第27話
※
シルヴァ・フライは順調に航行を続けた。
カッチュウも意識が安定してきている。まだ戦いには臨めないだろうが、アドバイザーにはなってくれるはず。彼の記憶が蘇るのを頼りに、『ベテルギウスの弓』を目指す。そして方法は分からないけれど、エクスカリバーを駆使して神に挑む。
僕がエクスカリバーを手にし、シルヴァ・フライが東の大陸を目指し始めてから、カッチュウの記憶はどんどん明確になっていった。藁にも縋る思いで、僕は彼の話に耳を傾ける。
「つまりカッチュウさん、僕がその、す、すぺーぷ、ぷれ……」
「スペースプレーンだよ、ジン」
「そ、そう、スペースプレーンです。それに乗って、あの神の浮かんでいるところまで行く、と?」
「そうだ。この任務は、エクスカリバーを扱える人間にしか務まらない」
「何故です? それほど神とは強敵なんですか?」
「そう、だな……」
顎に手を遣るカッチュウ。今は兜を始め、装甲板を全て外し、涼し気な布繊維の長袖、長ズボンという格好をしている。
ベッドで上半身を起こし、水の汲まれたコップの水面を見つめながら、考え込むカッチュウ。
僕が見た限りではあるが、彼には隠し事をしている雰囲気はない。実際に、彼の記憶、すなわち過去にあったことから取り出せる情報は、どんどん増えてきている。僕たちを騙すつもりなら、最初から明確に嘘をついていただろうし、最悪、僕たちを殺してしまうことだってできたはず。
エクスカリバーのみならず、カッチュウの存在もまた、神を殺すのに絶対必要というわけだ。
※
数日後。
キャビンで寝込んでいたはずのカッチュウが、突然ブリッジに現れた。
「お、おいあんた、歩いても大丈夫なのか?」
操舵輪に手をかけながら、ヴィンクが問う。しかしそれには答えずに、カッチュウは座標を指定した。
「そこに下りてくれ。敵性勢力はいないはずだ」
「そうすれば、あんたの記憶も戻る可能性が高い、と?」
「分からん。だが、俺の頭の中では、緯度も経度もその座標が繰り返し現れるんだ。下りられるか?」
「んまあ、この船は小振りだからな。融通は利くけどよ」
「頼む」
そう言ってブリッジをあとにするカッチュウを追って、僕は彼の部屋へと向かった。水を持って行ってあげる時間だ。
部屋に到着する前に、僕はカッチュウに追いついた。すると、気配を感じ取ったのか、振り向きもせずにカッチュウがこんなことを言いだした。
「ジン、俺がこの時代の人間でないと言ったら、お前はどう思う?」
「えっ?」
どういう意味だ? しかし、そんな僕の困惑すらも、カッチュウには予想範囲内だったらしい。
「細かいことはまだだが、俺はどうやら、長いこと眠っていたようなんだ。それこそ、サントが生まれるよりもずっと前から」
「何ですって?」
これには驚いた。サントだって、数百年もの間、魔女として君臨していたのだ。にも拘らず、カッチュウはさらに昔に生まれ、眠っていただけだ、と? 一体どうやって?
「流石にタラップの上り下りはキツイな。部屋に戻って、サントに治癒魔法をかけてもらおう」
「ああ、そうだ、お水……」
「すまないな、ジン。部屋まで運んでくれるか?」
これが、その日カッチュウの姿を見た最後だった。
※
《皆、聞いてくれ。そろそろ指定座標だ。何が待ち受けているか分からんから、警戒を怠るんじゃねえぞ》
拡声されたヴィンクの声は、いつもよりもやや緊張気味だった。エクスカリバーを手にし、離陸してから三日目の夜。僕たちは東の大陸上空へ入っていた。カッチュウが指定した座標は、まさにその大陸の西岸部にあたる。
シルヴァ・フライは緩やかに着陸した。その頃には、既にカッチュウは鎧を身に着け、銃器を扱う程度には体力を回復させていた。僕たちも警戒しながら、月明りの元で周囲を見渡す。
しかし、そこに浮かび上がった光景に、僕は、というよりカッチュウ以外の人間は、呆然としてしまった。
「何だ、これ……」
簡単に言えば、巨大で太い石板が、いくつもいくつも立っていた。空から見たときは月灯りが雲に閉ざされていて分からなかったが、相当な大きさだ。しかし、ところどころが崩落し、土台から斜めに傾いているものもある。
「やはりな」
「か、カッチュウさん、これ、一体何なんです?」
不安げに尋ねてくるミカ。僕もカッチュウに振り返る。するとカッチュウは、以前のように頭痛を伴うこともなく、落ち着いて言い放った。
「ここは街だよ。少なくとも、一千年前まではな」
「街?」
「そうだ。ここに人が住んでいたんだ」
だが、僕には想像がつかなかった。こんな岩(コンクリートというらしい)で、これほど高層の建造物が造られているのにも驚かされた。しかし、どうやって人々は食物を手にしていたのだろう? 見たところ、田畑や森林は目に入らないのだが。
その疑問が顔に出たのか、僕に振り返って説明した。
「野菜や肉は、別な場所でまとめて作るんだ。食料を採ったり、育てたりする人々は、こんなところに住んでいない」
『足場が悪いからな』と注意を促して、再び前方に向き直るカッチュウ。しばらく歩くと、傾きの見られない、天を突くような建物が目に入ってきた。それは月光を浴びて、刀のようにギラリと輝いた。
その時だった。
「サント? どうしたの?」
ミカが問う声が聞こえてきた。振り返ると、サントは足から根が生えたように立ち尽くしている。視線は安定せず、何かに怯えているようにすら見えた。
「ケリー、私から離れて」
抱いていた愛猫をそっと下ろすサント。その言葉を理解したのか、サントは素早く固い地面を駆けて、ミカの足元にすり寄った。
まさにその直後だった。見えない巨人に掴まれたかのように、サントの身体がふっと浮いたのだ。勢いよく前方へ引き寄せられ、しかしコンクリートに衝突することなく、宙を舞う小柄な体躯。
前方へ目を凝らすと、刀のような建物の扉が開いていた。サントの使う魔法と同じ淡い水色が溢れ出ている。
「サントっ!」
僕が叫んだ頃には、既にその建物の扉は閉じられ、サントは閉じ込められてしまった。というより、この建物の一部として取り込まれてしまったかのように見えた。
「サント!」
「待て、ジン! あの建物は――」
水色の光が、網の目のように建物の表面を駆け巡る。すると、ゆっくりと建物が倒れ出した。いや違う。傾き始めたのだ。重力に引かれるがままになるのではなく、向こう側へとゆっくり傾斜をつけていく。その先端が、神の方を指した。
「こいつぁ、一体……」
ヴィンクが呆然と呟く。次の瞬間に響いたのはサントの、しかし機械的な声だった。
《皆さん、これが『ベテルギウスの弓』です》
「サント、どこにいる? これがその、神を殺せる武器なのか?」
僕は砕けたコンクリートの山に足をかけながら声を上げる。すると、すぐさま返答が来た。
《そうです。しかし、これは飽くまでも『弓』でしかありません。『矢』になるのは、人間です。その人物が乗り込んで操縦し、神の元へ行きます》
「神の元へ、って……」
僕は曇り空の合間に見える、神を見上げた。あんなところに行けるのだろうか?
《ジン、あなたもカッチュウに教わったはずです。これは『弓矢』という言い方をしていますが、実際はスペースプレーンという乗り物なのです。細かい操作は、発進して神にある程度近づいたら、私がお伝えします。心配は不要です。それよりも――》
「そ、それよりも?」
僕が問おうとした、まさにその時。
パタタタタタタタッ、という鋭い音が響き渡った。
「おいカッチュウ! 何やってんだよ!」
「俺じゃない」
確かに、銃声が聞こえたのは、カッチュウのいる場所からではない。僕を挟んで反対側、傾いだ建物の陰から聞こえた。誰がいるんだ?
そしてもう一つ気にかかることがある。カッチュウは、どうしてこんなに落ち着いているんだ?
「全て思い出した……思い出しましたよ、一佐! 工藤晴樹一佐!」
怒りの混じった大声を上げるカッチュウ。顔は銃声のした方に向けられており、ちょうどそこから人影が現れるところだった。
「久しぶりだな、逸見祐樹三佐。さしずめ一千年振り、といったところかな?」
僕は黙って、その新たな人影を見つめた。カッチュウと同じような装甲板をまとっているが、色は灰褐色だ。兜を脱ぐと、四十代後半と思しき、顎鬚をたくわえた男性の顔が現れた。
「今の私に戦う意志はない。まずは矛を収めてくれ。話をしよう」
すると全く唐突に、二人目のカッチュウ――工藤は驚異的な跳躍力を見せ、僕の前に立ちはだかった。
「君か。エクスカリバーの担い手は。よくぞ、ここまでやって来たな」
「おいカッチュウ! あいつは一体何なんだ? 敵か? 味方か?」
ヴィンクが唾を飛ばしながらカッチュウ――逸見に問う。だが、逸見にも即答できる材料はないようだった。
「まあ皆、落ち着け。私とサントとで、この世界の種明かしをして見せよう」
すると工藤は、手にしていた長銃も拳銃も適当に放りだし、両手を挙げた。『自分は丸腰だ』と訴えるように。
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