第23話


         ※


「ん? う……」


 僕は自然と自分の顔が綻ぶのを感じた。サントが目を覚ましたのだ。


「ヴィンクさん! 栄養剤を!」

「あいよ!」


 カッチュウが片膝をついて身を乗り出し、サントの無事を確認する。そっと彼女の肩に手を遣りながら、『気分はどうだ?』と尋ねた。


「ええ、大丈夫。ちょっと強力な魔法を使いすぎたみたいね」

「心配したんですよ、サント!」


 僕もカッチュウの隣に並んで顔を出す。


「そんなに心配なら、さっさと栄養剤を飲ませてやれよ!」

「あ、そうですね、ヴィンクさん。サント、飲めますか?」

「うん」


 カップに入った青い液体をすするサント。魔術師とて人間だ。腹も空くし、喉も渇くだろう。まあ、味の方は保証できないが。


 僕たちは一旦トンネルの中間地点まで引き帰し、怪物たちから身を隠していた。もちろん、怪物にはゴーレムも含まれる。もう日が暮れる頃合いだろうか。


「サント、さっきの錬金術だが、あとどのくらい使えるんだ?」


 勢いよく尋ねるカッチュウを、僕は横目で睨んだ。そんなに急かしては、サントの身体がもたないのではないかと心配したのだ。

 しかしサントの態度は淡々としたもので、こくりと首を傾げながら、『ゴーレム一体であれば先ほどと同じくらい』と答えた。


「その間に榴弾砲を叩き込めば、勝機は見えるな」


 こちらも淡々と分析を進めるカッチュウ。

 僕は、カッチュウが蜘蛛を倒した時のことを思い出していた。あれだけ威力のある武器を、硬化魔法のないゴーレムに叩き込む。現実的な倒し方だ。


「で、いつになったらあたいの船の出番が来るんだい?」


 欠伸を噛み殺しながら、ヴィンクが尋ねてきた。傷の手当てを終えて、暇を持て余しているのだろう。彼女の方針からして、僕たちのような『お客』の遣り取りに口を挟むのは珍しいことなのかもしれない。

 逆に、いつどこへ出発するのか、ということは知っておかなければならない事柄のはずだ。危険を伴うのであれば尚のこと。


 僕がヴィンクに振り返ると、カッチュウが立ち上がって説明を始めるところだった。


「もしかしたら話したかもしれないが、まずは薬草畑に行きたい。この子、ミカを蘇生してやらねばならないからな」

「ふむ」

「それから海峡を越えて、西の大陸の東岸部まで運んでもらいたい。ちょうど半島になっていたはずだ」

「承知した。で、出発時刻は?」

「それなんだがな、ヴィンク。あんたの戦闘能力は見せてもらった。見事だ。生憎、俺たちの魔女様に無理はさせられない。ここから飛行船の待機場まで、共闘してはくれないか?」


 すると、途端にヴィンクは片眉を上げ、唇を舐めた。


「代金は?」

「輸送費に三割増」

「甘いね」

「五割増」

「そうこなくっちゃ!」


 二人の遣り取りに腑に落ちないものを感じながらも、僕はサントにそっと栄養剤を飲ませてやっていた。


「大丈夫ですか?」

「ええ。でも、ジンはどうして私に敬語なの?」

「え? そ、それは、サントは伝説に名高い魔女様ですから」


 親が子供に言い聞かせるように、答えてみせる。他に何があるというのか。


「まあ、私も自分の出生に関して明確な記憶はないから、どれほど名高いのかは分からないけれど」


 ごくり、と栄養剤を飲み切ってから、サントは続けた。


「あんまり心理的な距離を取られると、仲間意識が薄くなって、士気にも関わるわ。今度からはタメ口にしなさい」

「は、はい、分かりま……分かったよ、サント」


 その時だった。苦し気な呻き声が聞こえてきたのは。


「うっ……きゃあっ! 誰か、誰か助けて!」

「ミ、ミカ!?」


 ミカは地面を転がりながら、喚き出した。

 すると、そばで控えていた医者が、ミカの両肩を押さえて『落ち着きなさい!』と一喝。しかし、それで治まれば苦労はしない。

 カッチュウがミカを押さえながら、医者に尋ねる。


「ドクター、これは?」

「噛まれた時の毒素のせいで、悪夢にうなされているんだ。一刻も早く、薬草畑に連れて行かなければ」

「猶予はどのくらいですか?」


 僕は尋ねた。こんなか細い声が自分の喉から出るとは思わなかったが。


「この症状が出るとは……。もってあと一日だろう」

「一日!?」


 僕は振り返り、ヴィンクと目を合わせた。


「ヴィンクさん、早く出発しましょう!」

「馬鹿! 今はもう夕方だ、ゴーレムに襲われたら一たまりもないぞ!」


 毎度、正しいことを言うカッチュウ。どうしてこうも落ち着いていられるのか、僕には皆目分からない。

 その時、ぽうっ、と淡い青い光がトンネル内を照らし出した。


「サント! 無駄に魔法力を使っては駄目だ!」


 僕は注意を促したが、サントは逆にこちらを見つめ返した。


「このままでは、ミカは死ぬ。私たちに選択の余地はないわ。この灯りでゴーレムをおびき寄せ、駆逐しましょう。できるんでしょうね、カッチュウ?」

「君がさっきと同じ錬金術を使ってくれればな、サント」


 そしてサントは、ヴィンクの方へと振り返った。


「聞いての通りよ。飛行船の待機場まで、案内をお願い」

「おうよ!」

「それから、ジン!」

「はっ、はい!」


 サントは灰色の瞳を微かに細めながら、一言。


「ミカをお願いね」

「わ、分かった!」

「それじゃあ行きましょう。戦闘が始まったら、ジンはミカの安全を最優先に行動して。カッチュウとヴィンクはゴーレムを片付けて頂戴」


『了解』だの『分かってらあ』だのという返答を聞きながら、僕は再び光の繭に包まれたミカを見下ろした。今度こそ、俺がミカを守ってやる。


         ※


「やっぱり暗いな」


 先頭を切って階段を上り終えたカッチュウが言う。

 

「一旦外に出ましょう。全員で迎撃態勢を取ってから、ゴーレムをおびき寄せる。いいわね?」


 サントの提言に頷く僕とヴィンク。すると、サントは音もなく指先に青白い炎を灯してみせた。まさに、次の瞬間だった。


 ドンドンドンドン、と先ほどと同じ足音が、猛烈な勢いで近づいてきた。その向こう、獣道の奥にはっきりと見える。あの赤い光は、ゴーレムの目が発するものだ。

 サントが先頭に立ち、その両脇にカッチュウとヴィンク、最後尾に僕という並びで迎撃態勢を取る。カッチュウは既に、長い銃器を肩に担ぎ、榴弾を撃ち出す体勢に入っている。


「皆、いくわよ!」


 サントの声と共に、勢いよく魔法陣が展開される。学習能力に乏しいのか、ゴーレムはずかずかとその円陣の中へと足を踏み入れた。

 しかし、その時僕は気づいた。斬り落としたはずの腕がついているということに。再生能力があるのか、こいつには。


「サント、伏せろ!」


 言うが早いか、カッチュウは銃器から勢いよく榴弾を発射した。狙われたのは、ゴーレムの腹部。先ほどと同じくらいの強度しかないのであれば、これでゴーレムは木端微塵になる、はずだった。

 煙が消え去った時、そこにはまだ、ゴーレムが立ち塞がっていた。


「な!?」


 驚愕を露わにするカッチュウ。だが、ゴーレムは反射神経はいいのだろうか、両腕を胴体の前でクロスさせ、胴体へのダメージを巧みに防いでいた。この爆発で両腕は失われたが、闘志を失ってはいない様子だ。


「チッ!」


 舌打ちと共に、カッチュウは次弾を装填する。その間、僕にできることといえば。

 はっとして、僕は短剣の柄を握りしめた。そして狙いすまし、勢いよく投擲した。自分の手元から、ひゅるひゅると刃が飛んでいく。それは過たず、ゴーレムの真っ赤な一つ目に突き刺さった。


 ゴアアアア、と唸りながら、ゴーレムは一歩、二歩と後退する。


「もらったぁ!」


 ヴィンクがサーベル二刀流で飛び出す。しかし、ゴーレムもただ目潰しを喰らったわけではなかった。転倒しない程度に足を前後させ、自分の腕だった破片を蹴飛ばし始めたのだ。


「ぐっ!」


 慌ててバックステップするヴィンク。僕はスペースを空けつつ、一瞬、しかし確かに後方を確認した。石ころがミカにぶつかるようなことは避けなければ。

 

 ヴィンクは足の裏で思いっきり地面を蹴り、引き姿勢からゴーレムに接敵した。


「はあっ!」


 同時に左右のサーベルを振るい、ゴーレムの胴体に×印をつける。


「今だ、カッチュウ!」

「おう!」


 カッチュウは、その×印の中心に精確な砲撃を行った。ゴーレムの腹部にめり込んだ榴弾が、そこで爆発し、ゴーレムを四散させる。

 カッチュウは油断なく第三弾を装填したが、その必要はなかったようだ。


「よし! ゴーレムを倒したぞ!」


 高らかに宣言しつつ、次のステップに進むことをカッチュウは忘れない。


「ヴィンク、飛行船まで案内してもらおうか」

「りょーかい」


 あとは、ミカの身体が治療薬の投与まで持ちこたえてくれるかどうかが問題だ。

 

「僕にもう寂しい思いをさせないでくれよ」


 そう言って、僕は微かにミカの頬に触れた。

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