傍迷惑な魔法使い
ナキョ
第1話 オタク夫婦(仮)の最強伝説
「先輩は、もし魔法が使えるとしたら何をしてみたいのです?」
魔法とはまた突拍子もないことをと思いながらも、先輩こと俺、
「エロいイタズラがしたいかな」
「即答とは、さては何度も妄想済みなのです?」
「当然。あ、でも時間停止みたいな犯罪臭が強すぎるのはNGかな」
決して嫌いなわけじゃないし、むしろ大好きだけど、いざ自分がそんな力を手に入れたとしても上手く使える気がしない。
例え上手く使えても、きっといつか精神がおかしくなって、自分の想像以上の下衆になりかねない。
「俺みたいな小心者は風でスカートをめくるとか、水で透けブラを拝むとか、そのくらいのイタズラで精一杯だよ」
「さすが先輩なのです。高校生のくせに発想が少年のソレなのです」
「男はいつまでも少年の心を持ち続ける生き物なんだ」
へー、とどうでもよさそうな相槌を風見が打つと、会話はそれで終わり、部室には静寂が戻る。
しかし互いにスマホゲーで遊んでいるので暇をもてあましている訳でもないし、沈黙が苦痛というわけではない。
彼女がこのゲーム部に入部してきて、大体2ヶ月ほどになるだろうか。
決して長い付き合いとは呼べないけれど、他は幽霊部員ばかりで、基本二人きりになるこの時間を2ヶ月も過ごしていれば、下ネタの一つを言える程度には仲良くなれる。
それになにより、風見はソッチの話題もイケる口なのだ。
『風見紗那なのです。将来の夢は素敵な旦那様と結婚して、家事の合間にエロゲをすることなのです』
……と、入部時にインパクトMAXな自己紹介をしていなければ、さすがの俺も女の子にエロいイタズラをしたいなんて即答できるわけがない。
「先輩、貧乳の透けブラにも価値はあるのです?」
しばらくの沈黙の後、再び質問された俺は、自信を持って至極当然の
「愚問だ。絶対にある。無いわけがない!」
「力強い返答嬉しいのです。この胸にも少し自信が持てるのです」
そう言って胸を張る風見だが、そこはほんの僅かしか膨らんでおらず、やはり分類的には貧乳と呼ばざるを得ない。だが、その膨らみが素敵だと、俺は思う。
風見は貧乳を気にして、たまに自虐行為に及ぶが、これからも俺はその度に貧乳が素晴らしいものなのだと伝えていく所存である。
「こんな胸に熱い視線を送るのは先輩くらいなのです。さすが貧乳スキーなのです」
「否定はしないけど、別に貧乳以外が嫌いなわけじゃないぞ?」
「知ってるのです。それに先輩は脚も好きで、特に黒ニーソには目がないのです」
「……まさか最近の風見が黒ニーソばかり穿いていたのは」
「罠なのです」
風見は悪戯っぽい笑みを浮かべて
この足に挟まれたり、膝枕をされたら、どんなに幸せなんだろう。今日も風見が完璧すぎて妄想が捗るぜ。
というか、まず大前提で、俺の後輩はとっても可愛いのだ。
150cm弱の小柄な体格で、指通りの良さそうなサラサラの黒髪ツインテール。それに加えて愛らしい小顔で、でもちょっと表情の変化に乏しいところがギャップで、超好き。正直に言うとすごいタイプ。でも告白して断られたら死ぬほどキツイから、今のこの先輩後輩の関係を現状維持している。
そして多分風見はそのことに気付いていて、それでも何も言わずに現状維持に付き合ってくれている。
この至福の時間がいつまで続くかはわからないけど、もし終わる時が来るのなら、それは風見の口から告げられるんだろうな。
「……ところで、見事罠にかかったわけだけど、俺はどうなるんだ?」
「特にどうもしないのですが、踏んだりした方がいいのです?」
「それじゃご褒美になっちゃうじゃないか」
「真顔で言うところに業の深さを感じるのです」
やれやれと諦めたように肩を竦める風見だが、どこか少し嬉しそうに頬を緩ませる。――しかし、その表情はすぐに陰り……
「本当に先輩は……困るくらいにわたしのことが大好きなのです」
風見が躊躇いがちに口にしたその言葉に、ああ、現状維持は今日で終わりなんだなと、俺は嫌でも理解させられた。
「……困ってた?」
「少しだけ……でも、嬉しかったのです。黒ニーソはそのお礼なのです」
なるほど、それで今日になって黒ニーソの罠を教えてくれたわけか。
失恋は辛いけど、泣くのは家に帰ってからだ。せっかく風見が数日かけてご褒美をくれたんだから、ちゃんと受け止めてやるのが礼儀だろう。
「眼福だった。サンキューな。んで、どうした?」
「さすが先輩なのです。話が早いのです」
話の続きを促すと、風見は苦笑しつつ、しかし嬉しそうに姿勢を正す。
今の今まで組んでいた
むしろ本題はこれからなのだ。
ここまでは本題を語る前に不安要素の排除をしていただけにすぎない。
風見沙那という子は、必死に、一歩ずつ慎重に歩く子なのだから、通過点の俺は彼女が次に進むために全力で後押しをしてやらなければいけない。
……とりあえずスマホは片付けよう。
「えと、色々説明する必要があるのですが……ちょっと家庭内の込み入った話もあるので、難しい話になるかもしれないのですが……」
「言えることだけでいいぞ。とりあえず、まずは何があったかを話してくれ」
「はい。では、まず何があったかなのですが、つい先日、お見合いを強要されたのです」
「……え?」
予想外の言葉に、俺の頭が一瞬フリーズした。
好きな人ができたから応援してくださいとか、彼氏が妬くから部活やめます的な想像をしていただけに、なんと言って良いのかわからず頭が真っ白になった。
「驚くのも無理はないのです。わたしも最初に聞かされた時は同じようになったのです」
「だ、だよな。当人でもあるしな」
「しかも相手は超堅物の家なので、強制脱オタの危機なのです」
「脱オタは……辛すぎるな」
「です。結婚して家事の合間にエロゲをする夢も叶わないのです」
戸惑う俺を気遣い、風見は少し不真面目なトーンで眉を潜める。そのおかげか俺の思考も正常に戻り、苦笑を漏らす。
「しかし早いな。まだ16歳だろ?」
「法的には問題ないです。でも相手は40歳のおじさんだから犯罪臭がすごいのです」
「うぇぇ……なんでそんなに歳が離れた相手なんだよ?」
「それが、ちょっとわたしの家が特殊な家系で、実力主義的な感じなのです。その人は優秀で、わたしも貧乳ですが一族の中では優秀なのでお見合いをと……」
「貧乳をデメリットみたいに言うんじゃありません。貧乳だって優秀です」
「世界中の貧乳を代表して感謝するのです。でも、おじさんは貧乳がお嫌いなようなのです」
「……はぁぁ(クソデカため息)」
胸はデカけりゃ良いってもんじゃないだろう。女の子の胸という時点で尊いものなのに、ただのおっさん風情が優劣をつけるなんておこがましい行為だ。
「わかってねぇなぁ」
「です。しかも横柄な人なので、嫌いなのです」
「まあ、好きになる要素がないな」
例えばもし優秀だという一点のみで風見が前向きになっているのなら応援するが、これは家のしきたりか何かで見合いさせられたおっさんと結婚なんかしたくないという、風見からのSOSだ。
多分、八方塞がりでどうしようもない状況になっていたら、風見はこのタイミングで俺に話をしていないだろう。何も手がないのに俺を巻き込んで、それで俺も風見もバッドエンドを迎える結果になるのなら、彼女は黙って俺の前から消えるだけだ。
しかし、今回風見は俺を巻き込んでも大丈夫だと判断した。それはつまり、ハッピーエンドはまだ手が届く距離にあるということだ。
「つまり俺が何か手伝うことでおっさんの魔の手から風見を救うことができるんだな?」
「さす先なのです。上手くいけば誰に文句を言われることなく夢を実現できるのです」
「エロゲか」
「エロゲのこともそうなのですが、素敵な旦那様との結婚というのも叶うのです」
風見は自信満々に胸を張るが、それはどうだろうか?
世間一般的には、オタクへの風当たりは厳しい。ちょっとアニメを見ているだけで騒ぎ始めるのに、エロゲだ。旦那の理解を得るために飛び越えなきゃいけないハードルが組体操を始めてピラミッドを形成してしまう。
いや、風見がそのくらい気付かないわけがない。
口ぶりから旦那候補は見つけているようだし、その人はちゃんとエロゲを理解してくれるか、もしくはエロゲ最高と叫ぶヘンタイ同志だと信頼しているのだろう。
つまり今回のおっさんとのお見合いの件を乗り切れば、晴れてその人と……け、けっこ……ぐぎぎぎ……!
「ネ、ネタマシイ……」
「はい? どうしたのです?」
「ハッ!? ……いや、なんでもない。それより風見、あまり夢を見すぎるなよ? 後で、思ってたのとと違った! 騙された! なんてことになるかもしれないだろ?」
「それは大丈夫なのです。短い時間ですが、しっかり見極めたのです」
「……そっか。なら、大丈夫か」
「です。わたしの旦那様は、小心者でカッコ悪いところもあるのですが、貧乳でも大切にしてくれる優しい人なのです」
「…………おん?」
「んふふ♪ さあ先輩、わたしと結婚して、優秀な魔法使いになってもらうのです!」
彩雲高校ゲーム部部室。
そこで切り出された風見紗那の一言は、宮崎賢一の人生を大きく変えた。
そしてその影響はこの世界に潜み生きてきた魔法使いたちも避けることができなかった。
実力があり、しかし小心者の宮崎賢一と、エロゲ大好き風見紗那の二人が起こす出来事は、取るに足らないような、でも無視はできないような微妙なものばかりで……
「あの『傍迷惑なオタク夫婦』をなんとかしてくれ!!」
と頭を抱える者が現れるのも、そう遠くない未来のお話だろう。
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