第2話 二人なら

「け、結婚してって……つ、つまり、両想いだったってことか!?」

「食い付くところはそこなのです?」

「一番大事なとこだろ!?」

「断言するとは、さすが先輩なのです」

 

 風見はそう呆れるが、俺には『魔法使い』なんて胡散臭いものより、両想いであるかどうかの方が遥かに大事なことだった。

 たった2ヶ月程度の僅かな、それも放課後のみの限られた時間の中で風見のことをずっと見ていたが、俺に惚れているような素振りは一度もなかったと断言できる。

 なのに好きだったと言われても、信じられるわけがない。


「まずはちゃんと説明してくれ。こっちは失恋したかと思えば見合い話を聞かされてからの告白で、わけがわからないんだ」

「はい。ちょっと説明不足とおふざけが過ぎたのです」


 ごめんなさいと、風見は小さな頭をペコリと下げる。


「わたしは先輩のことが、一人の男の人として好きなのです」


 改めて気持ちを口にした風見の顔は、僅かに紅潮していた。


「でも、わたしは魔法使いで、先輩は普通の人間なのです。こちらの事情に巻き込んで先輩の人生を滅茶苦茶にしたくはなかったので、気持ちに応えるわけにはいかなかったのです」


 それは、俺に好意を寄せられて困っていたということに言及しているんだろう。

 未だに真偽は定かじゃないが、本当に風見が魔法使いなんて存在なのだとしたら、そう考えるのはわからなくもない。


「先輩を振る形になるのは悲しいのですが、昔から魔法使い同士で結婚すると思ってきたので、お見合いの話を聞いた時は、少しワクワクしていたのです」

「だけど……おっさんだったと?」

「です……わたしは何度も断って、嫌だと親にも訴えたのです。なのに……嫌なのに、勝手に話が進んで、みんなが大喜びしていて……でも、陰では丁度良い生け贄だと笑っているのです」

「……待って? なんでそんなにいじめられてんの?」

「それは、わたしにも悪いところがあるということなのです」


 そう言って、風見は泣きそうな顔で苦笑する。


「知っての通り、わたしは感情が顔に出ないタイプなのです。うれしい時も悲しい時もいつもこの顔なので、気持ち悪がられているのです」


 そう口にする風見の表情は、確かにお世辞にも豊かとは言えなかった。

 最初に見た時に、ちょっと暗い子かな? と思いはしたし、今でも表情から機嫌を伺うのは難度が高い。

 だが、それでもよーく観察すればわかるし、声色でも判断できる。顔も整っている風見が不気味だなんて、とんでもない話だ。


「魔法使いになると美的感覚おかしくなるのか?」

「その発想はなかったのですが、そうかもしれないのです。無駄に巨乳を有り難がるのです」

「ふふん、貧乳派の俺に死角はないな」

「さす先なのです。これで惨めなバストアップマッサージの日々とおさらばできるのです」


 むん、と小さな胸を張る風見。

 そこにある僅かな膨らみが、これから俺の崇める御神体になるのだ。


「こほん、脱線したのです。えぇと、とにかく嫌われ者のわたしと、40歳にもなって結婚してない時点でお察しのおじさんがくっつけば、めでたしめでたしというのが最近の風潮なのです」

「風見にとっては冗談じゃないけどな」

「です。しかし、いざ他の人が見つかったとして、わたしなんかを選んでもらえる自信もなく……一生独り身でネチネチ言われる将来より、我慢しておじさんと結婚する方が良いかと、受け入れることにしたのです……ついさっきまでは」

「はぇ? ついさっき?」

「です。わたしのような不気味な貧乳を好きになる人なんかいない……と思っていたのですが、すぐ目の前に熱い視線をチラチラ向けてくる奇特な方がいたのです」

「ば、バレてる!?」

「そこに驚いていることに驚くのです。毎日バレバレだったのです」

「くっ……! いや、見てたけどね? でも、俺は魔法使いじゃないからダメなんだろ?」

「魔法使いじゃないからダメなら、魔法使いにしてしまうだけなのです!」

「力技かよ最後!!?」

「だってもうこれ以外に幸せになれる方法が無いのです!」


 バンバン! と机を叩いて抗議する姿は非常に可愛いが、行き当たりばったりすぎる作戦には、さすがの俺も頭を抱えてしまった。

 風見はここまで浅慮な子じゃないんだけどなぁ。それだけ追い詰められているということなのか?


「まぁ……頼ってくれて嬉しいけどな。見切り発車すぎて不安だ」

「そこは魔法使いになってから力技でなんとかするのです」


 いいね、脳筋思考の風見も素敵だ。俺の推しは魅力の宝箱やでぇ。


「先輩を魔法使いにする方法は知っているので、後はやってやるだけなのです」

「あれ、知ってるのか。てっきりこれから調べるとか言うかと思ったんだけど」

「これは魔法使いの常識なのです。簡単に一般人を巻き込んでしまうので、知識として広めた上で禁止するスタイルなのです」

「ふむ……つまりこれから俺たちは禁忌を侵すわけか……」

「厨二病っぽいのです。先輩はそっちもイケる口なのです?」

「まあ、黒歴史昔話はまたの機会にしよう」


 とりあえず今までの話をざっくりまとめると、嫌われ者同士で結婚しろと一族が一丸となっているので、風見は俺を仲間に引き入れて中指を立てようとしている、と言ったところか。

 確かにそのくらいしか風見が切れるカードは無かったんだろうけれど、禁忌を侵してまで一族の決定に逆らった以上は、今まで以上に強い批難の声に晒されてしまう結果になる……よなぁ?


「……今ならまだ、聞かなかったフリもできるのです」


 情報の整理に思考を割いていると、風見が震えた声で逃げ道を提示した。

 もしかしたら黙り込んだ俺の姿が、魔法使いの世界に嫌がっているように見えてしまったのだろうか?

 確かに、正直言って魔法使いへの好感度はダダ下がりだし、本気で関わりたくないレベルだ。

 でも、そんなことはどうでもいい。

 風見のことが気に入らないかもしれないが、それ以上に俺は風見を虐める奴らが気に入らない。


 だったらどうするか? そんなの風見が言っただろ? 力技でなんとかするだけだ。


「風見、明日は休みだしさ、うちで魔法の練習でもしようぜ」

「それは……魔法使いになるということなのです?」

「もちろん。風見の敵は俺の敵だからな、まずは同じ土俵に立たないと」

「……後悔、しないのです?」

「ははっ、むしろ魔法でセクハラできてプラマイ0。それでいつか風見が安心してエロゲを堪能できれば収支はプラスだろ?」

「……夢みたいな話なのです」

「それを実現できたら、きっと毎日が楽しいと思わないか?」

「……わからないのです。でも、きっと、こうして悩んでいるのが馬鹿らしくなるのは間違いないのです」

「その通り! だから全力で足掻いて、結婚しようぜ、紗那」

「っ……!? 急に名前で呼ぶのは、ずるいのです……」


 紗那は困ったように目を伏せ、その瞳を涙で潤ませる。

 そして――


「末永くよろしくなのです、賢一さん」


 満面の笑みを浮かべた紗那に名前を呼ばれた俺は、その破壊力に、当然のように意識を失ったのだった。 

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