第10話 挙手
「魔法……使い?」
最初はその言葉を理解することが出来ず、腕の中の紗那に視線を向けるが、顔面蒼白で冷や汗を流す様を見て、じわじわと危機感が募っていく。
「……え? 魔法使いって、なんで?」
「わからないのです! でも――ひっ!?」
再びチャイムが鳴らされ、悲鳴が漏れる。
どうも冗談ではなく、本当に、紗那がここまで怯えるほど恐ろしい魔法使いがすぐそこまで来ているらしい。
「(でも、なんでわかるんだ?)」
なりたてだが俺も一応魔法使いだ。
まだ魔法は使えないけど魔力を感じられるのだから、何かしら異変に気付いてもおかしくないはずなのに――
「あ」
魔力の循環……忘れてた。
「(くそっ、当然だけどまだまだひよっこだな)」
今の自分を改めて意識すると、魔力循環はもちろん、空気中に漂うはずの魔力すら認識出来ていなかった。これではただの一般人と同じで、魔法使いの卵と名乗ることすらできない。
その辺の至らなさは今日これから解消していく予定だったんだけど……とにかく今は魔力循環だ。
「――うわっ!?」
昨日覚えた異物感を思い出しながら魔力循環を始めると、鋭敏になった感覚が魔力を感じ取る。
それは、一言で言うなら、異常だった。
「なんだ、これ……」
世界は魔力に満ちている。けれど、魔力そのものにはなんの害意も無い、空気のようにただそこにあるものだ。
なのに、部屋中の魔力が暴風のように荒れ狂っていて、息苦しさすら感じる圧力を放っている。
これが外にいる魔法使いから発せられる魔力が原因なのは、半径1メートルしか魔力を感じ取れない俺でもわかる。
デタラメな魔力からはとてつもない怒りの感情が伝わってきて、恐怖に体が震えてしまうけれど、もし俺が玄関先の魔力まで感じ取れていたら、今にも失神していたかもしれない。
「紗那、これ、まさか紗那の姉さんか?」
「ち、違うのです、これはもっと強い……
「……紗那は、父様呼びなのか。萌えるな」
「ふざけている場合じゃないのです! 早く逃げるのです!」
「いや、もう無理だよ。完全にロックオンされてるし」
そもそも実力差が天と地ほども離れているのだから、例え窓から逃げたとしても、すぐに捕まってしまうのは火を見るより明らかだ。
「つか、マジでこええ……怖すぎて逆に落ち着いてきたよ」
「肝が据わっているのです……わたしは、怖くて仕方がないのです……」
「大丈夫? ちょっとベッドで休んでなよ。俺が止めてもらってくるから」
「っ!? 危険なのです!」
「でもこのままじゃずっと威圧されっぱなしだからな。ちょっくら行ってくるよ」
そう言って、俺は怯える紗那を強引にベッドに寝かせてやる。
行くなと言いたげな視線を向けられるが、それに苦笑だけ返すと、一人部屋を後にする。
「あー……やべぇなコレ……」
リビングまでやってくると、敵さんとの距離が縮まり、威圧感が更に強くなる。
紗那の目がなくなった途端に弱気な俺が顔を覗かせて、今すぐ逃げろとうるさいくらいに警告してくるが、それに従うわけにはいかない。
自分でもわかってるんだ、無謀なことは。でもここで俺が行かなきゃ、あんなに怯えている紗那を矢面に立たせることになっちまう。
そんなことになるくらいなら、怖くても俺が紗那の盾になってやらないと。俺だけはずっと紗那の味方でいてやるって決めたんだから。
「さてと、先にそのご尊顔を拝ませてもらうぞ」
カッコつけて出てきたものの、ドアを開けた瞬間ヤクザじみた顔がコンニチワしたら、さすがの俺もお漏らししかねない。
なのでまずは心の準備をするためにテレビドアホンでお顔のチェック。
「…………え?」
そこに映っていた人物を二度見して、俺は目を擦ってから三度見する。
「…………は?」
しかし、何度見てもその人物が別人に替わるわけもなく……俺はダッシュで玄関に向かい、勢いのままドアをぶち開け――
「ふざけんなよこのハゲ!!」
そこに仁王立ちしていた
「ぐぉっ!? 賢一てめぇ! いきなり何しやがる!?」
「こっちの台詞だタコ! 早くその威圧解きやがれ!」
「威圧だぁ? このくれぇでビビってんじゃねぇぞクソザコナメクジが!」
「はあああん!? 俺はともかく紗那を馬鹿にしやがったな!?」
ビリビリと伝わってくる魔力の嵐に晒されて、しかし、相手がおっちゃんだとわかった以上、そんなものは無いのと同じだった。
むしろ紗那を
「サナぁ? それは、どこのどいつだ?」
――だが、制裁を食らわそうとしたその時、今まで荒れていた魔力が嘘のように消え去った。
あまりにもあっけなく消えたことに首を傾げると、おっちゃんも不思議そうに首を傾げているではないか。
「可愛くねーよ」
「あぁ? なんのことかわかんねぇが、とりあえず話は中でするぞ。そのサナってやつも一緒にだ」
「はぁ? 何だよ急に」
「いいから早く紹介しろや。色々聞かなきゃならねぇからな」
そう言うとおっちゃんは勝手に家の中に上がり、リビングのソファに腰かけると、早くしろと俺の部屋――紗那のいる方角を指差した。
当てずっぽうという線もあるけれど、俺はそれを見て、なんとなく、おっちゃんも魔法使いなんだと確信してしまった。
○●○●○●
「天国なのです……」
一旦リビングにおっちゃんを残して部屋に戻ると、ベッドに寝かせていたはずの紗那が、布団にくるまってコロコロしていた。
一体何を言っているかわからないかもしれないが、紗那が幸せそうで何よりである。
「紗那、ただいま」
「お帰りなのです。無事で良かったのです」
「紗那も無事そうで良かったよ」
「先輩のおかげなのです。それにここは先輩の匂いがして温かくて落ち着くのです」
そう話しながら、紗那はくんくんと布団の匂いを嗅ぐ。
俺の彼女は肝の据わった大物やでぇ。
「幸せそうなところ悪いけど、一旦出てこれる? 知り合いがリビングで待ってるんだ」
「そうみたいなのです。仲が良さそうだったのです」
「まあ、そうかな。父さんの知り合いで、たまに面倒見てくれるんだ。まさか魔法使いとは思わなかったけど」
「魔法使いは隠れ潜んでいるのです」
と、布団の中に潜む紗那。可愛い。
「ふぅ……それでは行くのです」
満喫し終えた紗那は布団から抜け出すと、緩んでいた顔と気持ちを切り替え、確かな足取りで部屋を出る。
その後を追い俺もリビングに行くと、おっちゃんはじろじろと紗那を見て、また首を傾げた。
「やっぱり知らねぇ顔だが……お前さんが賢一を巻き込みやがったやつだな?」
「はい。初めまして、わたしは風見紗那と申します」
おっちゃんの問いかけに、紗那は真面目モードで頭を下げる。
そういう一面もあるのね。普段とのギャップでドキドキしちゃいそう。
「風見だぁ? そりゃ、宗次郎のとこの風見か?」
「はい。風見宗次郎の家の三女です。ただ、この件はわたしの独断で、家は関係ありません」
「そりゃあ、そうだろうな。家ぐるみで賢一に――一般人に手ぇ出したんなら、明日にも家は取り潰しだ。宗次郎はそこまでバカじゃねぇ」
「はい。バカなのは我が身可愛さで先輩を巻き込んだわたしです」
俺そっちのけで話が進み、ちょっと居づらい。
もっと俺にわかりやすく説明をしてくれないものか……
「それで、いつからだ? どこまで知ってる?」
「昨日の放課後です。魔法使いの存在と魔力、一般人の覚醒方法と、それが禁じられていることも説明しましたが、詳しいことはまだ……」
「昨日だぁ? それでもう循環まで進んでんのか?」
「はい。説明をしたら数分で……正直、わたしも予想外でした」
「はー、ったく、伊達にあいつの息子じゃねぇなぁ」
「え? それは……」
「そういうことよ。けっ、こりゃあ協会の奴らがうるさくなりそうじゃねぇか」
「ハイハイハイ! 協会って何ですか!?」
あまりにも放置されるので挙手して強引に割り込むと、めんどくさそうな顔のおっちゃんと、キョトンとした顔の紗那が俺を見てくる。
邪魔なのはわかるけどそういう目で見ないでほしい。疎外感が半端なくて寂しくなってきたんだよぅ。
「後で教えてやるから大人しくしとけ。それで嬢ちゃん、話の続きだが――」
「…………」
「おい? なに呆けてやがる」
「あ……いえ、その……」
何やらそわそわしだした紗那は、俺とおっちゃんを交互に見ながら、言いにくそうに口をモゴモゴさせる。
それが数秒ほど続いたかと思ったら、今度は不機嫌そうに眉間に皺を寄せたおっちゃんに向き直し、困った顔で挙手をする。
「あの……協会って、何なのです?」
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