第25話【第五章】

【第五章】


 その日の夕刻。

 僕たちは辛うじてゴーレムの投石を逃れ、森林の開けた箇所に着陸していた。


「ゴーレム共に勘付かれる前に、何とか薬草を取って来られないのか? ミカに対する解毒剤だ」

「無理だよ、カッチュウ。少しばかりだが、あたいはあんたよりもゴーレムを目にしてきてる。連中、動きは鈍いが、簡単に獲物を逃がすタマじゃねえ」

「そうね。私が硬化魔法と迷彩魔法をかけたから逃げてこられたけど、体力的にギリギリ。とても五体全部を倒すまでは、魔法力がもたない」


 カッチュウ、ヴィンク、サントが各々に意見を述べている。僕はと言えば、横たえられたミカに寄り添い、その横顔をじっと見つめていた。


 航路上にあるゴーレムたちの巣窟を迂回することは、原理的には可能だ。しかしそれは、薬草畑を避け、ひいてはミカを見捨てることを意味する。

 仲間たちの中で、一番ミカのことを想っているのは間違いなく僕だ。そんな僕が神への復讐を優先し、ミカを切り捨てると言えば、皆は従ってくれるかもしれない。


 だが、そんなことができないことは、僕自身が最も強く認識している。いつの間にか、僕の戦う意味が変わってきているような気すらある。

 もしかしたら、僕はいつの間にか、ミカの生きる世界のために神を討とうとしているのかもしれない。そう思った、次の瞬間だった。


「うっ!」


 僕は眩しさのあまり、腕で目を覆った。唐突に何かが輝き出したのだ。


「どうした、ジン? 何があった?」


 カッチュウが急いで駆け寄ってきた。そして、はっと息を飲んだ。


「ホログラムか?」

「ほ、ほろぐ、らむ?」


 そこに現れたのは、淡い紫色の石板のようなものだった。ただし、反対側の景色が透けて見える。


「ちょっと見せてくれ」

 

 僕のわきを通り抜け、その石板に目を凝らす。僕もすぐ隣で解読を始めた。ミカが僕とカッチュウに魔法をかけて、言葉を通じるようにしてくれていたのが幸いだった。

 そこに書かれていたのは、次のような内容だった。


『神を恐れ、憎む者よ。よくぞここまで辿り着いた。貴殿のそばには、神を滅するために用意された秘剣がある。この石板は、その秘剣を持つに値する者を選ぶ試練を告げるものである。この宝石を、ゴーレムたちの守る円石に嵌めよ。さすれば、貴殿は秘剣を手にするであろう。秘剣の名は――』


「エクス、カリバー……」


 そう読み上げた瞬間、カッチュウは兜を外し、側頭部を押さえた。


「か、カッチュウさん!?」

「待て! 何かが……何かが近づいてきている。俺の頭の中だ。何かを思い出しそうなんだ!」


 しばしの間、カッチュウは呻き声を上げていた。しかし突然に、ふるふると頭を巡らせ、手を地に着いて黙り込んでしまった。


「くそっ、俺には何か、覚えがあるんだ。記憶があるんだよ。それなのに……」

「ま、待てよおい!」


 ヴィンクが会話に割り込んできた。


「その『エクスカリバー』ってのがあれば、神に挑戦できるんだよな? ってことは、ゴーレムなんて簡単に倒せる、ってことだよな?」


 僕ははっとした。ゴーレムが倒せるなら、薬草畑で薬を作り、ミカを救うことだってできるはずだ。


「皆さん」


 僕はカッチュウ、サント、ヴィンクの方へと振り向いた。


「お願いします。僕がエクスカリバーを手に入れて、必ず神を討ちます。援護してください」


 僕の脳裏の冷静な部分は、別な手段を考えていた。

 どうせそんな大それた武器を扱うなら、カッチュウやヴィンクに任せた方がいいのではないか、と。

 しかし、それを他人に任せることはできなかった。ミカを守り、神を殺す。その危険と責任は、僕が一人で負うべきだ。


「お願いします!」

「ああ、こちらこそ、お前が相応しいと思っていたよ、ジン」


 カッチュウの声に、僕はがばりと顔を上げた。

 皆に反対されると思っていたのだ。すぐに断られなくとも、即答されるとは想像の埒外だった。


 僕は腰を折った間抜けな姿勢のまま、ヴィンクに目を遣った。


「そうだな。ここまで来たら、あとは気合いの問題だ。坊や、じゃなくてジン、あんたが一番、シンメツに近い存在だよ」


 ヴィンクは笑みこそ浮かべなかったものの、真摯な目で僕を見つめている。だが僕はと言えば、彼女の言葉にあったある一言の意味を解せないでいた。


「シ、シンメツ……?」

「神を滅する、ということだよ。あたいらの爺さん婆さんが使っていた言葉だ。いつか、神を封じ、その意気の根を止める者がやって来る。そいつこそ、『神滅』という名を負うに相応しい、ってな」


 カッチュウにもヴィンクにも『相応しい』と言われてしまい、僕はしばし混乱した。

 自分で言うのもなんだけれど、戦闘能力は彼らの方が上なのだ。それでも二人は、いや、サントを含めた三人は、僕が最も秘剣を手にするに近しい人間だと考えている。その『エクスカリバー』とやらを。


 ここで、サントが声を上げた。


「強力な魔法を使うには、人間の奥底に眠る怒りや憎しみ、悲しみなどが十分量必要なのよ。誰が見たって、その『負の感情』を持っているのはあなただわ、ジン。あなたなら、誰よりも上手く使いこなせる。エクスカリバーをね」


 僕は、何を考えるともなく黙り込んだ。

 するとすぐさま、カッチュウが意見を申し出た。


「俺が焼夷弾で、ゴーレムたちの目を一時的に潰す。サントには、薄くて広い軟化魔法をかけてもらいたい。一体一体に与える影響は少なくていいから、俺の攻撃が少しでも通用するようにしてほしいんだ」

「分かったわ。休ませてもらったお陰で、今はもう百パーセントの力が出せる。ケリーを魔獣化させる余裕はないけれど」

「それでいい」


 頷いてみせるカッチュウ。


「その代わり、ヴィンクには戦場を滅茶苦茶に走り回って、囮になってもらいたい。言い方は悪いが、どうだ?」

「お安い御用さ」


 ニヤリと口元を歪め、サーベルを仕込んだポーチを叩くヴィンク。


「では、具体的な作戦立案と行こう」


 カッチュウは腰を下ろし、それに従ってサントとヴィンクも座り込む。


「ゴーレムのいる場所までは、陸路で行こう。さっき気づいたんだが、ゴーレム共が投石を止めたのは唐突だった。つまり、奴らは一ヶ所に集まって、中央のエクスカリバーを守っているんだ。最初のゴーレムに遭遇した時点で、サントには魔法陣を展開してもらう。もし無理がなければ、だが」

「無理も何も、やらなければ仕方がないんでしょう? 最善を尽くすわ」

「あたいもな。これでゴーレム共を倒せるなら、そう高い買い物じゃねえ」


『よし』と言って自分の膝を叩いたカッチュウは、最後に僕を見た。


「ジン、お前はとにかく、ゴーレムの攻撃をかいくぐって中央を目指せ。ミカのペンダントを使えば、エクスカリバーが手に入る。それがどれほどのものかは分からん。だが、ゴーレムに対して決定打になることは確かだ。すぐに俺たちに代わって、ゴーレムを斬り伏せてくれ。できるか?」

「は、はいっ!」


 こうしてその晩のうちに、エクスカリバー奪還作戦は決行に移された。


         ※


「空から見た通りだ。ゴーレム共は、この平野に集まって円陣を組んでいる」


 ヴィンクの言葉に、僕はそっと木々の間から顔を出した。

 ゴーレムは、まだこちらの存在に気づいていない。身動きせず、円陣の外側を向いて、真っ赤な一つ目を光らせている。


「サント、頼む」

「ええ」


 短く答えるサント。すると、先ほどのトンネルでの出来事と同じく、淡い水色の魔法陣が僕たちの周囲に展開された。

 異常に気づいたゴーレムたちが振り返った時には、その魔法陣はすっと地面を滑り、彼らの足元から展開されていた。


「行くぞ、ヴィンク」

「命令しなさんな!」


 そう言って、陽動を兼ねた先遣隊とでも言うべき二人が、ゴーレム共の中心に向かって駆け出した。


 先に足を止めたのはカッチュウだ。筒状の火器を持って、焼夷弾をゴーレムの頭部に撃ち込む。サントの魔法陣のお陰か、思いの外効果はあったようだ。熱さと共に危険を感じたのか、焼夷弾を喰らったゴーレムは頭部に手を遣り、かぶりを振って消火を試みる。


「あらよっと!」


 その隙に、ヴィンクがゴーレム共の足を切り裂く。先ほどと同等、とはいかなかったが、ゴーレムのバランスを崩すには十分な破壊力だ。


「焼夷弾が尽きた! ジン、来い!」

「はい!」


 僕はいつも通り、体勢を引くくして一気に駆け出した。

 焼夷弾で目潰しを喰らっているのが三体、サーベルで斬りつけられ、転倒しているのが二体。今なら、ゴーレムが守っているという中央の岩に接近できる。エクスカリバーを起動させる岩に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る