第11話 和解

「あぁ? なに寝ぼけてやがる。協会っつったら魔法協会のことに決まってんだろうが」

「魔法協会……? すみません、初耳なのです」

「初耳だぁ!?」

「は、はい! 申し訳ありません!!」


 一瞬素に戻っていた紗那が、おっちゃんの怒声と吹き出た魔力に怯え、再び畏まり頭を下げる。

 俺も泣きそうなくらいビビったけれど、紗那を怖がらせるハゲを放置はできず、華奢な体の前に立ち、盾になる。


「あんまり人の彼女をいじめるなよ。理由はどうあれ、さすがに腹が立つぞ」


 紗那を悲しませるヤツは敵だ。それは相手が誰だろうと、実力差が天と地ほども離れていようとも関係ない。

 そんな俺の気持ちを理解したのか、おっちゃんは魔力を抑え、ばつが悪そうに頭を掻いた。


「……嬢ちゃん、賢一の彼女だってな?」

「は、はい……昨日から、先輩とお付き合いさせていただいています」

「あーあー、かたっくるしいのはいい。あるが悪いようにはしねぇから、肩の力を抜け。これから長ぇ付き合いになるんだからよ、気さくに大将とでも呼んでくれや」

「は、はい、大将……さん?」

「あ、おっちゃんは鉄板焼の店をやってるんだ。『焔』って名前のお店で、いつ行ってもガラガラなんだけどさ

「それは……大丈夫なのです?」

「おう、本業で――魔法使いとしてがっぽり稼いでるからな」


 そう言い切ったおっちゃんの顔はとてもスッキリとした、良い笑顔だった。

 多分、ずっと俺に黙っていたことを気にしていたんだろう。意外とそういうとこがあるから、憎めないんだよな。


「つーわけで、よろしくな、嬢ちゃん!」

「はい、よろしくなのです、大将さん」


 ニカッと笑うおっちゃんに、いつもの調子を取り戻した紗那が頭を下げる。これでひとまず一件落着、といきたいところだけど……


「さぁて、それじゃあ話を進めるぞ」


 まだまだ問題は山積みで、ハッピーエンドには時間がかかりそうだ。


「それでだな? 協会ってのは、多くの魔法使いの管理をしてて、依頼の窓口だったり……まぁ、マンガとかで出てくるのギルドみたいな組織だ」


 マンガなどで良く見るギルドというのは、冒険者というモンスターの討伐や採集、果てはドブさらいまでするファンタジー世界の何でも屋たちが所属する組織だ。

 全国にいる冒険者たちの元締めであり、冒険者という戦力を持った軍隊と言っても過言ではないだろう。

 しかしそんな組織がリアルにあるとは。今更だけど、世界はファンタジーに溢れているもんだ。


「魔法使いは一般人と違い危険な存在だ。それを抑えて舵を取るのが協会で、魔法使いは絶対に登録しなくちゃならねぇ。でなけりゃ野良の、誰かが覚醒を促した元一般人の可能性が高く、最悪危険分子として殺されちまうからな」

「え? ですが、わたしは……」

「そう、そうなんだがなぁ、嬢ちゃんは宗次郎に魔法使いになるなと言われたことはねぇのか?」

「いえ……修練に励めと言われたことはあるのですが……」

「肯定してるわけか。なのに未登録たぁ、一体あいつは何を考えてやがる?」


 おっちゃんの不機嫌そうな声から、話が思わぬ方向に動き始めたのが俺にも理解ができた。

 恐らく、おっちゃんが今日来たのは俺を魔法使いにした者を聞き出し、ケジメをつけさせるためだ。それが朝っぱらから一緒にいるので舐めたことをと激おこだったのだが、紗那はまさかの知人の娘、なのに協会未登録で協会の存在そのものを知らなかったのだ。

 次から次へと発覚する新事実に相当頭が痛いだろうなと、ちょっとだけ同情する。


「嬢ちゃん、宗次郎は他に何か言ってなかったのか?」

「……父様は忙しい方なので、数年前にそう言われてからは、一度も話していないのです」

「忙しいったって、に行きゃ話す時間くらいあるだろうが」

「……?」

「おいおいそれもかよ……信じらんねぇな。百合かと思ったら男の娘だったくらい信じらんねぇぞ」

「大事件なのです。信じて送り出した恋人があれこれなってしまうほど大事件なのです」

「なんだその例え合戦」


 おっちゃんは『オタ話もイケる口かい?』的な笑みをやめろ。

 紗那は『同志よ』的な笑みを俺に向けて。嫉妬しちゃう。


「まさか、わたし以外にオタクの魔法使いがいるとは思わなかったのです」

「普段はじいさん連中がうるせぇから黙ってるんだがな。若ぇやつらにも何人かいるぜ」

「気が合いそうなのです。エロゲを嗜む方はいらっしゃるのです?」

「エロゲ……? え、え?」


 この子こんな見た目でエロゲやんの!? と言いたげな目で見てくるおっちゃんの顔は、今日一の驚愕に染まっていた。

 気持ちはわかるけどおっちゃんも大概だぞ?


「大丈夫、興味があるだけで未プレイだ」

「です。18歳未満は遊べないのです」

「おぉ……そうか。あー、エロゲやってるヤツは知らねぇな。俺が把握してんのはちょっとアニメが好きなヤツとか、俺と話が合うヤツくらいだからな」

「おっちゃんと同じ穴のむじなって時点で嫌な予感しかしない」

「?? 大将さんは何スキーなのです?」

「俺かぁ? へへっ、俺ぁちっとばかし百合に目がなくてな!」

「……え? 百合……え?」


 何かの冗談かと俺に視線を向けてくる紗那に首を横に振って返してやると、その表情が今日一の驚愕に染まった。

 そうだよ、あの漏らしそうなほど怖い魔法使いは百合が大好物なんだよ。


「それでおっちゃん、ってなに?」

「あぁ? それは……いや、説明する前にそっちの事情を聞いた方がいいな。悪ぃが嬢ちゃん、なんで賢一を巻き込むことになったのか、全部話しちゃくれねぇか?」


 そう切り出したおっちゃんの姿は、いつものカウンター越しに見る、人情派蛸入道のそれだった。

 事態はこの場にいる誰もが予想していたものとかけ離れ始めたが……それでも、二人きりだと思っていた俺たちに新たな、信じられる味方が一人増えたことに、俺は無意識に安堵の溜め息をついていた。

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