第12話 被害者
「あの問題児と結婚ってかぁ……そりゃ嬢ちゃんも必死になるわなぁ」
俺も一度は聞かされた、禁忌を侵してでも回避したい事情を話し終えた紗那に、おっちゃんは深い同情のこもった溜め息をついた。
しかし問題児とは穏やかじゃない単語だ。少し話を聞くだけでクソ野郎なんだろうだなと思っていたが、まだ認識が甘かったというのか?
「大将さんはおじさんを知っているのです?」
「ここらの魔法使いなら知らねぇ奴を探す方が難しい。そんくらい悪い意味で有名だぜアイツは」
おっちゃんはめんどくさそうに紗那の結婚相手――
「アイツを一言で言うなら、傲慢な豚だ」
紗那の母の実家、篠原の家に長男として生まれた播男は、自分が魔法使いであることに優越感を覚え、一般人を見下しながら生きてきた。
しかし、容姿と性格が悪く魔法使いとしての腕もいまいちの播男に一般人はおろか魔法使いの中にも友人は皆無で、恋人なんて天地がひっくり返ってもできるわけがなかった。
そんな息子を心配した母――紗那の祖母がお見合いのセッティングをするも、相手の女性に死んだ方がマシとバッサリ言い切られてしまう。
自尊心の高すぎる播男は自分よりも若い女に虚仮にされたことに我慢ができず、それなら望み通りに殺してやると、見合いの会場で魔法を使って暴れ始めたのだ。
幸い協会が用意した、魔法使い専用の会場だったので一般人にバレることは無かったが、まだ若く未熟だった女性は重傷を負い、病院に搬送。播男はその場で半殺しにされ、協会の牢屋に2年ほど入っていたのだとか。
「ごめんおっちゃん、思ったよりもクズすぎてもうお腹一杯なんだけど」
「俺も話しててヘドが出そうなんだから我慢しやがれ」
「うへぇ……」
そして。播男のことは協会を通じて多くの魔法使いの知るところになった。
牢屋から出てきた後も播男の性格は変わらず、魔法使い――特に若い女性に執着を見せて何度も問題を起こしかけたらしい。
そのせいで篠原家は片身の狭い日々を送るようになり、播男の妹である紗那の母が嫁いだ風見家の評判までもが悪くなっていった。
だが――ある日を境に播男の目撃情報はパッタリと途絶える。
死んだのかとか、風見家が軟禁しているのではと様々な噂がされるが、ただ家に引きこもっているという情報しかなく、家から一歩も出ない理由は風見家も篠原家も把握できていないという。
「改心したとか?」
「100%無ぇな」
「だよね。じゃあ、二次元にしか興味がなくなったとか?」
「アイツが見せた女への執着を考えると、右手で我慢しきれるとは言い難いな」
「じゃあ一体何が……」
「おぅ、不思議で仕方なかったんだがな。恐らく……確実に女が手に入る算段がついたんだろうよ」
そう言って、おっちゃんは苦々しい顔で横へと視線を向ける。
俺もその視線を追ってみると、そこには、顔面蒼白で絶望している紗那が立ち震えていた。
「つ、つまり、わたしが……生け贄が手に入るから、大人しくしていると……そういうことなのです?」
「……推測でしかねぇけどな」
そうだ、まだ推測でしかない。そうと決まったわけではない。
だけど、そう言われるとそう思えてくるほどに、『傲慢な豚』と呼ばれる男が急に大人しくなった理由が不明瞭すぎた。
そして更に最悪なことに、お見合いとは両者の家も無関係ではいられなくなるわけで……
「父様も、
「いや待て嬢ちゃん、そうと決まったわけじゃねぇ」
「そうだよ紗那、きっと何かの誤解だからちゃんと家族と話を――」
「誤解じゃないのです!」
珍しく大きな声を出した紗那は、瞳から大粒の涙を流し、無責任な言葉を吐いた俺たちを睨み付けた。
「父様は何年も会ってくれないし、母様は全く話を聞いてくれないのです! 姉たちもおじさんに奴隷のような物言いをされるわたしを笑って……! これが誤解だと思えるほどわたしは馬鹿じゃないのです!」
「それでもまだ確証がねぇ! 俺が宗次郎を直接問い詰めてやるから少し待て!」
「誤魔化されるに決まっているのです! 本当のことを聞き出すまでに一体わたしはどれだけ待てばいいのです!?」
怒声を発したその瞬間、紗那の小さな体から次々と魔力が溢れ出て――それに触れた瞬間、“絶望”という言葉が脳裏に浮かんだ。
「もう、ずっと待っているのです……あの家で人として扱われるまではと、頑張ったのです。魔法の修行も学校の勉強も、笑顔の練習もして、勇気を出して声をかけたりもしたのです……不気味な人形と言われても泣かないように、ちゃんとガマンできたのです」
部屋中にある魔力にさえも絶望が伝わり、その悲痛な想いに俺の胸が締め付けられる。
一体紗那は、どれだけの孤独に耐えながら今日まで過ごしてきたんだ……!
「なのに……なのに、全部無駄だったのです!? わたしがどれだけ頑張ってもただの人形!? だったら! そんなものになるくらいなら! 人として死んだ方がマシなのです!!」
「っ!? おいやめろ!!」
突如、紗那の右手に薄緑のオーラのようなものが現れる。
それを見て、そして魔力を感じて、俺はそれをナイフや拳銃にも匹敵する“人を殺せる”凶器として認識してしまい、恐怖で後ろに下がってしまった。
そして紗那はそんな情けない俺には目もくれず、まともに当たればどんな巨漢であろうと絶命しかねない威力を秘めたそれを自らに向けて突き出した。
「紗那ぁぁぁ!!」
俺は恐怖を更なる恐怖で塗り潰し、大声を捻り出す。
けれどそれが精一杯で、俺が紗那を止めることは叶わなかった。
「…………? え? これは……?」
しかし、顔に
紗那も糸に気付き振り払おうとするが、腕はピクリとも動かせず、その間にも次々と現れる糸が紗那の自由を奪っていく。
「もー、えんちゃん油断しすぎー。もう少しで乙女の顔に傷がつくとこだったでしょー?」
「おぉ……悪ぃ。助かったぜちーちゃん」
突然聞こえた声に振り向くと、そこには一人の見覚えのない女性が立っていた。
20代後半くらいのその女性は、ウェーブのかかった亜麻色の髪を揺らしながらおっちゃんに近付くと、ツルツル頭にビシッとチョップを決める。
その時、たわわな胸がたゆんと揺れて、思わず視線を向けてしまうのだが、それも一瞬。
失礼だと思いながらも、俺はほんわか系のお姉さんの顔に残る、痛々しい傷痕に目を向けてしまう。
「初めましてー。私は
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