第26話

 僕は癖で、短剣を眼前にかざしながら駆けていく。途中、ヴィンクに足を斬られて転倒するゴーレムに巻き込まれそうになったが、そんなことは最早どうでもいい。


 これは『試練』であり、僕は『試されている』のだ。これほど心の奥底から湧き上がってくる神への憎しみ、そしてミカに対する恋慕にも似た想い。それを易々と計られるのは心外だ。たとえ相手が何者であろうと。


 目の前でゴーレムが転倒し、砂塵が舞う。僕は両腕で頭部を守り、これに対処する。

 これでゴーレムの円陣内に入った。あとは、ミカから拝借した宝石を中央の岩に嵌め込み、エクスカリバーとやらの登場を待つだけだ。


 そう思った、次の瞬間だった。


「ッ!」


 僕は足を踏ん張り、急停止をかけた。転倒したゴーレムの背後から、もう一体のゴーレムが腕を伸ばしてきたのだ。その掌は拳の形を成している。まともに喰らったら、命はあるまい。

 やはり、こんな僅かな戦力でゴーレム共に挑んだのが誤りだったのだ。僕の命も、ここまでか。


 僕が両腕を頭上で組み合わせ、耐衝撃姿勢を取った時だった。横合いから、ドン、と凄まじい勢いで僕は突き飛ばされた。

 馬鹿な。ゴーレムの拳は正面から迫っていたはずだが。


「うおっ!」


 そのまま何度か横転し、やっとのことで腹這いになる。そのまま顔を上げ、見た。僕の代わりに、カッチュウの姿が宙を舞っているのを。

 そうか。カッチュウは僕を突き飛ばし、自分がゴーレムの拳の直撃を受ける身代わりになったのだ。


「か、カッチュウさん!」


 叫ぶ僕。その眼前では、あの重装備を誇っていたカッチュウが、ゴーレムの頭上よりも高く殴り飛ばされている。

 事態に気づいたヴィンクが振り返り、彼女もまた驚愕の表情を浮かべる。


「おのれ!」


 件のゴーレムに斬りかかるヴィンク。だが、その剣筋は確かなのに、ゴーレムには通用しない。足元を見れば、淡い光が今まさに消えようとしているところだった。きっと、サントも限界なのだ。


 これらを確かめたのは一瞬のこと。僕は周囲を見渡しながら、ゴーレムの円陣中央にある岩へと駆け寄った。

 何の変哲もないが――。いや、待てよ。しゃがみ込んでよく見ると、人間のへそのような窪みがある。ここだ。この窪みに宝石を嵌め込むに違いない。

 もしそうでなかったら、僕はあっという間に殺到したゴーレム共によって叩き潰されてしまうだろう。


 頼む。起動してくれ。

 僕がそう念じながら宝石を嵌め込んだ、まさに直後だった。岩の真下から、緑色の光が湧き出てきた。それは真っ直ぐ、垂直に空へと突き刺さるほどの光量で、僕はまた目を腕で覆うことになった。


 その光は、僕の足元までに広がった。周囲の動きが緩慢になり、宙を舞うカッチュウも、地を駆けるヴィンクも、転倒するゴーレムまでもが、その姿をゆっくりとしたものにしていた。

 僕が振り返ると、岩に異変が起こっていた。地面から盛り上がってきたのだ。


「こ、これは……」


 最初に岩だと思ったもの。それは、新たな石板の上部が地面から露出したものだった。石板はするすると、天へと向かって滑り出し、そこに大剣と思しきものが埋め込まれているのを、僕ははっきりと見た。


 腕を伸ばし、その柄を握りしめる。カタン、と軽い音を立てて、大剣が岩から外れる。それは見た目よりも遥かに軽く、まるで短剣と同じ扱いができそうなほどだった。

 すると、緑色の光は消え去り、代わりに穏やかな風が地面から吹き上げてきた。


 目を閉じ、意識を集中する。何も考えない。ただ、感じる。この件に宿った、大いなる力を。

 石板が己の役目を終え、がらがらと崩れ去ったと同時、僕はカッと目を見開き、すっと息を吸って、叫んだ。


「エクス、カリバー――――――!!」


 剣筋は真横。刀身は自在。僕は軽く跳躍し、そのまま身体を捻って一回転した。その軌道の上にいたカッチュウ、下にいたヴィンクを巧みに避けながら、エメラルドの輝きが周囲を一閃する。


 勝敗が決するのは、まさに一瞬だった。ゴーレム共は、胴体を真っ二つに切断されたのだ。


「はあっ! はあ、はあ……」


 僕は今の一撃に、自然と全身全霊を込めていたらしい。膝から上半身へと力が抜けていき、腹這いに倒れ込む。

 しかし、既に危険がなくなったことは明らかだった。そう感じるのだ。まるでこの大剣、エクスカリバーが、僕の掌を通して語りかけてくれているかのように。

 お前はよくやった、今は休めと。


 僕の脳裏からは、警戒を続けるヴィンクや疲弊しきったサント、それに重傷を負ったであろうカッチュウのことまでもが消え去り、全身が脱力して顔を砂塵に押しつけることとなった。


         ※


 次に僕の意識が現実に浮かび上がってきたのは、翌朝のことだった。


「ジン……、ジン!」

「揺すっちゃ駄目よ、ミカ! あなたは元気になったからいいでしょうけど、ジンはまだ……」


 何だ、この状況は? ミカが僕を揺さぶっている。朝食ができたのだろうか。いや、だったらスープを煮るなり、肉を焼くなりする匂いが漂ってくるはずだ。

代わりに鼻腔を満たしているのは、草花の香り。それに焚火の匂いも混じっている。


 待てよ。『ミカが元気になった』? ミカに何かあったのか? 


 ここまで考えて、ようやく僕は意識を取り戻した。


「ミカッ!」


 僕は横たえられた状態から上半身を跳ね上げ、僕を見下ろしているミカに抱き着いた。


「ミカ、大丈夫なんだね? 病気は治ったんだね?」

「ちょ、ちょっとジン、苦しい……」


 僕はミカを支えきれなくなり、彼女を抱き締めたまま後頭部から倒れ込んだ。今度は優しい香りが、僕の嗅覚を塗り替えていく。そうだ。二人三脚で冒険してきた、ミカの匂いだ。無論、二人だけの力で困難を乗り越えてきたわけではないけれど。


 その時、はっとした。僕はミカの後頭部に腕を回しながら、そばにいたサントに向き直った。


「カッチュウさんは? カッチュウさんはどうなったんです!? 僕の代わりに、ゴーレムに殴り飛ばされて……!」

「そ、それは」


 言い淀むサント。するとその背後で、血塗れの人物が腰を上げた。


「肋骨をかなりやられてる。難儀することになるな」

「ひっ!」


 僕は思わず悲鳴を上げてしまった。が、よく見れば、その人物はヴィンクだった。彼女の足元には、ところどころ装甲板を外されたカッチュウが横たわっている。


 僕に囁くようにして、ミカが詳細を教えてくれた。

 一番体力的余裕があったヴィンクが、カッチュウの応急処置にあたったこと。

 一旦休憩を取ったサントが、治癒魔法を施そうとしていること。

 彼女らの見立てでは、カッチュウの生存率は五分五分だということ。


「五分五分、ってそんな……!」

「これでも善処したんだぜ? まあ、サントが協力してくれるから、生存率はまだ上がるかもしれねえが……」


 腰に手を当て、不似合いなため息をつくヴィンク。


「で、どうするんだ、ジン?」

「え? どうするって、何が?」

「神殺しの旅を続けるかどうか、ってことだ」


 ヴィンクは感情を押さえた口調で言った。


「サントの錬金術を使えば、医療器具は揃えられるし、薬はこの薬草畑から採ってくりゃあいい。ただ、シルヴァ・フライは揺れやすいんだ。手術には向かねえかもしれない。それでも旅を――」

「続けてくれ」


 思いがけない方向からの声に、ヴィンクはぎょっとして振り返った。カッチュウだ。意識があるらしい。


「馬鹿野郎、喋るんじゃねえ! 出血が酷くなるじゃねえか!」

「いいか、ジン」


 ヴィンクの剣幕など気にもかけずに、カッチュウは続ける。


「エクスカリバーは、お前を相応しい使い手として認めた。お前以上の剣使いはいないんだ。それは、お前が一番、神を殺せる立場に近いことを意味する」


 僕はミカと共に立ち上がり、カッチュウを見下ろした。


「カッチュウさん、どこでそんなことを知ったんです?」

「思い出したのさ」


 カッチュウは視線を上に向けながら、ぽつりと言った。


「まだ完全じゃないが、俺の記憶はだんだんはっきりしてきている。これ以上戦えなくても、お前たちの助けにはなれるはずだ」


 そう言ってから、カッチュウはヴィンクに鋭い視線を遣った。


「俺が死んでも構わん。できるだけ早く、『ベテルギウスの弓』の在り処へ行くんだ。そして神を……神を殺せ」


 すると、カッチュウは両の瞼を閉じ、がくりと脱力してしまった。


「か、カッチュウさん!」

「落ち着け、ジン。こいつは疲れているだけだ。サント、止血くらいはできねえか?」

「ええ、そのくらいなら」

「よし。ここはカッチュウの意志を尊重して、早く移動することにしよう。彼はあたいが背負う。ジンとミカは、こいつの装備品を運ぶのを手伝ってくれ」


 僕とミカは、二人揃って首肯した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る