第3話 初めて見る魔法

「紗那が可愛すぎて辛い」

「まだ寝ぼけているのです?」


 あの後、気を失った俺は紗那に頬をぺちぺち叩かれて復活した。

 が、紗那の手の感触をほとんど覚えておらず、自身の不甲斐なさを嘆くばかりである。


「はぁ、ごめん。カッコ悪いとこ見せたな」

「大丈夫なのです。にそういうのは期待していないのです」

「うっ……!」


 せっかく名前を呼んでくれたのに、情けないところを見せたせいで、先輩呼びに逆戻りだ。


「もう名前で呼んでくれないのか?」

「それは……無理なのです」

「無理!?」

「……意外と恥ずかしくて、照れちゃうのです」


 顔を真っ赤に染めて俯く、天使がいた。

 もしやここは天国か? それとも俺は未だに失神して、夢を見ているのだろうか?

 ……いや、現実だ。何故なら紗那は天使であり、天使とは紗那のことだから、天使紗那がいる今が現実なのだ。


「ふぅ……まあ、照れるよな。でも、悪くない」

「です。呼ばれる度にドキドキするのです。先輩の特別になれたことが実感できて幸せなのです」

「だろだろ? だから俺のことも名前で――」

「呼ばないのです」

「何でだよ!? やっぱり情けなかったからか!? なら挽回のチャンスをくれ! そしたら俺、滅茶苦茶カッコイイとこ見せるから!」

「それは困るのです」

「え……困っちゃうの?」

「です。わたしは、先輩の情けないところが可愛くて好きなのです。今のその、捨てられた子犬のような目が、キュンキュンくるのです」

「は、はは……またまたご冗談を」

「?? 冗談じゃないのです」

「ホントだ目がマジだ」


 一体俺のどこを好きになったのかという最大の疑問が、まさかの形で判明してしまった。

 いやまあ、紗那と会ってる時は部室でゲームをしているだけだから、カッコイイところを見せる機会なんて0だった。

 逆に情けない姿は、ガチャの結果が悪くて凹んだり敵が強すぎて嘆いたりと、山ほど見せているんだが……それで惚れられるのもなぁ?


「嫌なのです?」

「うーーん……そこはほら、男の子としてはカッコイイところを好きになってほしいじゃん?」

「では今後に期待なのです。頑張ってデートからえっちなことまでかっこよくリードしてほしいのです」

「!!!?? え、えっちなこと……だと!?」

「です。ご存じの通り、えっちなことには興味津々なのです」


 確かに家事の合間にエロゲをしたいと言うくらいだから、その手のことに興味を持っていてもおかしくない。

 しかし、これまで俺たちの会話の中に出てきた下ネタは、せいぜいがセクハラレベルのものばかり。ヤるヤらないというところに言及したのは、これが初めてだった。


「ま、マジ? 俺、紗那にエロいことしてもいいの?」

「こんなちびっこ貧乳の体に欲情できれば、なのですが」

「何言ってんだ! 最高だろうが!!」

「そういうところは無駄にカッコイイのです」


 俺の熱意にあてられた紗那はくすくすと笑うと、椅子から立ち上がり、手を床に向ける。


「紗那?」

「先輩にはまず、これができるようになってもらうのです」


 その瞬間――どこからともなく発生した強風が、紗那のスカートをめくった。


「縞っ!?」


 風さんのいたずらはスカートという守護者を吹き飛ばし、白と水色のストライプが目に眩しい逆三角の秘境を露にさせた。

 それはほんの一瞬、1秒にも満たない時間だったが、俺は脳内に刻み込んだ映像を保存し、心の中の大切なものフォルダに放り込む。もちろん上書き禁止だ。


「熱視線なのです……喜んでもらえて何よりなのですが、さすがに恥ずかしいのです」

「すごくえっちでよかったです」

「チョロいのです」

「おかわりはありますか?」

「今の魔法を覚えたら、いくらでもしていいのです」

「よっしゃあ! 秒で覚えてやるよ秒で!!」


 さすがは紗那、俺のやる気を引き出すのが上手い!

 最初から魔法を覚えることは確定だったけど、こんなご褒美が待っているのなら120%の力でやってやる!


「……ん? え? 魔法?」

「です。今のは、わたしが魔法で風を生み出したのです」


 そう言って紗那がこちらに手を向けると、そよ風程度の優しい風が俺の髪を撫でる。


「こんなこともできるのです」


 次に紗那はノートを一枚破ると、その紙切れを上に投げる。

 そして――1つ、2つ、4つ……数えきれないほどの何かが宙を走り、A4サイズの長方形を、紙吹雪に変えてしまった。


「うぉ……魔法みたいだ」

「正真正銘の魔法なのです。風見家は特に風の魔法に秀でていて、その中でも優秀なわたしなら、このくらい朝飯前なのです」


 ドヤッ、と腰に手を当てて自賛する紗那が可愛すぎてほっこりしそうになったが、気を取り直して、俺は無惨にもみじん切りにされた紙くずを見る。

 それは手で破るのとは違い、ハサミで切った時のような、鋭利なもので切られた切り口をしていた。

 今はただ紙を切っただけだけど……切れ味次第では、取り返しのつかない事態になるだろう。


「意外と、物騒な世界なのか?」

「です。表立って活動することは無いのですが、魔法使い同士の抗争で死人が出ることもあるのです」

「そっか……じゃあ、俺も頑張らないとだな」

「……怖くないのです?」


 怖いかどうかと聞かれれば、それはもちろん怖いに決まってる。

 でも、死人が出る魔法使いの世界に危惧したのは、いつか紗那がこの紙くずと同じようになるかもしれないということだった。

 紗那はただでさえ周りに嫌われているのに、俺を魔法使いにするという禁忌を侵すことで、これまで以上の危険が降りかかってくるはずだから……


「怖いから、早く強くならないと。おちおちスカートもめくっていられないしな?」

「……です。その時は多彩なパンツで魅了してみせるのです」

「俄然やる気出てきた!」

「やる気満々で結構なのです。では、まずは魔力を感じるところから始めるのです」

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