第22話
「何だ? また蜘蛛か?」
あたりを見回すカッチュウ。だが、それは違うと僕は思った。蜘蛛なら地下から上がってくるはず。今、振動は地上から起こっている。トンネル天井の波打つ様子から察するに、何かがこちらに向かって『歩いてきている』のだ。
「あっ、危ねえぞ!」
ヴィンクの忠告を無視して、僕はトンネル出口へと向かった。角がすり減った階段を上り、地上に顔を出す。
僕が真っ先に気づいたのは、あたりが緑に囲まれているということだった。どうやら、空気汚染を気にする必要はなさそうだ。しかし、振り返った僕の目に飛び込んできたのは、その緑とは正反対の色彩だった。
茶褐色の『何か』が、二本足でゆっくりとこちらに向かってきていた。不思議なのは、そいつが今まで遭遇したどんな怪物とも異なっているということだ。
体高は、僕の四、五倍はある。姿かたちは人型だが、円柱から削り出されたかのように丸っこく、そして太い。僕の姿を認めたのか、ヴォン、という音を立てて、頭部と思しき部分に真っ赤な光が輝いた。間違いない、あれは目だ。
「下がりな、坊や! あいつはゴーレムだ!」
僕の隣から顔を出したヴィンクが、頭を押さえ込んでくる。
「岩でできた巨人だ、倒せやしない!」
「でも、発見されました! こちらから攻めないと、皆殺しにされます!」
「だから逃げるんだよ!」
ドン、ドン、という重低音を立てながら、こちらに迫ってくるゴーレム。明らかに、先ほどよりも速度を上げている。
「とにかく今は引っ込め!」
ヴィンクに足を引かれ、半ば転倒するようにして、僕はトンネル内に戻った。
地面が頑丈なのか、トンネルが踏み抜かれることはなかった。しかし、ゴーレムは出口からその太い腕を入れ、僕たちを握り潰そうとしてくる。
「ヴィンク、他に出入口は?」
「あるかよ、そんなもん! 一千年前のトンネルだ、ほとんどが途中で崩落してるよ!」
カッチュウの指摘に、怒声で応じるヴィンク。そんな時、先ほどの小男が勢いよく駆け出した。手には、僕の短剣と似たようなナイフを握っている。
「この化け物が!」
「あっ、おい! 無茶はよせ!」
「喰らえ!」
ゴーレムの腕に向かい、勢いよくナイフを振り下ろす小男。しかし、ゴーレムに接触するや否や、ナイフは柄から簡単に折れてしまった。そして次の瞬間、小男は見事にゴーレムに握り込まれてしまった。
「ぐほっ! は、離せ! こいつ!」
そのまま持ち上げられていく小男。段々とその足先が見えなくなっていく。すると、苦し気な悲鳴と共に、真っ赤な血が滝のように出口付近に降り注いだ。彼が握り潰されたのは明らかだ。
「おいあんたら! 武器とか魔法とかあるんだろう? ゴーレムの一体くらい、どうにか仕留めてくれよ!」
確かに、ゴーレムを倒す必要はある。これではヴィンクの有する飛行船へ向かうことはできないし、それに、ゴーレムがこのトンネルに入ってきたら、一般の人たちにも被害が及ぶ。
「サント、ケリーを使えば勝てそうか?」
「ちょっと待って。これって……!」
「どうした!?」
カッチュウがサントに振り向く。その時、サント顔は驚愕の色で塗り潰されていた。
「このゴーレム、ただの怪物じゃないわ! 硬化魔法で保護されてる!」
「何だって!?」
カッチュウが叫ぶと同時に、僕は短剣を投擲しようとしていた手を止めた。硬化魔法――かつて僕やミカが乗っていた(そして神に墜落させられた)飛行船と同じ魔法がかけられているのか? これでは、通常の武器が通用するはずがない。
「おい、どうすんだよあんたら! くっ! このデカブツ、さっさと仕留めねえと、飛行船まで行けねえぞ!」
ヴィンクはサーベル二刀流で身軽に跳び回り、ゴーレムの気を惹いていた。ギリギリでサーベルが接触しないようにして、刃こぼれを防いでいる。
しかし、ゴーレムも図体だけの馬鹿ではなかった。唐突に指を折り、弾いたのだ。
「ぐっ!」
その指先はヴィンクの肩を掠めた。足を捻って身体を回転させ、ダメージを相殺するヴィンク。それでも僅かに鮮血が舞った。
サントが叫んだのは、その直後だった。
「皆、私から離れないで!」
すると、今まで見たこともないほどの魔法陣が、彼女を中心に展開された。サント特有の、淡い水色の灯りが周囲を取り巻く。それから、真上に向かってその光が立ち昇る。
「カッチュウ、魔法陣の前に出て! そうすれば、攻撃が通用するかもしれない!」
「あ、ああ!」
どういうことだ? そもそもこれは、何のための魔法陣なんだ?
「今よ!」
サントの言葉に、カッチュウは躊躇いなく行動に出た。腕から刃物を展開し、殴るような軌道で腕を動かしたのだ。すると、スッパリとゴーレムの指がその場から消えた。斬り落とされたに違いない。
「つ、通用した……?」
あんぐりと口を開ける僕をよそに、サントは続けて指示を出す。
「今なら攻撃が通用するはずよ! 私はしばらく動けないから、ジンも戦って! ヴィンク、動ける?」
「おうよ!」
僕ははっとして、ポーチから短剣を取り出した。その刀身を見ながら、しばし思案する。
小男のナイフは、ゴーレムの手先に触れた瞬間に砕け散ってしまった。この短剣ほどの切れ味はなかったとしても、だ。
そんな奴を相手に、この短剣を使っていいものだろうか。もしここで刃こぼれを起こすようなことがあれば、僕には武器がなくなってしまう。
いや、ここはサントを信じよう。見る限り、ケリーを猛獣化させて戦わせることもままならないほどの、強力な魔法を使っている。それが何なのか気になるが、考えるのは後回し。僕は『はっ!』と短い息をついて、ゴーレムの腕に跳びかかった。
僕は硬質な手応えがあるだろうと予想したが、拍子抜けした。ゴーレムの手首は、呆気なく地に落ちたのだ。
すると頭上から、ゴゴゴゴッ、という硬質な、しかしどこか生々しい音がした。耳を澄ませると、ドンドンドンドン、と断続的な響きが捉えられる。これは、ゴーレムの足音だ。それも、先ほどよりずっと速い。逃げ出したのか。
すると唐突に、魔法陣の灯りが消えた。ぼんやりと、ではなく一瞬で。
「はあっ!」
「お、おい、サント!」
膝を着いたサントの身体を、ヴィンクが慌てて抱き留める。
そのヴィンクの腰から提げられた財宝袋が急に萎むのを、僕は見てしまった。
そうか。今サントが使ったのは、強力な錬金術だ。ゴーレムの身体を覆っている硬化魔法を破り、ゴーレム自身の身体の構成を軟弱な材質に変えたのだ。
あれだけの体格のゴーレムの身体を軟体質なものに変換したのだから、魔法力は消費は並大抵の魔法を使った際の比ではあるまい。ヴィンクに与えた財宝も、錬金術の効果が切れて砂塵に戻ってしまったのだろう。
「おい、皆無事か!」
カッチュウの後を追って、僕も駆け出す。サントの身が心配だ。
「ヴィンクさん、サントは無事ですか?」
「ああ、気を失ってるだけだ」
見下ろすと、ヴィンクの膝の上でやや荒い息をするサントの姿があった。見たところ、命に別状はないようだ。ケリーが寄り添い、サントの頬に前足を載せている。
「さて、できればあのゴーレムとやらとは二度と遭遇したくないな。できるだけ早く移動したいが」
カッチュウの言い方に、僕はカチンときた。仲間が気を失っているのに、移動するだと? しかし、その言葉が現実的であることは分かっている。それでも、ミカとサントを背負って、どれほどの速さで移動できるだろうか。
「ヴィンク、ゴーレムについて知っていることをできるだけ話してくれ。どんな些細なことでもいい、何とか奴の弱点に繋がる情報が欲しい」
「ああ、分かった」
ヴィンクの説明をまとめると、次のようになる。
既存の武器では、まともに太刀打ちできないこと。
今のところ、一体しか目撃されたことがないこと。
人間を狙い、執拗に追いかけてくること、など。
「ただ、あれだけの手傷を追わせられた、ってのは初めてだな。もしかしたら、もう襲ってこねえかもよ」
「いえ、奴は来ます」
「え?」
ヴィンクへの反論を口にしたのが自分であることに気づくのに、僕にはしばしの時間が必要だった。僕はぱっと顔を上げ、皆の顔をぐるりと見まわした。
「根拠は何だ、ジン?」
その場であぐらをかきながら、カッチュウが尋ねてくる。僕はやや言い淀んだが、言ってみることにした。
「殺気です」
「殺気?」
オウム返しに尋ねてくるカッチュウ。
「僕はあいつの目を見ました。間違いなく僕たちを、いや、僕を狙っているような感じでした」
「ふむ」
カッチュウは腕を組み、長いため息をついた。そんなカッチュウに声をかけたのはヴィンクだ。
「あたいは信じるね、坊やの直感を。常に敵を観察して、自分の身の丈を考えてきた人間の口ぶりだよ、これは。あんたらとはさっき出会ったばかりだけどな」
そう、ヴィンクの言う通りだ。僕は毎日、自分の敵である神を見上げながら生きてきた。僕を殺せるものなら殺してみろ、と。それに、具体的に神を殺せる方法が手に入る機会を、虎視眈々と狙ってもいた。
「しかし、いずれにせよサントがいなくては俺たちに勝ち目はないぞ。どうする?」
カッチュウの言葉に、僕はどうしたものかと頭を抱えた。
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