第4話 エロスの力

 魔力を感じる――そのあからさまに魔法使いっぽい言葉に俺のテンションが上がる。


「魔力は、この世界に満ち溢れているのです。外にも、もちろんこの部室の中にも在り、更には呼吸を必要とする生物の体内にも入り込んでいるのです」

「ほほう? じゃあ俺の体の中にも魔力があるんだな?」

「です。その魔力を感じられる人のことを、わたしたちは『魔法使い』と呼んでいるのです」


 魔力は世界に満ち溢れ、それこそ空気と同じように在るらしいが、当然今の俺には何も感じられない。

 目を凝らしてみても、宙を探ってみても、それらしいものは何も感じることができない。

 まあ、このくらいで魔力を感じられるようになってしまうのなら、世の厨二病患者は軒並み魔法使い予備軍になってしまうか。 


「魔法使いになる方法は二つ。実際に魔法を受けて体で覚える力技と、体内の魔力を操作してもらう方法なのです」

「マンガやアニメでよく見るやつだ」

「です。一応説明すると、前者は早く覚えられる代わりに危険で、後者は安全ですが時間がかかるという問題点があるのです。そしてどちらも予想外の事故が起こったので、禁忌扱いされているのです」

「事故?」

「です。まず前者は、100年以上前のことなのですが、魔法使い同士の抗争中に、偶然そこにいた一般人に流れ弾が当たり、その一般人が覚醒して暴れまわった事件があったのです」


 それはまた、なんともミラクルが起きた事件だな。


「魔法の存在は表沙汰にはできないことなので、すぐさま抗争は中止してその場にいた魔法使いが対処したのですが、その一般人が魔法を使いながら逃げ回ったことで被害や目撃者が多く、揉み消すのが大変だったそうなのです」

「今の時代で起きたら隠しきれないな……」

「です。なので抗争は絶対に関係者以外立ち入らない場所で行うよう徹底されているのです」


 ということは、将来的に敵が俺たちを狙っていたとしても、突然魔法をぶっぱなしてくるような事態にはならないわけだ。


「良かった良かった。もし紗那と寝てる時とか紗那とデートしている時に奇襲を受けたら、さすがの俺もブチギレ不可避だったよ」

「同感なのです。その場合、男性は瞬殺コース、女性にはみっちり辱しめコースをプレゼントするのです」

「んん? 紗那は百合もいける口なのか?」

「違うのです。これまでの仕返しに、ちょっといたずらするだけなのです」

「それは……ちょっとで済むんですかねぇ」


 これまで聞いた紗那の苦労話もまだまだ氷山の一角でしかなく、小さな体に溜め込んだ鬱憤は相当なものだろう。

 その仕返しとなれば、たった1割程度でも透けブラでは済まなさそうだ。

 ……でも、その女性が辱しめを受けて傷付いたとしても、これまでに紗那が受けた心の傷の方が深く痛かったはずだ。

 なら俺にできることは止めることではなく、紗那と一緒に辱しめてやることだろう。


「当然ですが先輩はおさわり禁止なのです」

「それは犯罪になるから当然だ。俺には荷が重すぎる」

「さすが先輩なのです。小心者の鑑なのです」

「おさわりは紗那に任せた。俺はそれをひたすら見つめているよ」

「たくさんサービスしてあげるのです」


 実際にサービスさせられるのはその女性になるわけだけど、はてさてどんな光景が拝めるのか、今から楽しみだ。


「っと、残念だけどえっちな話は置いといて。後者はどんな事件が起きたんだ?」

「嬉しいことにえっちな話は続くのです。何故なら、魔法使いと恋人になった一般人がホテルで一夜を過ごした後、魔力を感じられるようになったからなのです」

「ほほう? 詳しく聞こうか」

「もちろん説明するのですが、まずは雑学なのです」


 その雑学というのは、魔法使いは無意識に体内の魔力を操作して循環させているというものだった。

 そうすることで魔力操作の腕が上がるし突発的な戦闘にも対応可能と、一人前の魔法使いには必須の技術で、慣れてくると24時間オート循環ができるのだとか。


「0から魔力操作を始めていては、どんなに熟練の魔法使いでも、最初から魔力を循環させている子供の魔法使いに先手を取られるのです。なのでまともな魔法使いであれば、循環を止める=自殺行為と考えるのです」


 それが悲しい事件の始まりで、件の魔法使いも循環を止めないまま熱い一夜を過ごして寝落ちしてしまったのだという。

 すると長時間密着していたがために自分の魔力と面している相手の魔力を無意識下で引っ張って――つまり操作してしまい、目が覚めた頃には一般人が魔力を感じられるようになっていたのだとか。


「幸いその一般人が人格者だったので怪我人はいなかったのです。その報告をさせられた上に禁忌として未来永劫語り続けられるご存命のお二人が重傷者と言えなくもないのですが」

「……ご存命なのか」

「まだ20年くらい前の、比較的新しい事件なのです」


 確かに、ホテルって言ってる時点で現代の出来事だよな。

 当事者の二人もまさかこんな目に合うとは想像すらしていなかったはずだ。もし会うことがあっても、可哀想だから何も言うまい。


「ひとまず説明はここまでなのです」


 魔力のことから禁忌のことまでを語り終えた紗那は、小さな頭をペコリと下げる。俺が感謝とねぎらいの拍手を捧げると、その口元は満足そうにつり上がり、ドヤ顔を披露した。


「わかりやすかった。ありがとな、紗那」

「どういたしましてなのです。これも将来のためなのです」

「だな。それじゃあ早速、魔法使いデビューといくか! 密着して!!」

「時間が惜しいので却下なのです」

「お願いします! 一回でいいんです!! 密着してくださいぃぃ!!」

「う……そんな目をするのはズルいのです……」


 情けなくも年下の女の子に抱きついてと懇願してみれば、意外にも悪くない反応が返ってきた。

 どうやら本当に俺の情けない姿が好きらしい。状況は俺の有利に進んでいるけれど、悲しくて涙が出ちゃいそうだ。


「はぅ……し、仕方ないのです。でも、絶対に一回しかやらないのです」

「よっしゃあ! ありがとう紗那!!」

「うぅ、可愛すぎて卑怯なのです」


 紗那の言葉を訳すと『可愛い=情けない』となるのだが、そんなことでご褒美を前にした俺を凹ますことはできない。

 何故ならこれは、紗那との初接触――この2ヶ月の間、指が触れることすらなかった紗那との触れあいなのだから。


「さあ来い、紗那!」

「……やっぱり足で踏むとかじゃダメなのです?」


 両手を広げてスタンバイOKな俺とは対照的に、緊張と照れ臭さで身を捩る紗那から、まさかの待ったがかかる。

 これ以上焦らされたら頭がおかしくなりそうだ。

 俺はこんなにも紗那と密着したくてたまらないっていうのに! おあずけされたら、捨て犬の目で見るしかないじゃないか!!


「~~~! もう、仕方のない人なのです!」


 頬を膨らませ覚悟を決めた紗那は、目をギュッと閉じたまま一歩を踏み出した。


「ぐぇっ!!?」


 ――かと思えば、予想外の勢いで突っ込んできた紗那の頭が、無防備な俺の胸を強打した。

 俺の彼女の思いきりが良すぎる件。でもそんな紗那が好き!


「うへへへ……」

「な、なんなのです?」

「いやぁ、紗那だなぁって思って」

「……です」


 小柄だとは思っていたけれど、紗那の小ささは俺の想像以上で、腕の中にすっぽりと収まってしまった。

 愛しくて抱き締めれば僅かにビクリと震えるが、決して嫌がることなく、紗那からも抱き締め返してくれる。

 初めて紗那を抱き締め、紗那に抱き締められたこの瞬間を、俺は一生忘れないだろう。


「はぁぁ……なんかこう、やわっこくて、温かくて、いい匂いで、幸せすぎる」

「……先輩は、硬くて、熱くて、すごく大きいのです」

「誤解を招く表現はやめ――あ、やば、誤解じゃなくなりそう!」

「……硬いのです。これが『当ててんのよ』の男性版なのです?」

「それただの変態! あ、やめて! お腹でぐりぐりするのだめぇ!」

「ういやつなのです」

「小悪魔や! ここに小悪魔がおる!!」


 小悪魔紗那にじっくりねっとりいじめられるのは、ありかなしかで言えば当然ウェルカムだ。

 しかしこのままではマズい。下腹部に感じる甘美な刺激に脳が蕩けて何かを発射しかねない。

 そんな情けない姿を見せて嫌われたら死ぬしか――


「(……いや? どっちかって言うと惚れ直される可能性の方が高くね?)」


 多分間違いなくそうなる。だったら我慢する必要はない。むしろ受け入れるべきだ。下腹部の刺激はもちろん、紗那の匂いや漏れ聞こえる吐息までもを、全神経を集中して感じる努力をしろ。

 すると、ほら。

 今までには気付かなかったものが、そこに在った。

 紗那からも、俺からも、ソレが湯水のように溢れて止まらない。――いや違う、この部屋の中に、そして世界にソレが溢れていたんだ。

 目を凝らしてみても、宙を探ってみても、それらしいものは何も感じることができないはずなのに、間違いなくそこに在ると認識できる。確かそんな存在のことを――


「……え? もしかしてコレって……魔力?」


 こうして俺は、エロスの力に後押しされて、魔法使いになる条件をクリアした。

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