第19話


         ※


「んっ?」


 異変に気付いたのは、僕とカッチュウが同時だった。デルムの家を(半壊させながら)出てから、視界の隅に動くものを捉えたのだ。人間のように見えたが。


 すると向こう、廃墟のような金属製の建物の陰から、奇妙な人々が現れた。両腕を上げ、『自分たちは丸腰だ』と言いながら歩み出てくる。しかし、実際に奇妙だと思ったのは、彼らが着けている面だった。いや、カッチュウの兜にも似ている。顔の前面を守り、呼吸を助けているようだ。


 そのうちの一人、精悍な身体つきの青年が、ゆっくりと歩み出てきた。カッチュウもまた近づいていく。僕はそのそばで、短剣を構えながら警戒の目を走らせていた。

 口火を切ったのは、相手の方だった。


「こんな格好ですまない、我々は『文明の里』の村民だ。わけあって、太古に建設された地下空間に居住している。あなた方と話がしたい。ご同道願えるだろうか?」

「生憎、俺たちはあんたらの長老とやらに酷い目に遭わされたばかりでな。ああそうですかと素直について行けるほど、お人よしじゃないんだが」


 カッチュウは歯に衣着せぬ物言いをした。『それもそうだな』と言って俯く青年。表情は窺えないが、きっと苦渋の決断を強いられている気分だろう。

 そんな彼に向かい、カッチュウはこんなことを言いだした。


「この村に、飛行船を飛ばせられる船頭や操舵手はいるか? 東への海峡を越えられるだけの実力者を探している」


 はっとしたように、青年は顔を上げた。


「一人、心当たりがある。彼女を連れてこよう。そうしたら、我々を信用してくれるか?」


『彼女』というと、その船頭は女性のようだ。


「それならばと納得したいのは山々だが、俺たちの前で技術を披露してもらわないことにはどうにも――」


 と、言いかけて、カッチュウは言葉を切り、刃を展開しながら青年に殴りかかった。正確には、彼がしゃがんで回避することを見越して。

 青年の後ろには、村に入った時に見かけた人々のうちの一人がいた。面はつけておらず、異様に血色が悪く痩せ細っている。

 だが今、その印象は、第一印象とはまるっきり違っていた。


 一見不健康そうな村民。だが彼の目は真っ赤に血走り、そして何より、口の中に無数の牙が並んでいた。村民は、青年に噛みつこうとしていたのだ。


 カッチュウは、その首を綺麗に刎ね飛ばした。しかし、凶暴化した村民は一人、否、一体ではなかった。


「包囲されるぞ! 俺たちには武器がある。あんたらは地下空間とやらに避難していろ!」

「わ、分かった!」


 慌てて仲間たちの元へ駆け戻る青年。僕は短剣を投擲し、彼を援護した。


「サント、ケリーの実力を見せつけてやれ! ジンも働け! ただし、ミカを援護するのを忘れるな!」


 言われるまでもないことだったのだろう。ケリーはすぐさま真っ黒な巨獣へと姿を変えた。勢いよく地を蹴ったケリーは、一噛みで一、二体の人型の怪物――怪人をまとめて始末した。血や臓物が勢いよく飛散する。

 カッチュウは、長い銃器から通常の弾丸を撃ち出していた。精確に頭部を撃ち抜き、怪人たちを片付けていく。


 僕はと言えば、短剣を投擲したり、手元に戻して斬りかかったりで、我ながらそれなりに戦っていた。


「深追いはするなよ、ジン! 相手からの接近を待つんだ!」

「分かってますよ、カッチュウさん!」


 そう叫び合った、まさに次の瞬間だった。


「きゃあああああああっ!!」


 絶叫が、あたり一面に広がった。

 誰の声なのかもはっきり意識しないうちに、僕はその人物の元へと駆け寄っていた。


「ミカ!」


 ミカが、背後から首筋を怪人に噛まれていた。


「ミカ!」


 再度呼びかける。すると僕に気を取られたのか、怪人はミカを前方へ突き飛ばし、僕の方へと顔を向けた。僕の脳内で、血の気が引く代わりに怒りがどっと溢れ出てくる。


「貴様あああああああ!!」


 僕は怒涛の勢いで接敵し、跳び蹴りで怪人をミカの後方へと勢いよくふっ飛ばした。そのまま馬乗りになり、額に短剣を突き刺す。


「よくもミカを!」


 僕はいくらでもその怪人の頭部に短剣を突き立ててやりたかった。しかし、そんなことをしている場合でない。

 短剣を手元に戻しながら、振り返ってミカの肩を押さえた。


「ミカ、大丈夫か!?」


 と尋ねながらも、とても大丈夫には見えなかった。首筋には鋭利な刃物を何本も突き立てられたような痕があり、そこからの出血が見られる。太い血管は外れたようだが、致命傷であることに変わりはない。


「ミカ、死なないでくれ、ミカ!!」


 そうだ。カッチュウは僕に、『ミカを守れ』とちゃんと指示をくれたのだ。それなのに僕は、戦いに夢中になり、指示を守らずにミカを独りぼっちにした。


 僕が、ミカを殺したのか?


 そう思うと、周囲の感覚が捉えどころのないものなってしまった。

 カッチュウが何か叫んでいるが、よく聞こえない。否、聞こえていても頭に入ってこない。

 気づけば、僕は瀕死のミカを抱き締めていた。僕が守るって、誓っていたのに――。


 僕は敵中で、完全に動きを止めてしまっていた。敵性動物の生息する森林では、絶対にタブーとされていたことだ。


 その時、僕の頭の中では、奇妙な現象が起こっていた。

 ミカが死んでしまうなら、僕もここで死んでしまおうか。ミカ同様に、怪人に喉を食いちぎられて。

 

 しかし、それは許されることではなかった。僕は生きて、神を殺すという復讐を成し遂げねばならない。

 そう僕に実感させたのは、ミカの掌だった。ミカがどれほど、僕の復讐に賛同してくれていたかどうかは分からない。だが、僕の頬に触れた彼女の掌には、確かに熱がこもっていた。生者にしか持つことのできない、たしかな温もりが。


 微かに笑みを見せるミカ。その顔は、泥と血で汚れていながらも、僕にはとても眩しく見えた。

 僕は、気を失った彼女をそっと横たえ、顔を上げた。短剣を握り直し、周囲の気配を察知する。怪人は四体。短剣をかざしながら駆け抜ければ、脱出することは容易い。

 だが、これ以上ミカを汚すことは、絶対に許せなかった。


 僕はここで戦う。一歩も動かず、ミカを守るために。

 そう思って息を吸い込んだ、まさに直後のことだった。


「坊や、伏せな!」


 その声に聞き覚えはない。だが、怪人ではなくまともな人間の声であることは確かだ。女性らしい。

 声に従って、即座にしゃがみ込む。すると、僕の髪を数本斬り飛ばしながら、長いサーベルが頭上を通過した。僅かな間をおいて、血飛沫が頭上から降り注ぐ。


 僕はミカの身体を抱きかかえた。四体の怪人が息絶えたと信じ、足を突き飛ばしながら飛び出す。


「坊や、まだ戦えるな? あたいの援護を頼む!」

「はっ、はい!」


 こうして、僕、カッチュウ、サント、ケリー、そして謎の女性の健闘によって、怪人たちを駆逐することに成功した。

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