合!? さっき言ってた同じ穴の狢って、この人のことなのかよ!?


「E……! 名は体を表すとはこのことなのです!」


 こら紗那、ソコに反応するんじゃありません。ごくりと唾を飲むのも禁止!


「えんちゃんとは播男の件からの付き合いでねー、色々良くしてくれてるし、何より趣味が一緒だからちーちゃんえんちゃんって呼び会う仲なんだよー」

「はぁ……?」

「うん。火野炎治ひのえんじだからえんちゃんだよー」

「カッケーな!?」


 ずっとおっちゃん呼びだったし、父さんも名前で呼んでなかったから初めて知った! でも似合わねー!


「で、今日は賢一に会わせるため連れてきたんだがな、お前とは違う魔力反応がしたもんで、くだんの奴がいると睨み、逃がさねぇように外で待機してもらってたわけだ」

「そしたら今度は話し合いをするって言うからー、一旦家の中で隠れて聞いてたのー」

「マジか……全然気付かなかった」

「魔力循環を止めてたからな。嬢ちゃんも気付けなかっただろ?」

「です……けれど、助かったのです。頭に血が上って、取り返しのつかないことをしてしまうところだったのです」


 飯野さんの登場で頭が冷えたからか、紗那は右手の魔力を霧散させる。すると部屋中の魔力から感じた絶望が薄れていき、10秒もすればいつもどおり……というほど魔力が在る空気に慣れてはいないが、何もない、平穏な空気に戻っていった。


「ふぅ……ひやひやさせんなよ嬢ちゃん」

「すみません。先輩も……ごめんなさい」

「うん……でも、辛かったもんな。しょうがないよ」


 逆の立場なら、俺も同じことをしたかもしれない。そのくらい残酷な立場に立たされているんだから、ついカッとなってしまうのもしょうがない。


「でも……しょうがないけどさ、紗那が死ぬかもって思ったら、本気で怖かったんだ。今も想像するだけで怖くて泣いちゃうそうなんだよ」

「先輩……んっ……」

「もう、これっきりにしてくれよ? 俺、紗那がいないと寂しいよ」

「うぅ……は、はい。二度と馬鹿なことは……はぁ、しないのです」

「……あの、飯野さん。今結構いいところなので邪魔しないでくれません?」


 紗那が生きていることを喜びあっているというのに、飯野さんは空気を読まずに糸で紗那の体をがんじがらめにしていた。

 ただぐるぐる巻きにするなら、まだいい。でも、どうやっているのか、段々といやらしい縛り方になっていて……確かこういうのを亀甲縛りと呼ぶんだっけ?


「んふふー、さなちゃんが可愛すぎてついー♪」

「『つい』で人の彼女に何してくれてんですかあなたは。ごちそうさまです!」

「何言ってんだお前……おいちーちゃん、話が進まねぇだろうが」

「ごめーん。じゃあお詫びにー、見ててねーえんちゃん」

「あぁ?」


 飯野さんは糸を解いた後、いぶかしむおっちゃんに構わず紗那に近付く。

 何をされるのかと身構える紗那だが……悲しくも目の前に現れた巨乳に抗えず、警戒心0で凝視してしまった。

 そして、飯野さんがギュッと抱きつき巨乳を押し付けると、その感触を――乳圧を顔いっぱいに味わった紗那の顔はだらしなく蕩けていく。


「ふわ……嗚呼、なんという感触……これはもうおっぱいの暴力なのです……」

「えへへー、私の胸、気に入ったー?」

「は、はい……とても素敵なお胸様なのです……」

「ありがとさなちゃん。私もさなちゃんのこと気に入っちゃったー」

「ひゃぅっ!?」


 チュッ、とおでこにキスをされた紗那が顔を真っ赤に染め、俺はえも言われぬ不安に胸を苛まれて、おっちゃんは「ぐふっ!」と言いながら膝をつく。


「い、飯野さん……恥ずかしいのです……」

「飯野さんなんて呼んじゃだめー。名前で呼んでくれなきゃ、いたずらしちゃうよー?」

「はぅ……だ、ダメなのです……先輩たちが見てるのです……」

「じゃあ、二人きりになれるところに行くー? そこでなら私しか見てないしー、この胸にいたずらしてもいいんだよー?」

「っ!? は、はい! 行きましょう千歳お姉様!」

「うんっ♪ というわけでー、お風呂借りるねー」

「貸さねーよ!? つか離れろこの泥棒猫がぁぁ!!」


 百合の世界に連れていかれそうな紗那を飯野さんから引き離し、油断も隙もない百合女を睨み付ける。


「あははー、けんちゃんには効かなかったかー」

「俺に百合属性は無い! つか、俺の交際2日目の彼女になに新しい扉を開かせようとしてんだアンタは!!」

「先輩、大丈夫なのです。女同士なので何があってもノーカンなのです」

「なんで乗り気なんだよ!? あとおっちゃんも何泣いてんだ!」

「へへっ……リアル百合の片鱗を垣間見れるとは思わなくてなぁ……ちーちゃん、ごちそうさまだ」

「何言ってんだあんた……」


 まともだと思っていたけど、やはり三度の飯より百合が好きな人をまともだと思うこと自体間違っていたんだ。手を出してくる百合までいるのでは、これまで以上に目を光らせていないと紗那の貞操が危ない。

 っていうか、百合好き二人にエロゲ好き一人って、俺の自宅がヤバイ空間になってる件。


「そんなに警戒しないでよー。お世話になってるえんちゃんへの、ちょっとしたお礼なんだからー」

「それで済まなさそうだから警戒してるんです!」

「ええー? もー、さなちゃーん、けんちゃんが厳しいー」

「千歳お姉様、ここはわたしにお任せなのです」

「待って? なんで紗那がそっち側なの? 俺は紗那を守ってるはずなんだけど?」

「はぅ……そんな可愛い目で見られたらキュンキュンするのです」


 可愛い? 情けねぇツラだろ? と、外野から疑問の声が飛んでくるが無視だ。それよりも今は、どうして紗那が飯野さんに懐き始めているのかが問題なのだ。


「まさか巨乳か? 巨乳に屈して寝返ったのか?」

「人聞きが悪いのです。巨乳で包容力のあるエロいお姉様と仲良くしたくなっただけなのです」

「それ本人を前にして言っちゃいけないやつ! でもわかる!」

「けんちゃんとは適切な距離で仲良くしまーす」

「あ、そこは当然なので大丈夫です」


 だっておさわり禁止令を紗那から言い渡されてるし。

 何より俺は紗那の彼氏だから、エロいことを楽しむ紗那を見て満足するのが正しいあり方だ。


「怒ったり急に素に戻ったりー、けんちゃんはよくわかんないなー?」

「先輩は今ちょっと拗ねているのです。なので、今度はわたしから、お詫びのご褒美タイムなのです」

「ご褒美!?」

「わぁー……すごい反応だー」

「先輩、よーく見ていてほしいのです……チラっ」

「ぐふっ!」


 紗那が俺にだけ見えるようにスカートの裾を上げた時、視界に映ったのは、アダルティな黒の下着だった。

 紗那の幼い雰囲気と大人の下着というミスマッチ、いや逆にベストマッチな色気に一発KOされた俺は、なすすべもなく床に倒れこんでしまった。


「なるほどー、けんちゃんの弱点はさなちゃんなんだー?」

「です。稀有な人なのです」

「そうー? 私もさなちゃんが好きだし、もっと仲良くなりたいよー?」

「嬉しいのです。わたしも千歳お姉様とは一緒にお風呂に入る仲になりたいのです」

「けんちゃーん! 今からお風呂借りるねー!」

「だから貸さねーよ!?」

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