第4話 Hard Rain
「今年の活動内容ですが、まず例年参加していた鉄道模型コンテスト、今年は参加を見送りたいと考えています」
都立品川高校鉄道研究部、新年度最初の部会。
部長の佐渡慶太が淡々と発した言葉に、根岸ゆいは一瞬凍り付いた後、蹴り上げるように席を立ち上がった。
「…え、なんでですか!」
「なんで…、って、鉄道模型をやろうっていう部員は君だけだからだよ」
2年生の津軽康二が口を開いた。
「俺たちの代に模型鉄は誰もいない。部長は撮り鉄だし、俺は乗り鉄。他の奴等も模型には興味が無いんだよ」
「そもそも、鉄道模型コンテストのために、鉄道研究部があるわけじゃないしな」
津軽と、それに続く佐渡の言葉に、2年生の部員達、そして新入部員の玉川梓が深く頷いた。
「今の部員で模型をやりたいのは、君くらいなんだよね。しかも君、ビギナーだって聞くし。ひとりでコンテストに出るのは無理でしょ?」
「で、でも、山口先輩とかに教わって…」
ゆいは少しひるみながらも必死に言葉を絞り出した。
「3年生は受験があるんだぞ、そこんとこ、わかって言っている?」
佐渡の口調は厳しめだった。
「受験を控えた山口先輩達に迷惑かけるわけにはいかないよ」
品川高校は生徒達の多くが大学に進学する、日比谷・戸山・西といったトップランク都立高に続く高校である。このため文化系の部活はほとんど、体育会系の部活も一部が2年生が部活動の主役で、部長も2年生が務めるケースが多い。
「教えてあげることはかまわないわよ、ねえ、水上(みなかみ)君」
前部長で3年生の山口希が、にこやかに水上秀雄の方を向いた。
「受験があるから、模型造り全部に携わることは無理だけどね、アドバイスなら昼休みに出来ると思う」
「それでも、作り手は根岸君ひとりじゃないですか。さすがに…」
渋い顔をした佐渡の言葉をさえぎるように、瀬戸北斗が手を上げながら立ち上がった。
「あ、俺なら、模型造り手伝いますよ。コンテスト、面白そうじゃないですか」
「それでも2人だぞ、最低でも5人は必要だ」
「…私を巻き込むのは勘弁ね」
佐渡の言葉に続けて、梓がぽつりとつぶやいた。
「…別に玉川に期待してないよ。他の部員を集めればいいんでしょ?」
気色ばんだ表情を浮かべながら、北斗が梓を見た。
「はいはい、鉄道模型コンテストの話はここまで」
それまで黙ってゆいたちの話を聞いていた顧問の日向いよが、ポンと手を叩いてから立ち上がった。
「鉄道模型コンテストのエントリーの締め切りは5月。それまでに模型制作が出来るメンバーを根岸さんや瀬戸さんが集めれば、エントリーでいいわよね、佐渡さん?」
佐渡が少し考え込んだ後、縦に頷いてから口を開いた。
「…では、次の議題に移ります」
ゆいは少し安堵した表情で、佐渡をじっと見つめた。
部会は終わった。
鉄道模型コンテストに出場しない、という最悪の事態は避けられたものの、出場するには模型造りのためにあと部員を3名集めなければならない。
廊下を歩くゆいの足取りは重かった。
「…雨?」
窓越しに春にしては強い雨が降り出していることに気がついたゆいは、立ち止まって手にしていた鞄を開く。
「…え、家に忘れてきた?」
入れているつもりだった折りたたみ傘は鞄になかった。大きくため息をついたゆいは、重い足を引きずって歩き出した。
コンビニまでは濡れるしかない。そう思いながら玄関を出ようとしたときだった。
「なんだ根岸、傘がないのか?」
後ろからの声に振り返ると、傘を持った北斗と同学年の鉄道研究部員・能登信二が並んで立っていた。
「…忘れてきたみたい」
「俺のを駅まで貸すよ」
「でも、瀬戸君のは…」
「能登の傘に入れてもらうよ。いいだろ?」
「…相合い傘になるけど、しゃあないか」
能登は肩をすくめた。
ゆいは渡された北斗の傘を開き、北斗は信二と一緒の傘に入って歩き出す。
「…そうだ、根岸も能登もこの後、時間があるか?」
校門を出ようとしたところで、北斗はゆいの顔を見た。
「少しなら大丈夫だけど?」
大井町駅近くのコンビニで、イートインスペースに3人分の席を見つけたゆいと北斗、信二は、場所取りしてから飲み物を買いに行っていた。
「…あれ、大鳥君?」
ミルクティーの紙パックと折りたたみ傘を手にしたゆいの視線の先には、クラスメイトの大鳥隆がレジを打っていた。
話しかけようか、と思ったゆいだったが、結局は黙って隆の前に商品を差し出した。隆はゆいの顔を確認したが、特に表情を変えることなく、前の客と同じように淡々とレジを打っていた。
めいめいが飲み物を手に確保した席に座ると、北斗が口を開いた。
「能登は協力してもいいそうだ」
「協力?」
「鉄道模型造りだよ」
「その前に、ひとつ聞いていい?」
信二はじっとゆいを見つめながら言葉を続けた。
「根岸さんはなんで鉄道模型コンテストに出たいの?」
少しの沈黙の後、ゆいは口を開いた。
「…上手くいえない。憧れもあるし、それにチャレンジしてみたい、って気持ちもある」
北斗と信二はゆいの言葉を聞きながら、それぞれの飲み物に口をつけた。
「…去年、鉄道模型コンテストを見に行ったんだけど、…みんなが作っている模型が、なんと言っていいのか、凄かった」
「その時の写真、ある?」
ゆいはスマホに保存されていた、去年の鉄道模型コンテストの作品の写真を呼び出すと、北斗と信二に見せた。
「へえ、色々と凄いんだね、鉄道模型コンテストって」
「…瀬戸君、もしかして鉄道模型コンテストの中身を知らずに賛成したの?」
「多少は知ってたよ。でも、こんだけ凄いもんだってことは、今知った」
「…この模型を作った皆さんが輝いて見えた。…そして、自分もやってみたいと思った」
「…わかった、僕も協力するよ。役に立つ自信は無いけど」
「…いいの?」
ゆいの問いに、信二は黙って頷いた。
「これで、あと2人だな」
「ただ、僕もそうだけど、根岸さんも瀬戸君も、模型造りははじめてなんでしょ?そこが心配だな…」
陽気な北斗に対し、信二は慎重な口ぶりだった。
「俺はプラモなら作ったことあるし」
「でも、鉄道模型コンテストはジオラマ造りがメインなんだよね。プラモとは違うと思うよ?去年の作品を見ていると、自分たちでいちから作らなきゃならない感じだし」
「…基本は手作りだって、希先輩達も言ってた」
「そこは山口先輩や水上先輩の協力を得るしかないな。幸い、二人とも協力してくれそうだし」
「僕らの代に、入部していない鉄道ファンがいると話が早いかもね。僕はいないけど、根岸さん、心当たりある?」
ゆいはSLが保存してある入新井西公園で、隆を見かけたことを思い出し、彼の方を向こうとした。でも、何かが引っかかった。
ゆいは振り返るのを止めて、黙って首を横に振った。
「残念ながら俺もいない」
「…僕らと玉川さん以外に鉄道ファンはいない、という前提で、ガンプラとかやっていそうな同級生を探すしかないかもね」
雨はまだ止みそうになかった。
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