第28話
※
「我々は、陸上自衛隊第一特科連隊、対神特殊工作部隊だ」
工藤はわけの分からない言葉を羅列した。ぽかんとしている僕に向かい、逸見が補足する。
「軍隊みたいなものだ。『ぐんたい』って分かるか?」
「それって、人と人が戦ったり、殺し合ったりするような……?」
逸見は頷いた。昔は人間同士の争いが絶えなかったということは、村にあった古文書で知っている。
「でもそれって、一千年前に神が人間を攻撃した時、消滅したんでしょう? そりゃあ、魔術師と普通の人間との戦いはしばらく続いたけれど……」
「そう。だから言っただろう、ジン? 俺たちは今の時代の人間じゃない。一千年前から、ずっと神を殺せる機会を待っていたんだ」
「そんな馬鹿な!」
僕は驚きと畏怖の念で、却って笑い出しそうになった。
「一千年もの間、生きていられるわけないじゃないですか! 流石にどんな魔法を使ったって」
「魔法じゃない。科学技術だ」
逸見の眼差しに、僕は彼が冗談を言っているのではないことを再確認させられた。
「ハイパースリープ、と言っても通じないか」
工藤は瓦礫の山から立ち上がり、地面に下りながらそう言った。
「逸見、この時代に熊はいるか?」
「はッ、生存を確認しております」
すると工藤は逸見から僕に目を移した。
「熊は冬眠するだろう? 今も季節の移り変わりがあれば、の話だが」
「あっ、はい」
確かに、雪が降り始める季節には、熊や一部の動物たちの姿は見られなくなる。
「我々も冬眠していたんだ。一千年もの長きにわたってな」
「はっ、は、はあ?」
そんな長生きできるわけがないだろう。眠っていたって、次の春には食事を摂らなければ飢えてしまう。
その疑問が顔に出たのか、横から逸見が説明した。
「それが科学技術の力だ、ジン。この甲冑が銃弾を通さないのも、俺が強力な爆弾を持っていたのも、全て科学の力だ」
「それでも、神の暴走は止められなかった」
やれやれと首を振りながら、工藤は言った。
「だから工藤一佐や我々、一部の軍人は、神を倒せる機会を窺うべく、ハイパースリープ、すなわち超長期的冬眠に入ったんだ。そして、俺はこの場所に立って全てを思い出した。冬眠中の記憶の混濁が激しかったが、今はもう大丈夫だ」
そう言いながら、逸見は背を向けてサントのいる建物の方へと向かって行く。
「サント、補足事項はあるか?」
《私もようやく、現在の状況を確認しました。神に関する詳細を、彼らに伝えるべきと考えます》
「分かった」
答えたのは工藤だ。
「私や部下の逸見は、神を倒すことを目的としてハイパースリープに身を委ねた。だが、神の正体を知っている者がどれほどいるものか」
神の正体? 何だそれは?
しばし、僕は自問自答した。思えば、僕は神を憎みこそすれ、その具体的な姿に深く関心を抱くことはなかった。あの膝を抱いた赤ん坊のような姿で、ぽっかり空に浮かんでいる神。それ以上の情報は、僕にはなかった。
「教えてください」
沈黙を破って、僕は工藤と逸見に問うた。
「神は一体、何なんですか」
すると一切の淀みもなく、工藤は答えた。
「地上攻撃型の、最新鋭人工衛星だ。一千年前の代物だがね」
何を気に掛けることもなく答える。その横で、逸見は俯いて唇を噛んでいた。自分がきちんと僕に対して説明してやれなかったことに、悔しさを覚えているらしい。
そこから先、僕は逸見から説明を受けた。
衛星とは、月のように地球の周りを回っているものであるということ。
『人工』とつく場合は、人間が科学技術で生み出した衛星である、ということ。
そして神、すなわち件の人工衛星は極めて高度な科学技術力を有し、それを発動させることで、この星に大災害をもたらしたのだということ。
交代交代で、今度は工藤が声をかける。
「さらに付け加えれば、魔女、まあサントのことだが、彼女は『ベテルギウス弓矢』の総司令官のようなものだ。ジン、君は神を殺すという熱意を持ち続けてくれさえいればいい」
すると今度は逸見が僕の両肩を握り、こう言った。
「ジン、お前が神への復讐を誓うなら、方法は一つだ。この『ベテルギウスの矢』、すなわちスペースプレーンで神の元へ行き、エクスカリバーによってそれを破壊する。そうすれば、これ以上神が天変地異を起こしたり、人間を傷つけたりするようなことはできなくなるはずだ。煩わしいことはサントに任せて、お前はエクスカリバーを使いこなすことだけを考えろ。分かったか?」
「はっ、はい!」
僕が勢いよく頷いた、まさにその時だった。鮮血が僕の顔に降りかかったのは。
「え?」
僕はまず前方を見た。工藤がいる。いつの間に拾い上げたのか、拳銃を手にして。
ゆっくり視線を巡らせると、逸見が苦悶の表情を浮かべて、僕に寄りかかるようにして崩れ落ちるところだった。
「か、カッチュウさん!」
僕は慌てて彼の身体を抱き留める。この液体は、間違いなく逸見の血だ。装甲板の合間を縫って、工藤が逸見を撃ったのだ。
「おいてめえ、何しやがる!」
沈黙を守っていたヴィンクが、突然激昂した。サーベルの片方を回転させながら、思いっきり放り投げる。しかし、工藤は腕を振るうだけで、簡単にこれを弾いてしまった。
それから何事か呟き、腕に仕組まれていたボタンに触れた。
ゴゴン、という重い擦過音が、頭上から降ってきた。僕たちを瓦礫で押し潰す気か?
そう思ったものの、結果は違った。降ってきたのは、巧みに位置を調整された檻状の鉄棒だった。前方に出ていた僕と逸見は逃れたが、ミカ、ヴィンク、それにケリーは完全に囚われてしまった。
「な、何を……!?」
唖然として工藤に振り返る。すると工藤は微かな笑みを浮かべ、『安心しろ』と一言。
「逸見三佐の傷は浅い。また、君たちを捕らえてむざむざ殺すつもりもない。ただ一つだけ、ジン、君が私の要請を聞き入れてくれれば」
「要請……?」
「エクスカリバーを、私に寄越せ」
肌がひりひりするような、異様な緊張感。その中で、片腕を差し出す工藤。
「私とて、一千年前に妻と娘を神によって殺されている。君だって似たようなものだろう? 血縁関係のない者たちと冒険している時点で、それは分かり切ったことだ」
今度は僕が唇を噛んだ。
「私は神を憎み、この日が、復讐を果たす日がくるのをずっと待っていた。私の方が戦闘能力はあるつもりだ。私が君に代わって神を殺しに行った方が、作戦成功率は上がる。悪い相談ではないだろう?」
ガチリ、と音を立てて、兜を顔面に装備する工藤。そんな彼を前に、僕は背負っていたエクスカリバーを抜いた。この剣を手にしなければ、殺される。そんな強迫観念が、僕を突き動かしたのだ。
確かに、工藤の方が戦闘能力は高いかもしれない。しかし、僕とて今まで敵性生物を駆逐しながら生きてきたし、戦闘能力に自信はある。
さらに言えば、工藤は甲冑を着けて僕と剣の取り合いをするつもりらしい。だったら、平等を期すために僕がエクスカリバーを使うことは、許されてしかるべきだろう。
「頼むぞ、エクスカリバー……」
「ふっ、ははっ」
工藤は乾いた笑い声を上げた。
「ジン、君がどんな人生を送り、どれほど自分の腕を磨いてきたかは分からん。だが、私と戦うつもりなら、自分が殺されても文句は言えんぞ? 私とて気を抜くことはできん。相手は秘剣、聖剣の類だからな」
そう言って、工藤もまた背後に手を遣った。背負われた形の鞘から現れたのは、僕の短剣と同じような、黒光りする長剣だった。
「さあ、どこからでも斬り込んでくるがいい。ただし、死ぬ覚悟を忘れるなよ」
「ふっ!」
「はっ!」
灰色の空、黒ずんだ地、そして静謐な雰囲気を破るように、僕はエクスカリバーを下手に構えて一気に距離を詰めた。工藤は回避しない。受け流すつもりのようだ。ならば。
僕は無理やり跳躍し、回し蹴りを繰り出した。長剣の腹を狙った足先は見事に命中し、工藤の長剣の軌道がずれる。その回転の勢いを殺さずに、僕はエクスカリバーを横薙ぎに振るった。
しかし工藤も黙って斬られはしなかった。驚異的な跳躍力で、後方へ飛んだのだ。ザザッ、と靴先が滑る音がする。
「ふむ。まさかリーチの短い蹴りで二段構えの攻撃を仕掛けるとはな。では、これはどうだッ!」
大きく踏み込んでくる工藤。
「はあっ!」
その剣先を押し下げるようにして、その反動で跳躍。真上に飛んで、頭頂から工藤を真っ二つにせんと、エクスカリバーを振り下ろした。
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