第29話

 あっさりと受け止められるエクスカリバー。相手の長剣の強度も、恐ろしく高い。ゴーレムの胴体よりも硬いのだから。

 だが、僕はここで退こうとは思わない。工藤は、かつての仲間であった逸見を撃ち、まるで人質のようにミカたちを弄んでいる。絶対に、こいつだけは仕留めなければ。


 しばしの鍔迫り合いの後、先に離脱したのは僕だった。

 精神を集中しなければ、エクスカリバーの本来の力を発揮することはできない。一旦距離を取るべきだ。


 すると工藤は、僕の動きに追随してきた。ほぼ同じリーチを誇る、エクスカリバーと工藤の長剣。こうなっては、いかに長剣を扱い慣れてきたのかという実戦経験がものをいう。

 明らかに、僕は押されていた。ザン、と空を斬り、ギン、と刃がぶつかり合う。そんな不規則な、しかし洗練された音に乗せられて。


「エクスカリバー、その真価はそんなものか!」


 工藤の口元には、いつしか不敵な笑みが浮かんでいた。

 やがて僕は、思いっきり横薙ぎに振るわれた長剣を受け、エクスカリバーもろともふっ飛ばされた。


「がはっ!」


 無様に地面を転がされる。


「やはり神を殺すに相応しいのは私だな。許せよ、少年」


 ガチャリ、ガチャリと音を立てながら、迫ってくる工藤。僕は何とか膝立ちになり、自らの剣を構える。


「懐かしいな。我々の時代の娯楽には、よく登場していたよ、聖剣が。『エクスカリバー』と名乗ってな。だが所詮、その名を受け継いだ剣も、使い手がこれでは宝の持ち腐れというものだ」


 すっと、工藤が長剣の切っ先を僕の喉に当てる。


「さあ、その聖剣を渡せ。無益な殺生は、私とて望むところではない」

「何を今更ッ!」


 僕がそう言い終えると同時、横っ面に衝撃が走った。工藤が僕を蹴り飛ばしたのだ。


「生かしてはおいてやろうと言っている。さあ、聖剣を渡せ。これで世界は救われる」


 これが、一千年前の武人の蹴りか。その痛みと衝撃に、僕はむせ返った。しかし、このエクスカリバーを手離すつもりは毛頭ない。どんな名前の由来があるかも知らない。

 ただ、僕にはこの剣が、この世に光明をもたらす彗星のように見えたのだ。工藤には扱いきれまい。


 と言っても、状況は絶望的だ。工藤は、極力エクスカリバーに打撃が加わるのを避けている。それですら、これほどの戦力差があるのだ。僕の手に負える相手ではない。

 ここまでか。


 僕が死を覚悟した、まさにその瞬間だった。


「なっ、何だ!?」


 工藤の言葉に、僕は顔を上げた。すると、そこに工藤は立っていなかった。ぽっかりと浮かんでいたのだ。薄紫色の光沢を持った、大きな泡によって。


 この泡。忘れようもない、八年前に僕とミカを救ってくれた、おばさんの使った球形魔法陣だ。

 さっと横を見ると、工藤の背後でミカが両腕を突っ張っていた。工藤の動きを緩慢にすべく、魔法を使っているのだ。


 そうだ。僕にはミカがいる。彼女と生きていければ、それ以外に何を望むだろう?

 そこまで考えが及んだ時、僕は夜闇の湖のごとく落ち着いた心境であることを自覚した。

 思えば、エクスカリバーでゴーレム共を一掃した時も、このような心境ではなかったか。


「くっ! これが魔法か! 何故だ、何故破れない!」


 喚く工藤。僕はエクスカリバーを上段に構え、目を閉じて一度深呼吸。そして、叫んだ。


「エクス、カリバーーーーーーーー!」


 そして視界はエメラルドに染まり、工藤は魔法陣から解放され、ばったりと倒れ込んだ。


         ※


 僕が工藤を斬ったのは、横薙ぎにではなく、肩を掠めるようにだった。それでも、工藤の肩腕は消し飛び、高熱のためか出血もなかった。いずれにせよ、瀕死だ。


「だはあっ! はあっ、はあっ、はあ……」


 僕は何とか意識を脳内に保ち、エクスカリバーを地面に突き立てて身体をもたせかけた。

 紫色の魔法陣は既に消え去り、工藤は息をしていないように見える。死んだのか。

 だが、僕が短剣を手にして近づくと、蚊の鳴くような声で語りだした。


「まさか、君のような少年に、私が負けるとはな……」

「エクスカリバーの力です」

「そうだな」


 ふっと笑みを浮かべる工藤。そして、そのまま目を閉じた。しかし、僅かに覗いた眼球からは、遺志が見て取れた。『この星を頼む』と。

 僕はエクスカリバーを握り直し、檻に近づいた。


「皆、離れて」


 僕は何も念ずることなく、無造作に振るった。エクスカリバーの先端は、綺麗に檻を一閃して、ミカ、逸見、サントの三名を解放した。


「大丈夫か、ミカ?」

「うん、ありがとう、ジン。あなたが戦ってくれなかったら、今頃は」

「言わなくてもいいよ、そんなことは。ミカの方こそ、あんなに魔法力を使ってしまって……」

「あたしは平気。お母さんの得意な魔法だったから、体力的には大丈夫だよ」

「そう、か」


 僕がそっとミカの両肩に手を置いた、その時。無機質な声が響き渡った。


《勝負はついたようですね、ジン》

「サント、『ベテルギウスの弓』の準備は?」

《それが――、先ほどの戦闘で、システムの一部が損傷しました。ジン一人では、操縦しきれないかと》

「そんな!」


 僕は自分の身体が足元から崩れ去っていくような感覚に囚われた。。そんな、せっかくエクスカリバーまで手に入れて、ここまでやってきたのに。


 振り返って、残る三人を見る。逸見は負傷して動きに支障があるし、ヴィンクはどう見ても機械いじりは不得手だ。と、いうことは。


「サント、ミカの魔法を使って、僕の操縦補佐を務められるか?」

《困難ですが、不可能ではありません》


 僕は再び、正面からミカの肩を握り込んだ。


「一緒に来てほしい。いいかい、ミカ?」


 ミカは返答する代わりに、僕の首元に腕を回してきた。


「どこにでもついていくよ、ジン」


         ※


 僕たちが先ほど傾いた尖塔に近づくと、サントの声で説明が為された。傾いた入り口があり、僕とミカはそこから戦闘に踏み込む。


《梯子を上って。天井にぶつかったら、少しその場で待って》

「あ、その前に」


 僕は尋ねずにはいられなかった。


「君は、サントなのか? どこにいる?」

《私はサントで間違いないわ。ただし、今はシステムに沿って動いている》

「システム?」

《私の正式名称は、ベテルギウス・コア。この弓を引くために創られた機械よ》

「そ、それは……」


 ミカは言葉を失った様子だ。それに対して僕は、思いの外落ち着いていた。


「君は本当に機械なのか? 数百年前に生まれた、って聞いたけれど、だからこそ機械だ、っていうことなのか?」

《ええ。ずっとこの弓矢を守護し、それに相応しい者が現れるまでの守り人として製造されたの。私が使ってきた魔法は、どれも機械的なもの。本物の魔法と見かけは変わらないように思ったでしょうけど》

「あなた自身だけで、この弓矢をコントロールすることはできないの?」


 ミカが不安げな声をかける。それに対し、サントは『不可能ね』と即答。


《私が、つまりこの尖塔が造られた時、神に気づかれてしまったのよ。だから私は、この弓矢から離れた土地、あの地下道に閉じ込められることになったの。未完成の状態で。私が消滅してしまったのだと、神に見せかけるためにね》


 話を聞いているうちに、僕は不思議な感覚に囚われた。簡単に言えば、神が『人間臭い』ものに思えてきたのだ。

 一体何者なんだろう。言葉を交わすことは可能だろうか。もし可能だとすれば、どうしてこの星をこんなにまで滅茶苦茶にしたのか、真意を問うことはできるだろうか。


《準備ができたわ。さあ、二人共、早く梯子を上って頂戴》

「行こうか、ミカ」


 無言で頷くミカの頬には、一筋の汗が流れていた。よほど緊張していると見える。


「大丈夫だよ。これで僕の両親や、おじさん、おばさんの敵討ちができる」

「そ、そうだね」


 ミカはこくこくと頷いて、僕に続いて梯子上りを再開した。


 しばらく上ると、天井が見えた。真ん中に、ちょうど天井を二分するような切れ込みがある。


《今開ける》


 すると、音もなく天井が切れ込みから左右に展開した。そして頭上にあるものを見て、僕は目を疑った。


「これは、水、なのか?」

《ええ。あなたたちがこの矢に乗って飛んでいくには、もの凄い力がかかる。それで怪我をしないようにするための、衝撃吸収材ね》


 僕はその液体に触れてみた。どろりとしているが、不快な感覚はない。液体を摘まんで引き離そうとしたが、僕の指先をすり抜けて元に戻ってしまう。


《大丈夫。液体の中でも呼吸はできるから》

「じゃ、じゃあ」


 僕はごくりと唾を飲んで、頭を液体に突っ込んだ。


「ジン、大丈夫なの?」


 くいくいとミカがズボンの裾を引いてくるのが感じられる。が、それには応じられない。僕は液体の中なのに呼吸ができる、という現象に驚き、戸惑いを隠せなかった。

 僕は無言で、液体に浸された階段を上っていく。この液体が零れてしまうことはないようだ。


 ミカがついてくる気配を感じながら、ゆっくり梯子の続きを上っていくと、やや広がった空間に出た。ここが、『ベテルギウスの矢』の中央部らしい。

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